4の7 王都の北の湖(後編)
「あー、食った食った。それじゃ順番に寝るかぁ」
私が教えたじゃんけんで見張りの順番を決めようとしたが、私とティナちゃんは寝ててくれと全員に懇願されてしまったのでお言葉に甘えてさっさと横になった。へんに気をつかわれるとお互い疲れるのだ。
そして私はティナちゃんと睡眠前のパジャマトークをしている。
「ティナちゃんは野営なんて初めてなんじゃない?怖くない?」
「先ほどのお料理もそうでしたけど、私にとっては何もかもが新鮮でとても楽しいですし、ナナセお姉さまと一緒に眠れるのも嬉しいです。ナナセお姉さまはこういった野営にとても慣れていますね」
「私だって・・・何回くらいだろ?ナゼルの町とナプレ市の往復で二~三回しか野営したことないよー。食事の準備は私が美味しいもの食べたいから頑張って用意しただけだし。普通の野営はパンとスープだけとか、けっこう寂しい食事だと思うよ」
「そうなんですか。でもこうやって仲間同士で同じものを食べて、たき火を囲んで眠るのは、とても素敵な経験です。ナナセお姉さま、初めて王都で会った時もそうでしたけど、いつも色々なことを私に経験させてくれてありがとうございます。私、本当に嬉しいのですよ、怖いなんて全く思いません」
王女様は買い食いも駄目だし、街でぶらぶらお買い物も駄目なのだ。本来ならば狩りに行くのも万全の人員で向かうべきだし、野営なんてとんでもない話だ。いくら戦闘に長けているメンバーだとしても、何十人もの盗賊なんかに囲まれたら危ないかもしれない。
「いざとなったらティナちゃんを抱えてペリコで飛んで逃げるからね」
私はティナちゃんと手を繋ぎ、そのまま静かに眠りについた。
・
── チュンチュン、ピーチク ──
鳥たちの鳴き声が私に朝の訪れを告げる。朝日があたりを照らし、その光でゆっくりと目を覚ます。たき火と見張り担当のアンドレおじさんが眠そうな目をしていたので「少し寝ていいですよ」と言って私の寝ていた草の上に追いやる。
私はみんなより早く起きたので、まずは持参した米を炊き、ツナマヨっぽい三角形おにぎりを大量生産する。それとは別に昨日のケバブの残りを無駄なく使ったスープを作り、朝ごはんの準備をした。
「みなさぁーん!おはようございます!起床の時間です!」
私は鍋の底を適当な木を使ってカッコンカッコン叩きながら全員を起こす。これやってみたかったんだよね。
「「「ふゎーい、おはよーございまーふ」」」
「ほらっ!みんな顔を洗って!目を覚まして下さい!」
ケバブ風味のスープと残ったパンを食べ終わり、たき火を消し、馬を水場の近くに繋ぎ、おにぎりをみんなに配って準備完了だ。
「おし、それじゃ山に入って行くぞー。弓の二人が先頭でゆっくり進むからな。あまり声を上げないように!」
アンドレおじさんの号令で山の中へ入って行く。湖に流れ込む川沿いを歩くようで、けっこう大きな山で、生えている樹木も立派なものばかりだ。川沿いには、すでに狩人用の道らしきものができており、ここから入って行くのが通例のようだ。
隊列は二人づつの三列で、先頭を歩く弓はカルヴァス君とアンドレおじさん、二列目はロープと荷物を持ったボルボルト先生と私とペリコ、最後尾の三列目に背後の警備をつとめる剣を持ったティナちゃんと弓を持ったロベルタさんだ。
「なんか、あんまり獲物がいなさそうですねえ」
「かなり山を登らないと獲物はいねえだろうな。冬場は湖の方まで降りて来てたりするんだが」
狩猟の本格的なシーズンはやはり冬場らしい。ボルボルト先生は四月から半年間は学園の授業が忙しいので、狩りに遊びに来られるのは秋から冬が多いそうだ。
「まあ冬の方がイノシシなんかも脂が乗って美味いしな」
「そうですよね。だったらカモとかが狙いですかね?」
「カモも冬の方が美味いけどな。まあカモは捕まえるのが大変だ、狩りの神命があるやつらでも簡単に逃げられちまうからな」
ヴァイオ君と狩りに行ったときは、たしか池に三匹いて二匹に逃げられてしまった。今日は弓が三人もいるので、きっちり仕留めたいところだ。そんなコソコソ話をしながらしばらく進むと、ちょっと先を歩くアンドレおじさんがサッと手を出した。これは止まれの合図なので全員がその場にしゃがみ込む。
続いて岩の方を指さす。私はチビだし目が悪いのでよく見えない。
「ナナセ、俺たちロープじゃなくて剣だ。ありゃ熊だぞ、大ものだ」
「ええっ、熊って強いんじゃないですか?危険じゃないですか?」
「危険だな。だから全員で斬りかかって確実に仕留める。大丈夫だ、アンドレッティも剣に持ち替えたぞ」
一列目と三列目のみんながしゃがみ歩きで私とボルボルト先生の所に集合し、コソコソ話しで作戦会議だ。
「おいナナセ、剣の修行の時間だ。一人で行ってこい」
「えええええっ?私が一人で行くんですか?」
「大丈夫だ、あんなのナナセ一人で楽勝だと思うぜ。自分の強さを確認してこい。あ、ちゃんと重力魔法は使えよ」
「おいおいアンドレッティ、熊はさすがに危険じゃないのか?いくらナナセが魔法使えるったって、獣との戦い慣れていないだろう?」
「大丈夫だ。ナナセの剣なら熊より全然早え。作戦を言うぞ、ロベルタが右に回り込んでカルヴァスは左だ。弓で順番に牽制して気をそらせ。ボルボルトは剣でカルヴァスの護衛、ティナネーラもロベルタのそばで不測の事態に備えろ」
「「「はいっ」」」
「ナナセは正面から突入だ、俺が後ろについてるから安心しろ。熊が突進してきたらお得意の大ジャンプでかわし続けろ。熊は上から引っかくような殴り攻撃が来るから、肩の動きを常によく見て、攻撃の姿勢になったら腕を斬り飛ばせ。斬り落とせなくてもいい、それでもう熊は走れねえから重力魔法で抑えつけろ。あとは俺が首を落とす」
「そんな簡単に言わないで下さいよぉ・・・」
「じゃあ俺が行く。ナナセは三角座りで見てろ」
「ちょっ、いじわる言わないで下さいっ、私が行きますよっ」
弓の担当が左右に散開し、その近くに剣の護衛が移動する。私は背負った剣を抜いて両手でしっかりと握り、目をつむって重力子を剣と全身に集めて立ち上がる。アンドレおじさんの合図で左右から弓が打ち出され、熊が驚いてぐるぐると動き回り始める。
── グアーッ グアーッ! ──
熊が右から左から弓を受け何本かは体に刺さっているが、その動きが止まることはない。私は気合を入れなおし、熊に向かって走り込む。熊が私の剣に気づき、大きな鳴き声を上げて威嚇してくる。私も負けじと大きな声を出してそのまま突っ込む。
「いっくぞぉーー!!勝負だーっ!がおー!がおー!」
「おいナナセ!鬼ごっこじゃねえんだぞ!」
「ナナセお姉さま可愛い!」「ぐわー!ぐわー!」
熊には怒鳴るのが良いというあまりにも適当すぎる知識を駆使して走り込むが、まったく怯んでくれることなく突進してきた。ギャラリーが呆れているし、ペリコが私の真似をして鳴いているようだが今はそれどころじゃない。作戦通り大ジャンプで背後に飛ぶと、熊は地面を滑りながらターンをして私と向き合った。
── グォアーッ! ──
熊が二足歩行の姿勢になり、私に熊パンチする体勢に入る。立ち上がるとかなり大きな体で尖った爪がけっこう怖いが、アンドレおじさんの剣より動きは遅い。よし、これなら行けそう!
振り下ろされる手の軌道を読んで、熊の死角に入るような方向に足を運び、横に移動しながら剣を上段に構え、高速で剣を振り下ろしながら重力魔法を解除して・・・
「えいっ!」
── ギョワーッ ──
「もういっちょ!えいっ!」
本気で集中して熊の動きを見ていると、なんだかスローモーションのように感じられた。熊の片手を簡単に切り落とし、その剣の返しでそのまま熊の首を切り落とすと熊は完全に動きを止めてズドンとその場に倒れ込んだ。私は首をなくした熊の死体を見て、恐怖でその場にへたり込んでしまった。やばい、震えが止まらない。
「すげえぞナナセ!あんな剣筋見たことねえ!」
「ナナセお姉さまっ!大丈夫ですかっ?」
真っ先に駆け寄ってきてくれたティナちゃんが私を抱きしめてくれる。私はアルテ様に抱きしめられた時の感覚がよみがえり、自然と震えが止まる。
「ふわぁー、怖かったあ。突進されてたときより、首のない死体を見たときの方が怖かったよぉ・・・」
半泣きの私の涙をティナちゃんがふいてくれた。みんなも私の周りに集まってくる。カルヴァス君が興奮した顔で私に話しかける。
「ナナセ様すごかったですっ!剣に迷いが全くありませんでした。ナナセ様は稽古と実戦では全く動きが違いますね!」
「ありがとう。カルヴァス君がいつも稽古に付き合ってくれたから、熊の動きをきちんと見切ることができたんだよ、これからも私に付き合ってねっ!」
カルヴァス君が照れながら下を向いてしまった。
「確かに、ナナセの動きが稽古のときと全然違ったぜ」
「俺もそう見えたな。腕を斬り落とした後の姿勢が崩れてなかったから、次の一振りの剣筋が乱れなかったんだろう。でかしたぞナナセ!」
「なんか熊の動きが、まるでスローモーションみたいになって見えたんですよ。だから冷静に剣を振ることができました」
「ナナセは剣豪みてえなことを言うな。とりあえずこいつの血抜きだ」
私はティナちゃんに手を引かれて立ち上がり、熊を重力魔法で持ち上げる。かなり大きいので浮かせることまではできなかったが、首を下向きにして血を抜くことはできた。その後みんなで熊をいくつかに解体し、剣やナイフを小川で洗い、みんなで手分けして抱えて野営まで持ち帰り、少しだけ焼いておにぎりと一緒に食べた。
明日は学園があるから、早く王都に帰らないとね。
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