3の30 別れに次ぐ別れ




「ナナセさん、お待ちしておりましたよ」


 神父さんが神妙な面持ちで私を出迎える。村長さんは当然ベッドで横になっており、お花や果実などのお見舞い品と思われるものがテーブルに並んでいる。


「村長さんは寝ちゃっていますか?」


「いいえ、起きていると思います・・・話かけてみて下さい・・・」


 ベッドの横に立つと、村長さんはうっすらと目を開けていて、天井を眺めているようにも見える。たまに軽く咳き込むが、その咳もどこか弱々しい。眼鏡で確認しても確かに具合が悪そうだ・・・


「村長さん、ナナセです、体調を崩されたと聞いてはいましたが、すぐに王都から戻れないでごめんなさい」


「数日前まではお話をされていたのですが・・・今は誰が話しかけても上の空です。お食事もずいぶん召し上がっていなくて」


「そうなんですね・・・あまり無理に話しかけない方がいいでしょうか?ゆっくり寝かせてあげておいた方が良いですよね・・・」


 村長さんは天井を見たままだ。


「ナナセさん、村長はナナセさんに大変会いたがっていました。そのまま話しかけてあげて下さい。きっと喜んでいますよ・・・」


 胸が苦しくなる。久しぶりに会ったのに、私の声が届いているのかどうかもわからないなんてあんまりだ。


「村長さん、私ね、学園でいっぱい友達もできたし、勉強もたくさんしているんですよ!あっ、でも勉強は喧嘩した罰で難しい本を写本させられて覚えているんですけど・・・」


 やっぱり反応はない。それでも話しかける。


「そうだ村長さん、ゼル村の生い立ちの話をブルネリオ王様から聞きましたよ!なんかとても素敵なお話だったので私感動しちゃいました。村長さんが村を大切にする理由がわかりましたよ!」


 村長さんがぴくっと反応した。でも視線は天井だ。


「私も村長さんみたいに、全力でゼル村を立派に開発するように頑張りますよ!ブルネリオ王様とも約束しちゃったんです」


 村長さんがまた反応する。私は村長さんの手を繋ぎ、思い切り力を込めて治癒魔法をかけてみる。あたりがパッと明るくなり、神父さんが感嘆の声を上げる。すると村長さんが少し声を上げた。


「ぜる・・・むる・・・ああ・・・」


 あまり言葉になっていなかったが、やっぱりゼル村の事が気になるのだろうか。でも私の話に反応してくれて少し嬉しい。しばらく治癒魔法をかけ続けていたが、元気になる気配はない。


 そうだ、いいこと思いついた。


「おはようございますチェルバリオ様、ゼノアです。さあ、早く起きて下さい、今日も元気に畑を耕しに行きましょう!」


 私は全力で治癒魔法をかける。まるで自分にゼノアさんが乗り移ったかのような感覚が心と頭を支配し、とてつもなく眩しい光が暖かく村長さんを包み込む。神父さんとお手伝いの女性はその光に驚いて腰を抜かしてしまい、私も当然びっくりした。


「おおお・・・おおおお!」


 村長さんの顔色が少しだけ良くなる。


「ゼノア・・・ゼノアがおるのか?」


 村長さんがはっきりとした口調で声を上げる。どうしよう、思いつきで始めたことだけど、このまま演技を続けるべきだろうか?いや、私ゼノアさんのことよく知らないし無理だよね。


「ゼノアさんだと思いました?残念、ナナセちゃんでしたー」


「おおお!・・・ナナセ、ナナセ・・・ナナセや・・・」


 村長さんが体を起こし、ポロポロと涙を流す。不思議と私も涙が溢れてくるが、二人とも笑顔だ。


「ぐすっ、村長さん、ゼノアさんのふりしちゃってごめんなさい」


「いいんじゃよナナセ、ごほごほ、目の前にあの世の門が見えておったが、ナナセに無理矢理引き戻されてしまったようじゃ・・・村に戻ってきてくれてありがとうのぉ・・・ごほごほ」


「無理して起き上がらないで下さい村長さん、ほら横になって」


 私は体を起こしてしまった村長さんを優しくベッドに寝かせる。


「ごほっ、ナナセや、わしゃもう長くない、ゼル村のことを頼んでもいいかのぉ。この村の資産を任せられるのはナナセくらいしかおらんしのぉ、ごほごほ」


「はい、ネプチュンさんから話を聞いていますし、ブルネリオ王様ともそのように約束してきましたよ、ゼル村のことは心配しないで大丈夫です。村長さんが寝てる間にどんどん開発しますから!」


「そうかそうか・・・ナナセは頼もしいのぉ・・・ごほごほ。そうじゃった、ナナセにサインを貰っておかなきゃならんのぉ、ごほごほ」


 神父さんが大きめの羊皮紙を三枚出してきた。そこにはすでに村長さんのサインがしてあり、その下に私がサインをした。


「ナナセさん、これは王国に提出する納税などの書類です。次回からはナナセさんが作成することになりますが、今回は私が代行しておきます。ナナセさんはお気になさらずに」


「次回までには必ず覚えておきますね、計算とか必要でしたら言ってください、私、計算は得意なんですよっ!」


 今回は神父さんがやってくれるそうなので、そのままお願いした。私は村長さんの手を握り、安心して下さい!任せて下さい!と何度も何度も言っておく。村長さんが嬉しそうな顔でうなずく。


「これでもうゼル村は安心じゃな・・・ごほっ」


「具合が悪いのに長話をしてしまってごめんなさい、ゆっくり眠って早く良くなって下さいね!また明日来ますからね!」


「そうじゃのぉ・・・もう眠りにつくとするかのぉ・・・」


「おやすみなさい、村長さんっ」


「ああ、おやすみ、ゼノア・・・」


 翌朝、お見舞いを持って元気に遊びに行くと、村長さんはすでに息を引き取っていた。その寝顔はとても穏やかなものだった。


 村の創始者であり最大の功労者である村長さんのお墓は、村の中央広場のど真ん中に池を作り、そこに銅像を設置することにした。銅像づくりは芸術的センスのあるアルテ様にデザインを任せておいた。村の年寄りが「隣にゼノア様の像も作ってあげなされ」と言っていたので、仲良く二体並んだものにする予定だ。


「アルテ様、私、人生で一番泣いちゃったよ。私ね、赤ん坊の頃から意識があったからね、ほとんど泣かない子だったんだよね」


「村長さん最後にナナセとお話できて、満足して天国に旅立たれたと思うの。きっと今頃ゼノアさんと仲良く過ごしているわ」


「そうだと良いですねぇ・・・」


 私は村長さんの葬儀などもあり、少し多く休みをもらうことをセバスさんに手紙で送っておいた。サギリが有能すぎて助かる。


「じゃあルナ君、屋敷に行こっか・・・」


「はい・・・お姉さま・・・」


 私はシンくんに乗り、ルナ君はペリコに乗る。アルテ様は私たち二人の邪魔をしたくないと言って、ついてこなかった。


「待っておったぞ小娘ナナセ。」


「ピステロ様、すぐごあいさつに来れず、すみませんでした」


「ゼル村の村長が亡くなったのであろう?しかたあるまい。それにしても人族はか弱き存在だ。しっかり弔ってやったかの?」


「いいえ、まだです。これから頑張ってゼル村をより良い村にすることが弔いになるので、私は生涯をかけて弔うんですよ」


「ふむ、殊勝な心がけだの。」


 ピステロ様を先頭に、私たちは屋敷の地下室へやってきた。そこにはこれでもかというくらいの宝石が敷き詰められており、そこに埋まるように棺桶が三つ並んでいた。


「すごい・・・これは確かに魔子であふれかえっている寝室ですね。私もなんかクラクラしてしまいそうです」


「そうだの、ナナセは特に魔子との親和性が高い。過剰摂取は体に毒よの。当てられる前に闇をまとっておきなさい。」


 なるほど、軽く結界魔法をまとわせると楽になった。余計な魔子を弾いているのだろうか?なにせ目に見えないものなのでよくわからないが、漠然と理解はしているので良しとしよう。


「ではお姉さま、お約束通り一年間眠りにつきます。起きた時のぼくは十二歳くらいの容姿に変わっていると思いますけど、驚かないで下さいね。ぼく立派に成長してきます!」


「可愛いルナ君も見納めかぁ。嬉しいような、寂しいような、これが親の葛藤ってやつなんだね・・・親じゃなくてお姉ちゃんだけど」


 私はルナ君の棺桶に何か入れてあげたいと思ったが特に思いつかない。なんかあげられるものないかな・・・あっそうだ。


「ルナ君、寝る前にお姉ちゃんの血を飲ませてあげるね」


 私は腰のサバイバルナイフを抜き小指の先をさっくりと斬ると、棺桶に横になっているルナ君の口に突っ込み、逆の手で優しく銀色の綺麗な髪を撫で続ける。


「ちうちう・・・ちうちう・・・お姉さま、とても幸せな気分です・・・ちうちう・・・お姉さまの血、大好きです・・・ちうちう・・・zzz」


「おいナナセ、我にもよこせ。美味そうだ。」


「駄目ですっ!これはお姉ちゃん好き好きな可愛い弟の特権なんですっ!邪魔しないで下さいっ!それにピステロ様は初めて会ったときに私の血を飲むの断ったじゃないですかっ!」


「はて、そうだったかの、忘れたの・・・。」


 ルナ君が眠ってしまったので小指を引き抜く。


「ナナセよ、そろそろ棺桶を閉じるぞ。」


「はい。おやすみルナ君・・・私も頑張って成長するからね」


 私が寝室を出ようとすると、シンくんが隣の棺桶に飛び込んだ。

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