3の29 弾丸帰省と弾丸アルテ様




 私は七月の連休を使ってナプレの港町とゼル村に帰ることにした。先にサギリに村長さんとアルテ様宛に簡単なお手紙を運んでもらっている。ペリコのサギリ英才教育にはとても感心する。


 帰省は陸路でと思っていたが、そうは行かなかった。リアンナ様とアリアちゃんの移住も一緒に行うことになったからだ。王族なのでけっこうな大荷物になり、ルナ君が荷運びをしてくれた。


「リアンナ様、私は船で激しく酔ってしまうので、寝てるうちにナプレの港町に着きたいのです。夜の航海は危険だそうですが、ルナ君は夜目がきくようなので大丈夫だそうです」


「ありがとうナナセ様、本当に本当に感謝しているわ」


「ナナセおねえちゃん!あたしゼルむらたのしみー!」


 七月の連休は光曜日を合わせて三日間だ。色々とやることが多そうなので、少しでも早く出発しておきたい。前日までに荷物は港まで運んでおき、学園が終わると同時に王都を出発した。


「行商隊長のネプチュンさん自ら馬車の運転して下さるなんて、なんだか申し訳ないです。ありがとうございます!」


 この馬車の荷台は大改造されており、王族ご用達の立派な外装と、座席がソファーのような柔らかい素材になっていた。こんなに飾ってしまったら逆に目立つので狙われてしまう気がする。


「このベアリング付き馬車の性能を確かめることも兼ねておりますから。しかし本当に素晴らしいですね、この馬車は。さっそく行商隊で十台ほど発注したいのですが・・・」


「こんなこともあろうかとっ!」


 私はかねてから言いたかったセリフが言えたことに満足すると、すでにゼル村の工場に最低でも十台は急いで作るように伝えてあることを報告した。


 荷台にはリアンナ様とアリアちゃん、私とルナ君が乗っており、アリアちゃんがずっとルナ君にまとわりついている。私も明日にはルナ君とお別れなのでまとわりつきたいが、私の方がお姉ちゃんなので我慢だ。


「ルナおにいちゃん、あたしとあそべなくなっちゃうの?」


「アリアちゃん、ぼくと遊べなくなるのはたった一年だけだよ。ゼル村にいれば一年なんてあっという間に過ぎちゃうから、お友達たくさん作って元気で待っててね」


「うん!あたしルナおにいちゃんのこと、ずっとずっとまってる!」


 なんだかやきもち。熱烈な愛の告白を受けたルナ君だが、愛おしそうにアリアちゃんの頭を撫でている。私は前世のお兄ちゃんに、こんな扱いを受けたことがないのでなおさら羨ましい。


「そろそろ港に着きますよ。船はすぐにでも出発できそうですが、軽く港町で食事されて行ってはどうでしょうか?」


「ネプチュンさん、送って下さってありがとうございます。一秒でも早くナプレの港町に着きたいので、すぐに出港します」


「そうですか、夜間の航行は危険です、なにとぞお気をつけて」


 全員が船に乗り込むと、私は船乗りの人に通常の倍の料金を支払う。気を良くした船乗りから「大船に乗ったつもりで安心してお休みくだせえ!」と心強い言葉をもらった。


「じゃあさっそく出発進行!よーそろー!」


 アリアちゃんがいつまでもネプチュンさんに手を振っているが、私はわき目も振らず甲板のあまり揺れない中央部を陣取り、すかさずシンくんを枕にすると外部との接触をシャットアウトし、できるだけ遠くの空を眺めていた。自然と瞼が重くなっていく・・・



「お姉さま!着きましたよ!ナプレの港町ですっ!」


「おおっ!作戦成功!私まったく船に酔わなかったよ!」


 私はリアンナ様とアリアちゃんを起こす。ルナ君が大量の荷物をすいすいと船から降ろしていく。港の荷下ろしには知り合いが多いので、どうやらルナ君を手伝ってくれているようだった。


「カルスー!久しぶりー!ちゃんとサギリが手紙を届けてくれたんだね、迎えに来てくれてありがとう!」


「姐さんお元気そうで!ささ、荷物で狭いっすが馬車に乗って下さい、すぐに出発しましょう、アルテ様も待っていやすよ!」


 王都からの旅は乗り換え時間がやたらと短くて済んでいる。私はついさっきまで学園で授業を受けていたような気がする。


「お姉さま、ぼくは主さまに報告に行きます。その後屋敷で寝る準備をしてからペリコですぐに追いつきますから」


「うんわかった、あいさつしないでゼル村に向かったこと、ピステロ様に謝っておいてー!」


 ナナセカンパニー号は荷物でいっぱいになってしまったので、リアンナ様がカルスの助手席に座り、私はシンくんに乗ってアリアちゃんを抱っこする。カルスは美女リアンナ妃殿下が隣に座っているのでガッチガチに緊張しているようだが、これはご褒美みたいなものなのでほおっておこう。


 ほどなくしていつもの野営まで着いた。私はシンくんに治癒魔法をかけていると、驚いたことにリアンナ様が杖無しで馬に治癒魔法をかけていた。


「リアンナ様すごい!もう詠唱無し杖無し治癒魔法ができるようになったのですね!ゼル村の神父さんはどんなに練習してもできませんでしたよ!」


「ふふっ、私王宮で恐ろしくなるほど暇な時間を持て余していましたから、ずっとアリアニカとペリコとサギリ相手に練習していたの。ルナロッサ様も『アルテ様とお姉さまはこんな感じで使っています』って、たくさんアドバイスしてくれたのよ。魔法は愛だわ!」


「ルナ君は私とアルテ様のこと、よく見ていたんですねぇ・・・」


 カルスが水くみして火をおこし、紅茶を入れてくれた。アリアちゃんはシンくんに乗って遊んでいる。


「リアンナ様、ベールチアさんとサッシカイオさんに襲われたのはこの場所なんですよ、野営で寝ていたカルスのお尻に突然矢が刺さって大騒ぎになったんです」


「そうですか・・この場所だったのですね。もうサッシカイオの事はどうでも良くなってしまいました。私は冷たい女でしょうか?」


 返事に困ったので苦笑いでごまかす。戦闘のときの会話やペリコとシンくん大活躍の話をすると、驚きながらも楽しそうに聞いていたので、もう完全に吹っ切れてしまったのだろう。女は怖い。


「私、早くアルテミス様にお会いしてみたいわ!」


「みんなも言ってたけど、リアンナ様とよく似ていますよ!顔とかじゃなくて、しぐさや雰囲気、あと寂しそうな表情をしたときなんかが特に似ているんです。アルテ様はとても優しい人なので、すぐ仲良しになると思います!」


「私、もう寂しそうな表情なんてしません!楽しみだわ!」


 王宮から連れ出してあげたことがよほど嬉しかったのだろうか、リアンナ様がこの調子なら何も心配なさそうだね。



「ただいまあー!わあ、なんだかすでに懐かしい!」


 久しぶりのゼル村をキョロキョロと眺めると、道路が石畳で綺麗に舗装され、建設中だった建物もずいぶん完成していた。そこへ弾丸のような速度でアルテ様が私にフライング抱き着きをしてきた。これは絶対に受け止めきれないと思い、全身が重くなる重力魔法をかけて地面をしっかりと踏んばり、アルテ様をガッシリと受け止める。足が若干地面にめり込んだが受け止め成功だ。


「ナナセーー!ナナセー!ナナセ!」


 相変わらず半泣きのアルテ様が私に抱き着いているが、体の大きさ的には本来とは逆だ。私は重力魔法を緩めると、今度はアルテ様が私を宙吊りにしでむぎゅりと柔らかな身体で抱きしめてくれた。私はそのままアルテ様に自分の体を預ける。なんて居心地が良いのだろうか・・・


「アルテ様あ、会いたかったですよお・・・」


「ナナセ、わたくし毎日毎日ナナセのことばかり考えていたのよ、交換日記を読んで頑張っているのはわかっていても、それでも心配で心配で・・・どこか怪我はしていない?疲れていない?」


 アルテ様が私に恒例の治癒魔法をかけてくれる。とてつもなく暖かく大きな光が私たちを包み、辺りが見えなくなるほどにゼル村を照らす。私の体の疲れはあっという間にどこかへ消える。


「すごい・・・すごすぎます・・・神のような美しい輝きです・・・」


 リアンナ様がその暖かい光を見てあ然としているが、「そうです神様なんです」とは言えないね。しばらくすると私はアルテ様のむぎゅりから解放され、王族の二人を紹介する。


「アルテ様、この方が交換日記に書いたサッシカイオの第一婦人のリアンナ様ですよ、あとこの可愛い子がアリアちゃん。ゼル村に移住するので、アルテ様に預けたいと思っています」


「リアンナです。アルテミス様のお噂はかねてから伺っております。どうぞよろしくお願いします。ほら、アリアニカもごあいさつっ!」


「アリアニカだよ!アリアでいいよ!アルテさまおねえちゃん、あたしとおともだちになってね!」


「ええ、サッシカイオ様の件は心を痛めております。ナナセとも仲良くしていただいたようで感謝しております。最初はゼル村の生活に戸惑うかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」


 アリアちゃんがアルテ様にまとわりついている。私だってまとわりつきたいけど、お姉ちゃんとしては我慢だ。羨ましい。


「アルテ様、さっそく村長さんに会いに行ってきますね」


 アルテ様の表情が少し曇る。


「ナナセ、村長さんはとてもナナセに会いたがっていたわ。わたくし以上にナナセのことばかり考えているようでした。早く行って話しかけてあげて下さい。あまりお体の具合は良くありませんので、優しく静かにしてあげて下さいね・・・」


「はい、アルテ様」


 このアルテ様の感じからして、村長さんの体調はそうとう悪いのだろう。前世のおじいちゃんおばあちゃんはとても元気な人だったので、体調の悪い老人を間近で見たことがない。心配だな。


「失礼しまぁす・・・」


 村長さんの家に入ると、そこには神父さんといつものお手伝いの女性が難しい顔をして立っていた。

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