3の28 ナナセの覚悟
「ご本人の強い希望です。他の王族では駄目だそうです。」
「できませんよ私には。そうだ、ピステロ様はどうですか?もともとあのあたりの領主だったんですよね?少し忙しくなっちゃうかもしれませんが、お手伝いくらいであれば私できますし・・・」
「ナナセ。」
ブルネリオ王様が難しい顔をして私の言葉を遮る。私は口を閉ざし、姿勢を正してブルネリオ王様の顔をじっと見つめる。
「チェルバリオ様がゼル村に移住した経緯をお話しましょう」
「はい・・・国王陛下。お願いします」
「チェルバリオ様は私の父であるヴァルガリオ前国王の兄であることはご存知ですね?」
「はい」
「チェルバリオ様と私の父は歳が離れていましたが、大変に仲良き兄弟だったと聞いております。チェルバリオ様はあのような優しい方ですから、次期国王として多くの人に期待されておりました。しかしチェルバリオ様はそれを受け入れようとはしませんでした」
「・・・もしかして、また後継者争いですか?」
「ナナセは察しが良いですね、その通りです。息子の私が言うのもなんですが、私の父もチェルバリオ様に負けない才能を持っていました。どちらが王になってもおかしくない状況は、やはり争いごとを生んでしまいます。チェルバリオ様はその状況に心を痛め、私の父が成人すると同時に王都を去り、たった数人の従者と農民を連れて未開の地の開発に出たのです」
「それがゼル村の生い立ちなのですか」
「はい。チェルバリオ様の弟である私の父も同様に、その事には非常に心を痛めました。そのような経緯があり、私の兄弟や、さらに孫であるオルネライオとサッシカイオは、王宮では兄弟でも他人のような育て方をするようになったそうです。私の弟のラフィールは若いうちから遠く北に離れたベルサイアの町の町長に任命することで引き離し、私の長男であるオルネライオを若いうちから皇太子として任命し、争いごとを封じ込めました」
「でも、先代国王は早く亡くなってしまい、ブルネリオ国王陛下が国を引き継がざるを得なくなったと聞いています」
「そうですね、あと十年は安泰ではないかと思っておりましたが、事件が起こりました。王国歴史書には記載していませんよ」
「・・・亡くなった原因は病気ではないということですね?」
「はい、何者かに殺害されました。国王だけでなく、他にも犠牲者が出ました。犯人はいまだ見つかっておりませんが、国王の護衛騎士で目撃者だったアンドレッティは、その事を恥じてゼル村へ移住しました。本当に大切なときに大切な人を守れないようであれば、こんな剣は捨ててしまいたいとも言っていましたね。他の犠牲者はアンドレッティの大切な人だったようです。本人は否定していますが、そういう悲しい事件だったのです」
そんなことになっていたんだ。ようやくその傷も癒えて、今はやる気を出してピステロ様に教えを乞うてるってことなんだね。
「話がそれてしまいました」
「いいえ、多くの人に伏せているようなお話を聞かせて下さってありがとうございます。口外しないと誓います」
「やはりナナセは聡明な方ですね。そのようにお願いします。国王が暗殺されていたとなると、治安に影響しますから」
影響力のある人の死因を隠すのは前世でもあったことだし、理解はできる。平和な国だと思っていたけど、ちょっと怖いね。
「そして王都を出たチェルバリオ様は現在のゼル村のあたりに農村を作りました。王族であるチェルバリオ様みずから土地をを耕し、何年もかけて少しづつ今のような村になったのです。連れて行ったゼノアという護衛侍女が、なにもない荒れ地の草木を刈り、土を耕し、家畜を育て、民をまとめ、ゼル村の開拓のありとあらゆる事に全力で取り組んだそうで、おそらくチェルバリオ様が生涯愛した方だったのではないかと言われております。自給自足ができるようになると、当初予定されていた“チェル村”ではなく、ゼノアの“ゼ”を取って“ゼル村”と名付けたそうですよ」
「なんかいい話ですね。そういえば村長さんってずっと一人暮らしでしたけど、そのゼノアさんとご結婚されていたのですか?」
「ゼノアという方はチェルバリオ様が若い頃からずっとついていた侍女だそうですから、詳しい事はわかりませんが十歳や二十歳くらいは年上だったのではないでしょうか。もう何十年も前に亡くなりました。チェルバリオ様は生涯独身を貫いておられます」
なんか胸が苦しくなる話だ。
「村長さんにとっては“ゼル村”そのものがゼノアさんとの子供みたいなものなのかもしれませんね・・・本当に本当に、自分たちの子供のように大切に大切に育ててきたのでしょう・・・」
「・・・ナナセは実に良いことを言いますね・・・」
場がしんみりしてしまった。ティナちゃんとソラ君にいたってはハンカチで目頭を押さえている。私の目にもじわりと涙がにじむ。そんな中ネプチュンさんが顔を上げ、重い口を開いた。
「私は若い頃からゼノア様もよく見知っております。大変に聡明で明るく、剣の扱いにも長け、王都から共にやってきた農民の面倒見もよく、農作業も家畜の世話も、女性でありながら率先して行っておりました・・・さて、それは誰かに似ていると思いませんか?」
全員がバッ!と私の顔を見る。私は下を向く。
「ナナセさん、もう一度だけ申し上げます。」
ネプチュンさんが姿勢を正す。私も顔を上げ姿勢を正す。
「ご本人の強い希望です。他の王族では駄目だそうです。」
もう断れない。下を向いてなんていられない。
「ナナセ、村長代行とは言いませんが、ゼル村のことを引き受けてもらえますか?引き受けてもらえないようでしたら国王として強制的な命令をすることになりますが」
私はぐっと顔を引き締め、覚悟を決めた。
「国王陛下、村長さんの業務を引き継ぐことをお約束します。これは命令されたのではなく私の意思です。まだまだ未熟者ですが、よろしくお願いしますっ!」
・
「おかえりなさいませ、ナナセ様。」
いつもお出迎えしてくれるセバスさんには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。セバスさんの言うとおり、私は本当に恵まれている。
「ルナ君ちょっとお出かけしよっか」
「はいお姉さま」
私はシンくんに乗り、ルナ君はペリコに乗って夜の闘技場までやってきた。中に忍び込んでから、剣闘用の剣を投げ渡す。
「決闘しよう。私が勝ったらルナ君は寝ていいよ。でも私の方が弱かったら、まだしばらく魔法の先生をしてもらうから寝ちゃだめ。手を抜いたらわかるんだからね、本気でかかってきてよ」
「・・・わかりました、本気で行きます」
私は剣を構える。ルナ君も剣を構える。二人とも全身に闇をまとい重力結界を発生させているが、重力魔法の効果範囲は狭い。近づかなければ強い一撃を入れることができないが、近づくと結界が邪魔をするので、なかなか動き出せない。私は最近教わってようやく体になじんできた剣の正しい構えから、体重移動を意識しながらルナ君に向かって足を運ぶ。
「えいっ!えいっ!」
私は上段から振り下ろした剣が重力結界に弾かれたが、弾かれるつもりで剣を振り下ろしたので体勢は安定している。そのまま剣をルナ君の足元めがけて切り返す。
「うわっ!それならばっ・・・」
私は後ろに飛びながら構えを整えると、防御を意識して軸足に体重を移す。ルナ君の軽くて速い攻撃が私の結界を切り裂いたが、簡単に剣で受け止める。ルナ君は体を軽量化しているので大きく後ろにジャンプするが、その動きは読んでいた。
「逃がさないよっ!それっ!えいっ!」
ルナ君の大ジャンプを上回る特大ジャンプをして、すぐ背後に降り立ち、全身に重力魔法をみなぎらせてルナ君を地面に抑え込む。ルナ君が私の重力魔法に抵抗する形で魔法を放つが、私は私自身の体重を重くするような、いつもと逆の重力魔法を使ってルナ君の背中に馬乗りになる。
「ぐあっ!苦しい・・・」
可哀想だが遠慮はしない。ルナ君の首を背後から抱きしめるようにチョークスリーパーする。ルナ君の意識が遠くなっていくが、それでも重力魔法で抵抗してくる。私は重力魔法を解除し、すぐさま目一杯の光魔法をルナ君にぶつける。暗い闘技場が一瞬明るく照らされる。ルナ君の重力魔法を私の光魔法が打ち消し、お互いが魔法切れの状態になるが、首を絞めつける腕の力は緩めない。腕力勝負では絶対にルナ君には負けない。
「・・・おねえ・・・たま・・・ガクッ」
ルナ君が気を失ったところで決闘は終了だ。私はひざ枕してルナ君の顔を見つめる。その寝顔にぽたぽたと涙がこぼれる。
シンくんが私の横に座り、首を押し付けてくる。
ペリコが気絶しているルナ君の腕に首を巻き付けている。
しばらくしてルナ君がゆっくりと目を覚ます。
「起きた?お姉ちゃんの勝ちだね。お姉ちゃんの方が圧倒的に強いみたいだから、ルナ君の魔法の勉強はしばらくお休みでいいや。だからルナ君は寝てもいいよ。でも一年って約束は守ってよ。それ以上寝てたら、お姉ちゃん無理やり起こしちゃうからね」
ルナ君は吸血鬼ハーフなので回復力が異常だ。すでに元気なように見えるが、私のひざ枕から起き上がろうとはしない。私もルナ君に起き上がってほしいとは思っていない。
「・・・お姉さま、決闘する必要はあったのですか?」
「うん、あったの。ルナ君が成長して大人になっちゃう前の、今の弱っちいルナ君を、お姉ちゃんが忘れたくなかったの。お姉ちゃんにとってルナ君は、初めて会ったときのオドオドしたちびっこ吸血鬼のままでいてほしかったの・・・」
私はゼル村のことに続き、ルナ君のことにも覚悟を決めた。
あとがき
ゼノアさんは背が小さく黒髪で、容姿もナナセさんとよく似ていたようです
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