3の31 略式任命式




「ちょっとシンくん?もう帰るよ?ルナ君と別れるの寂しいの?」


「がぅー・・・」


「ほほう、これは面白い。」


 ルナ君に初めて会ったときのシンくんはめちゃくちゃに敵対視して威嚇していたのに、今はすっかり仲良しだ。私が学園に行っている間もルナ君とアリアちゃんと遊んでいたようだし、別れが寂しくなるのもしょうがないかな?


「おい狼、『~*“$#<?』」


「くぅーん」


 おおっ!これは久しぶりに聞いたピーヒャラ音。


「ピステロ様も神族語とやらを使えるのですかっ!?」


「これは神族語と言うのか?意思を伝える単語程度しかわからぬ。話せると言ってしまうとおこがましいがの。」


「そっ、それでシンくんは何と・・・」


「成長したいそうだの。」


「ええっ?この棺桶って吸血鬼専用じゃないんですかあ?」


「神族や妖精族も睡眠で覚醒するのではないかの。魔人族以外のことはよくわからぬが、共に魔人族の上位の存在だ。アルテミスも寝ないであろう?あれもきっとこのような魔子に囲まれた中で寝れば成長するかもしれぬ。逆に起きている間は成長を望めぬ。ちなみに我は十分に成長したと判断したので、もうこの寝室で寝ることはなかろう。」


「ファンタジーですねえ・・・そういえばシンくんが寝てるところ見たことなかったかも」


 考えてみたら人間が一日八時間睡眠で育つとしたら、計算上は同じくらいの睡眠と成長率だし、理にかなっているのだろうか?


「まあ良いではないか、この狼も寝かせてやれ。」


「シンくんも成長したいの?なんでみんな私をひとりぼっちにしちゃうの?私シンくんがいないの寂しいよ?」


「がうぅ・・・」


 シンくんは棺桶から断固として動かない。まあ私も学園に通ったり村に戻って雑務をしたりしている間は忙しいし、ここはご主人様として成長を見守ってあげなきゃ駄目なのかな・・・


「・・・わかったよシンくん、私も頑張るから、シンくんもしっかり成長して帰ってきてね。ルナ君と一緒で一年間だけだよ!」


「がうっ!がうがうっ!」


 シンくんが私の首や顔を甘噛みしたり舐めまわしたりしてきた。私もシンくんのお腹の柔らかいところを、これでもかと揉みまくる。あまりじゃれ合っていると別れるのが辛くなるのでほどほどにして棺桶の蓋をゆっくりと閉じる。おやすみなさい、シンくん・・・


 私はピステロ様とペリコと一緒にナプレの港町へ戻ってきた。


「屋敷には久々に強力な結界を張っておいた。一年間、なんびとたりとも近づかせぬので安心せよ。」


「もちろん信用しています。あの結界のヤバさはよく知ってます」


「ときに、カルスの運んでくるゼル村の農作物は非常に助かっておるぞ。港町は最低限の農業しかやっておらぬが、住人たちは何の滞りもなく生活できておる。」


「それは良かったです。これからは卵や牛肉や調味料なんかもどんどん作りますからね、港町の食生活も豊かになると思います」


「助かるの。それとナナセの作った羊毛ベッドが届いたが、我がソファーに作り変えた。座り心地が良いので重宝しておる。」


 そういえばふかふかの羊毛マットを作る約束していたね。気に入ってもらえて何よりだ。また何か考えてプレゼントしよう。


「それじゃ私はゼル村に戻りますね、次に来るのは学園の半年間の基礎学問の授業が終わった十月ごろになります。あっそうだ、ガラスを作れる工場と職人を集めておいて下さいよ、行商隊のネプチュンさんが材料だけは買い集めたけど、加工する職人が少ないって嘆いていました。冬場にトマトを作るためですから!」


「そういうことであれば任せておくがよい!」


 私はペリコに乗る練習をしながら、ゆっくりゼル村に戻った。最初は歩いて進むところから始めて、翼を大きく広げるペリコの邪魔をしないような乗り方に少しづつ慣れてきた。ペリコの方も私を乗せるのに慣れてきたようで、村に着く頃にはそれなりに形になってきたが、まだルナ君のように自由に空を飛び回るといった感じには程遠い。これもしばらく練習が必要だね。


「おぉーい!ナナセの姐さぁーん!国王陛下と第一王子がお見えですよぉー!みなさんお待ちになってますよぉー!」


「ええっ!村長さんの家だよね?急いで行かなきゃ」


 村の護衛がすっかり板についてきたモレさんとハイネが、よろよろ飛んでいる私とペリコを見つけて大声で報告してくれた。王族二人は葬儀には来られなかったが、事後にお線香の一本でもあげに来たような感じだろうか。村長さんの家につくと、テーブルに何人もの大人が座っていて、アルテ様も呼ばれていたようだ。


「国王陛下、ゼル村までの遠い道のりお疲れ様でした」


「ナナセ、チェルバリオ様はとても安らかな死に顔だったと聞きました。神父からナナセとの最後の会話の報告も受けていますよ、ナナセに会えて話ができて、思い残すことは無かったのでしょう」


「そうだと良いですね。私、身近な人が亡くなった経験がほとんどなくて、今でも実感があまりないのです。ただ、ゼル村のことは任せてくれと約束したので、頑張りたいと思っています」


 ブルネリオ王様とオルネライオ様がうんうんとうなずいている。その隣で神父さんもにこやかに座っている。


「そうですね、我々もナナセとゼル村には期待していますよ。さ、そちらにおかけください」


「はい、失礼します・・・」


 着席を促されて私はアルテ様の隣に座る。他にも王城の謁見の間でよく見かけた文官の人や護衛や侍女が来ており、王政の中枢っぽい人たちが勢ぞろいしているかのようで、なんだかあまり居心地が良くない。


 オルネライオ様が席を立ち、全員を見回す。


「それでは略式ではございますが、故チェルバリオ殿下の領主業務の引継ぎ、並びに任命を行いたいと思います。」


 なるほど、こういう儀式が必要なのね。本来ならば王城内で行われるべきことのような気がするが、村長さんが亡くなってしまったので略式で手っ取り早く済ませるってことかな?


「まず、ナプレの港町並びにゼル村の人口増加にともない、それぞれを“ナプレ市”と“ゼルの町”へと昇格することを決定いたしました。同時に、租税方法の変更と、市長、町長の権限の見直しを行うことを報告いたします。」


 おお、ゼルの町!開発が進んできたって感じでいいね、村長さんもきっと喜んでいるよ。


「それにともない、ナプレの港町の町長代理であったピストゥレッロ様が市長代理となり、王族不在ではありますが現在の体制を継続することも決定しております。」


 まあ順当だよね、ピステロ様の指導のもと、すでに実績を積み上げているわけだし、市になったからって変える理由はない。


「引き続き、ゼル村の村長であった故チェルバリオ殿下の業務引き継ぎについての決定事項を報告します。」


 私の番だ。いつものように顔を引き締め、背筋を伸ばす。


「村長逝去による新村長の任命、および村長から町長への呼称変更を同時に行います。新たに王族のナナセ様をゼルの町の町長として任命いたします。旧ゼル村の業務の一切を引き継ぎ、ゼルの町の発展に全力を尽くして下さい。」


「はい・・・って、あれ?」


「異議は認めませんよ、王族ナナセ様。」


「はいぃいーー???わわ私、ただの村娘ですよ?」


 神父さんがしたり顔で席を立つ。


「しかし、こちらに列記とした婚姻証明書がございます。ナナセ様は亡きチェルバリオ殿下の第一婦人でございます。必要事項の記載と署名の確認は文官にも済ませております。もう一枚は村長業務ならびに遺産のすべてをナナセ様に譲渡するという遺言状ですね。こちらも必要な記載と署名の確認は済んでおります。」


「ちょ・・・聞いてないですよぉ・・・」


 その書面を見ると、確かに婚姻を証明するようなことが書いてあり、村長さんのサイン、私のサイン、そしてその下にちゃっかり神父さんとアルテ様のサインまでしてあった。やられた・・・


 ブルネリオ王様が笑顔で話しかけてくる。


「ナナセは私の父の兄の妻なので・・・義伯母ですかね?」


「私まだ成人もしてないですよぉ・・・」


「成人前でも保護者の許可があれば婚姻はできますよ、身近な所ですとリアンナをそのように取り計らいました。その書面には保護者アルテミスの許可も得られているようですね」


「うふふ、ナナセ、もう観念しなさい?」


 今度はオルネライオ様が笑顔だ。


「ナナセ様はわたくしの父の父の兄の妻なので・・・少々難しいですね、ひいおばあちゃんで良いのでしょうか?」


「・・・とにかくっ、その『ナナセ様』っていうのはやめて下さいっ!これはひいおばあちゃん命令ですっ!異議は認めませんっ!」


「あっはっは、わかりました。それではナナセさん、あらためてゼルの町の町長として任命いたします。旧ゼル村の業務の一切を引き継ぎ、ゼルの町の発展に全力を尽くして下さい。」


「謹んでお受けいたします・・・全身全霊をもってゼルの町の発展に取り組む所存でございます・・・」


 私の堅苦しい決意表明とともに、略式任命式は無事に終了した。なんだか腑に落ちないけど、村長さんとゼノアさんの大切な置き土産だ。しっかりと育てていく覚悟が必要だね。

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