3の20 商人・ナナセ




「それではレオゴメスとアデレードは退出して下さい、ナナセはもう少し残って下さい、馬車の話があります」


 おお、完全に忘れてた。もしかして商売の勝負ってベアリングの馬車を売ってしまえば簡単に圧倒的な勝利を収められたのではなかろうか。失敗したかな?私の得意分野って考えたら自然と料理ってことになってしまった。


「ナナセさんは本当に予測がつかない行動をしますね、やはり不思議な方です。普通はヘンリー商会に商売で逆らうような者はこの王都に誰一人としておりませんよ。」


「はっはっは、それでもナナセなら勝てそうな気がしてお話を聞いていましたよ。ナナセ神の子、不思議な子です。」


 なんか聞いたことある名言だが気のせいだろう。勝っても負けても私にとって失うものが無い勝負だし、気楽に行こうと思う。


「いやあ、アデレードがなんだかかわいそうになってしまって。それに私の育った国は親が子供の喧嘩に口を出すのは恥ずべき行為とされているんですよ、王国がどうなのかわかりませんが」


「わたくしたち王族は世間と少し感覚が違いますからね、ナナセの言い分もわかりますし、レオゴメスの怒りも理解できます。」


「勝っても負けても私の生活に何ら影響はありませんからね、王都の物流や商品を知る課外授業みたいなものです」


 話は馬車のベアリングの件に移る。オルネライオ様が嬉しそうにブルネリオ王様に報告している。特許や知的財産権の話になったときには私も少々捕捉する。ブルネリオ王様は聡明で非常に理解が早く、考えていたことはだいたい伝わったはずだ。


「なるほど、確かにゼル村の利益になるべきものが王都の職人に横取りされてしまいますね。米や麦であれば相場の違いなど少ないと思いますが、そういった生活が便利になる工業製品の発明に関しては全く別の課税方法にしましょう。オルネライオは文官に詳細な報告書を作成させるように。」


「粗方できております国王陛下、ところでさっそく乗り心地を試してみてはいかがですか?そうしていただかないと、この話の重大さがご理解いただけないかと思います。」


「国王陛下!私からもお願いしますっ!きっとびっくりしますよ!」


 私たちはぞろぞろと王城の中庭まで移動してきた。国王と王子とこの件を任される文官とその護衛と侍女と私の大所帯だ。比較対象の現行馬車も用意され、二台に分かれて乗り込む。当然ブルネリオ王様とオルネライオ様と私がベアリング&スプリング付きの高性能馬車だ。


「では東門から王都を出て外壁を一周しましょう、出せっ!」


 勝負も何もあったものではなかった。人が大勢乗り込んだ馬車はけっこう重い。高性能馬車がぐんぐん引き離し、東門から北門を通過する頃にはすでに後続の馬車は見えなくなった。


「なんと乗り心地が良い!それにこの速度は早馬と変わらぬではないか!どれ、私にも操らせなさい!」


「国王陛下!危険では?」


「たまにはよかろう!」


 男の子は乗り物の運転が大好きなのだ。ブルネリオ王様自ら馬の操縦を始めたが、とても楽しそうにしている。城にこもって王政ばかりをしているのだろう、良い気分転換になっているようだ。


「国王陛下、すごいでしょ?この車輪につけているベアリングっていう装置はとても精巧な金属部品で、たぶんしばらくはゼル村の親方にしか作れないと思いますよ。それに竹のバネがほどよくしなって路面の衝撃を吸収するので速度が落ちないんです。それと車体の歪みを補強する金属配置も絶妙で、すべて揃ってこの走行性能に繋がっています。気に入ってもらえましたか?」


「オルネライオが強く推してくる意味がわかりましたよ!これはあまりにも画期的すぎて誰にも価値を付けることができません!」


 圧倒的大差で現行馬車に勝利した高性能馬車は、ブルネリオ王様の操縦のもと王城まで無事に帰ってきた。道行く住民が驚いた顔をして王様の姿を見ていたのが面白かった。


 私たちは謁見の間まで戻って紅茶をすする。


「もう一台の馬車はまだ帰ってきませんねえ・・・」


「ナナセ、これはゼル村での独占販売を許可します。百台の発注をこの場で行いましょう、一台の価格は純金貨五十枚で、製造にかかった材料費はすべて王国に請求していただいてけっこうです。いかがですか?」


「ありがとうございます、でもその売り方は拒否します。それでは技術や文明の発展する速度が遅くなります。便利なものをすべての王国民が手軽に手に入れることができなければ意味がありません。もちろん独占販売の売り上げは大変魅力的ですが、多くの職人が競い合って、あの馬車よりも性能が良いものを開発してくれることを期待する方が、絶対に後世のためになります。私が求めているのは“最初に作ったご褒美”であって、この先に生まれる利益を独占するつもりはありません。オルネライオ様に提案したとおり、この馬車の製造方法を知的財産として一括で買って下さい。あとはどこで作ろうがどこで売ろうがどれほどの期間で高い税をかけようが、私やゼル村の親方には関係ありませんから。ただ、これほどの高品質な馬車を作れるのはゼル村だけであるという自負はあります。それに材料費別で一台純金貨五十枚はいくらなんでも高すぎます。せいぜい純金貨十~二十枚で材料費込みです。それでも儲けすぎです。それに王族や富豪しか買えないような馬車を作る気はありませんし、私がやりたいのは馬車屋さんではなく流通革命ですからっ!」


 一台五百万円相当で買ってくれるのは王族と大富豪だけだろう。そんな限られた相手への商売はすぐに売り終わってしまう。私は細く長く会社を存続させなければならないのだ。


「・・・そこまでお考えとは恐れ入りました。」


「国王、わたくし申し上げたではありませんか、ナナセが見ているのは目先の金貨ではなく、我々には見通せないような遥か遠く未来であると。領主教育を受けてもらいたいと考えたのはこういうことなのです。この王国がより豊かになるための第一歩です。」


「そんなぁ大げさですよぉ、私はゼル村で頑張っている仲間たちが安心安定して働けるようにしたいって思っているだけですよぉ」


「我々も見習わなければなりませんね。すべての王国民が安心安定して働けるような王国づくりをしなければなりません。」


 その後の話し合いと文官の計算のもと、高性能馬車の販売価格を純金貨十五枚=百五十万円相当とし、希望販売価格を設定する独占禁止法のようなルールを新しく作ることを約束してもらった。千台売れるまでは王国で一割多く課税することになり、その一割多く取る予定の税金が私へ支払われる知的財産への報酬となり、私はついに億万長者になってしまった。


「遠慮なく頂戴します。こんな大金は死ぬまでに使いきれないので、ゼル村の発展に全力で取り組むことにします」


「ナナセが全力でゼル村の発展のための開発をすると、ますます大金が入ってくるのではありませんか?」


「そしたらゼル村にお城を建ててからナプレの港町を大規模開発して、そっちにもお城を建てますっ!」


 馬車の話は終わり、ブルネリオ王様が真剣な顔になった。


「ナナセ、先ほどのレオゴメスとの会話で気になる点がありました。立ち入ったことを聞きますが、ナナセはすでにご両親を亡くしているのですか?」


 難しい質問が来た。何と答えたらいいものかしら。


「えっと、その、亡くなってはいないと思うのですが、事情があってもう二度と会えないと思います。私の保護者はアルテ様です。孤児のようなものだと思っていただいて結構です」


 創造神に引き剥がされて異世界から来ましたとは言えない。


「そうですか・・・誰にでも言いたくないことはあるでしょう、お辛い気持ちにさせてしまったようでしたら謝罪いたします。」


 確かにお母さんのことを思い出すと少し悲しい気持ちになるけど、アルテ様がたくさん優しくしてくれるので今はまだ大丈夫だ。


「謝罪なんてとんでもございません。私はアルテ様がいれば頑張っていけるので大丈夫です、お心遣いありがとうございます」


「いえ、そういうことではなくてですね・・・ナナセが活躍すればするほど、孤児であるということが対外的に問題になるのではないかと思いまして。先ほどもそうです、レオゴメスのような成功しているものほど血筋や家系を気にします。」


「そうですね、ナナセさんの圧倒的な能力を見せつけることで説得するのも良いのですが、それでは時間がかかりすぎます。」


「私は気にしないから大丈夫ですよ、そのうち世の中が私の考えに追い付くと思います。今はまだ貴族時代の考え方が完全に消えているとは思えませんが、これからどんどん貧富の差がなくなり、個々の能力に対価が支払われる世の中になると思います。あ、でも王族は別ですよ、国の象徴として立派な人格者であるブルネリオ国王陛下が頂点にいることは絶対に必要です」


 ちょっと偉そうだったかな?でも私が理想とする社会って、結局のところ前世の日本のような感じになっちゃうんだよね。


「そうですね・・・それでしたら、なおさらナナセには私を支えてもらわなければなりません。」


「そんな・・・私はゼル村のことで精いっぱいです」


「簡単なことです。ナナセが王族になってしまえばよいのです。」


「えっ?」


 そういえば私ってサッシカイオに第二婦人になれとか言われたことあったよね。王族の誰かの嫁になれってことかな?リアンナ様が言ってたような、魔法使いの女は跡継ぎの道具と使われてしまうようなアレかな?それは嫌だな。


「王族の誰かと婚姻、ということですか?大変光栄ですが、それは是非ともお断りしたいのですが・・・もし断れないようでしたら成人まで考えさせていただけると・・・」


「はっはっは、違いますよナナセさん。ナナセさんはご両親が不明なのですよね?でしたら“実は王族でした”ということにしてしまえばよいのです。」


「嘘偽りを許さないオルネライオ様の言葉とは思えませんが」


「近年ではありませんが、過去にそういったことは実際ありました。魔法の才覚に溢れた孤児を王族として召し抱えた上で王族として育てたのです。その孤児は大変によく王国に尽くし、幸せな一生であったと伝わっております。」


「私はゼル村を出る気はありません、とても素晴らしいご配慮とは思いますが私にはできません。ごめんなさい」


 口惜しそうな二人にぺこぺこ頭を下げ、私は王城をあとにした。

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