3の21 商人・アデレード




「ねえアデレちゃん、私が負ければ光組に入れるかもしれないのに、私の味方なんかしてもいいの?お父様は怒らないの?」


「ナナセお姉さまが負けるところなんて見たくありませんわ!それにお父様の言い方はあたくしが聞いていても不愉快でしたわ。必ずギャフンと言わせますの!」


 お昼ごはんを中庭の芝生でボッチ飯する必要がなくなったので、私はアデレちゃんとティナちゃんとソラ君と四人で学園の食堂に来ている。全体の半分くらいの生徒が利用しているだろうか?それと先生は全員来ているようだ。今日の日替わりランチは肉だんごのスープと硬いパンだった。もちろん味は薄い。


「来週から勝負が始まるんだけどね、私も授業があるからずっと料理を作ってるわけにいかないんだよね。どういう作戦で行こうかなあ。昼休みまで仕込みしてくれる人がいれば、あとはひたすら作るだけで済むんだけど・・・」


 厨房はとても広いので、敵と味方の半分に分けて営業することになった。あらかじめ調理器具や鍋をチェックしてみたが、三十人前くらいなら同時に作ることは可能だろう。私は重力魔法がずいぶん上達したので、重たくて大きな鍋でも片手で扱えるのだ。


「ナナセはお料理もできるの?私とソライオは鍋すら触ったことないわ」


「僕も料理は無理だなあ、野営の練習で獣をさばいたことあるけど、可哀想であんまり好きじゃないんだ」


「料理は少し自信あるんだよ、みんなにも美味しいものいっぱい食べさせてあげるからね。どうしようかなあ・・・料理人を雇うしかないかなあ・・・人件費って一番高いんだよねえ・・・」


 私が作った料理なら確実に売れる自信がある。でも純利益勝負とか自分で言い出してしまったので、余計な出費は避けたい。


「ナナセ様、それでしたらわたくしがお手伝いします。何でも申し付けて下さいまし」


「ロベルタさんほんとに!?助かるかも!」


「どちらにせよ護衛として学園に滞在しております。ティナネーラとソライオが授業を受けている間は手持無沙汰でしたから、ちょうどよい時間の使い方になります」


 うん。ロベルタさんならそつなくこなしてくれそう。薄味ではあるけど料理も丁寧だし、この人は何をやらせても非常に手際が良くて仕事が早いのだ。


「私とロベルタさん二人いればあとは食堂のおばちゃんに洗い物とかしてもらえば大丈夫かな。次は食材を集めないとね。ねえアデレちゃん、王都の食材屋さんって何件もあるけどさ、良さそうなところ教えてくれないかな?」


「ええ!あたくし喜んでご案内いたしますの!」



 私は午後の実習が終わると、ひとまず職員室へ向かった。


「失礼しまぁーす・・・ボルボルト先生はいらっしゃいますかぁ?」


「どうしたナナセ」


「ちょっとご相談が。学長室でよろしいでしょうか?」


 学長室はまるで私の私室のようになっている。この部屋で写本の刑を受けるように言われているのでしょうがない。


「なるほど、ヘンリー商会と勝負するのか。勝てるのか?」


「それなりに自信はあります。でも授業も写本もあるので、無いのは時間だけなんです。だから光曜日にお願いしていたお稽古は、料理勝負が終わるまで保留にしていただけないかと・・・私からお願いしておいて大変に申し訳ないのですが」


「そんな気にすることはねえよ。ナナセはなんだ、料理も魔法を使うのか?なんか美味いもんができる魔法なんてあるのか?」


「そんな魔法はありません!あったら私が教えてほしいです!」


 料理は愛情という魔法をかけると、なんていう良いセリフが思い浮かんだが、ボルボルト先生に言う言葉ではない。



「ナナセお姉さま!お待たせしましたの!」


「罰やってたから待ってないよー、じゃあすぐ行こっか」


 アデレちゃんは一度家に帰ってから、学長室で写本をしている私を迎えに来た。ついでにレオゴメスの動向を伺ってきたらしい。


「お父様は北の町から牛肉を仕入れるようでしたわ」


「そういえば北の方に食肉の牛を育ててる町があるって聞いたことあるなあ、誰だっけな・・・ネプチュンさんが言ってたのかな?」


「まあナナセお姉さま、ネプチュン様をご存知ですの?」


「うん、ゼル村に行商隊で来てたときに村長さんに紹介してもらって、色々と商品を融通してもらっているんだよ、南の島の羊毛とか黒い牛とか。あと村の働き手が欲しくて人を売ってくれって言ったら断られちゃった。あはは」


「ナナセお姉さまは剣士で魔導士ではなくって?あたくしこれでも商人の娘ですけれど、行商隊のトップの方と取引なんて考えられませんわ。あたくしはまだ子供ではありますけれど・・・」


「ゼル村では子供も大人も関係なく、みんなで何でもかんでもやっちゃおうって雰囲気だからねえ。ティナちゃんやソラ君やアデレちゃんと同じ歳くらいの子供が私と一緒に牧場や菜園を経営しているんだよ、大人を何人も雇って大人顔負けの収入を生み出してるんだ。それに流通の確保も着々と進んでいるの」


 アデレちゃんの目が真剣になった。先ほどまでの『お姉さま☆キラキラ』といった雰囲気が消えて、これがきっと商人の娘の顔なのだろう。なんとなくヴァイオ君の職人の顔を思い出す。


「あたくしナナセお姉さまと共に行動していれば、とても勉強になる気がしてきましたわ。この勝負、徹底的にお手伝いさせて下さい。あたくしはご存知のとおりヘンリー商会の一人娘です。お父様は跡継ぎを優秀な男性の商人や王族から見つけて、あたくしと結婚させようとしていますが・・・あたくしは自分の力でヘンリー商会を背負って行きたいと思っていますの!」


「アデレちゃんはソラ君と結婚して王室に入るつもりだったんじゃなかったの?てっきりソラ君のことが好きなのかと思ってたよ」


「甘いですわナナセお姉さま、それは今後王族との取引を円滑に、且つ優位に進めるための周到な準備のようなものですわ!」


 こぶしを握りしめ声高らかに宣言する。なんと凛々しい美少女なのだろう。それに、このくらいしたたかでないと商売なんて上手く行かないんだろうな。でもこれはこれで、お姉ちゃんがお手伝いしてあげたくなってしまうじゃないの。


「べつにヘンリー商会の跡継ぎにならなくていいんじゃない?そりゃあこの王都で商人として生きていくには大きなアドバンテージだとは思うけどさ、何年も歴史のある会社って不文律みたいな決まり事が多くてアデレちゃんの自由になんてできないと思うよ?それに最大の取引先が王族なんでしょ?だったらなおさらがんじがらめで自由度が低いと思うの。自分で事業を始めちゃえば?」


「えっ?事業ですの?そんなことあたくしにできますの?」


「大丈夫、田舎の村娘の私がすでにやってるんだからできるよ!この際だから作っちゃおうよアデレード商会。私が・・・いいや、ナナセカンパニーが全力でサポートするよ!」


「なんだかとても気持ちがたかぶってきましたわ!」


 実は私は王都で口利きできる商人を探していたのだ。王族相手にぼったくり価格で現代知識商品を売りつけるのも大切だけど、食肉牛やチーズや鶏の卵、それに大豆やトマト加工食品などは街の商人に卸した方がいいに決まっている。他にも平民にこそ必要な生活雑貨などを思いついたとしても、王族に売りつけるのはお門違いだ。最大手であるヘンリー商会のレオゴメスとは勝っても負けても、この先いいお付き合いができるとは思えない。これは私にとってもアデレちゃんにとっても幸せな未来を掴むためなのである。


 それはそうと勝負用の食材を探さなければならない。


「こちらの食材屋は行商隊直営なので品ぞろえは豊富でしてよ」


「そっか、どれどれ・・・」


 けっこう広い食材屋だった。お客さんもたくさんいるし、品ぞろえも確かに豊富だ。キョロキョロしていると見たことある人がいた。


「あっ!あなたは行商隊の・・・えっと・・・」


「ゼル村の子供かっ!あんときはよくも・・・じゃない、いらっしゃいませお客さん、私はプルトでやす。お久しぶりです」


「あはは、プルトさん、あのときは村長さんに言いつけるようなことしてごめんね、先に持っている金貨を見せればあんなことにならなかったよねー」


「ナナセお姉さまは色々な行商隊の方とお知り合いですのね。こんにちはプルトさん、ヘンリー商会のアデレードですの」


「ひいっ!ヘンリー商会の娘さんのっ!これはこれはよくいらっしゃいやした、今日はどういったご用命でして、へへっ・・・」


 相変わらず小者感がすごい人だが、知ってる人がいるのは私も楽だ。仕入れはこの店でいいね。私は店内をぐるぐる歩く。


「うーん、やっぱトマトは無いなあ。ゼル村からケチャップ送ってもらうしかないか。あ、魚介類はけっこう豊富だねえ、このカニとかすごく美味しそう。でも素材勝負だと牛のステーキには勝てないなあ。なんか付加価値をつけないと・・・」


「ナナセさん、いかがでありやしょうか?」


「今日は下見に来ただけなんだ。ある人と料理対決をするんだけど、何を作るのかまだ決めていないから、王都で手に入る食材をチェックしに来たんだ。プルトさん、私王都に知り合いもいないし、プルトさんから仕入れることにするからよろしくね」


 私は昨日もらった億円単位の羊皮紙弊をバスケットから取り出しで見せつけ、先に「支払いは安心しろ」アピールする。こういうのは商人の世界では先手必勝だ。同じ間違いはもうしないのだ。


「ぎょへええー!いちじゅうひゃくせんまん・・・わかりやしたっ!」


「なっなななんっナナセお姉さまっ!なんですのその大金は!」


「ナナセカンパニーの資本金だよっ、ブルネリオ王様に高性能な馬車の知的財産権を売りつけたの。知的財産っていうのはね、えっと、難しいから今度説明するや。そのうち王都中でゼル村製の高性能な馬車が走ることになるから楽しみにしててねっ!」


「あたくしナナセお姉さまに一生ついて行きますっ!ですのっ!」





あとがき

ようやくアルテ様以外の主要サブヒロイン登場でした。ナナセさんは当初アデレードの事を「アデルちゃん」と呼んでいましたが、アルテとアデルが混在するお話のときに字面が非常に悪かったので、すべて「アデレちゃん」に置換しました。

もしよろしければ、心の中でアデル(Adel)ちゃんと読んで(呼んで)あげて下さい。

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