3の19 親呼び出し
午後の実習が終わり、放課後さっそく罰の写本を始めた。分厚く見えた本だったが、羊皮紙自体が厚いし、片面にしか書いてないし、文字も大きかったので分量的にはそんなに多くはない。私は知らない単語が出るたびにメガネをおばあちゃんずらししながらどんどん書き進めていると、護衛のイオタさんがやって来た。
「ナナセの姐さんお迎えに来ました!国王陛下がお呼びです!自分が馬車で王城までお送りします!」
「そうなんですか?きっと昨日の件ですよね、すぐ行きましょう。国王陛下をお待たせするわけには行きませんから」
馬車にはティナちゃんとソラ君、それとロベルタさんが乗っていた。どうやら二人の送迎ついでに私も王城まで乗せていくようだ。
「ねえねえティナちゃんとソラ君、目立たないように静かな学園生活って思ってたんだけどさ、今日お昼休みにみんなに囲まれちゃってさ、なんだかたくさん友達ができちゃったよ・・・」
「ナナセでしたらそのうちそうなると思っていたわ」
「そうだよ!ナナセの事をちゃんと知れば、みんな友達になりたいって思うに決まってるよ」
「そっかな・・・それでね、明日からはもう遠慮せずに二人にもどんどん話しかけるからさ、仲良くしてね!」
「「うんっ!」」
・
「それではこちらのお部屋で、しばしお待ち下さいませ。」
以前と同じ応接室で、以前と同じ一流ホテルマンのような身のこなしの使用人が、以前と同じ美味しい紅茶を出してくれた。以前と違うのは隣にアデレードが座っていることだ。非常に気まずい。一緒に呼び出されていたとしても、もう少しご配慮願いたかった。
「・・・あの、ナナセ様・・・」
いつになくしおらしい。大人にお説教でも喰らったのかな?
「アデレード様、私も少々大人げなかったと思って反省しています。ちょっとやりすぎました。学園にも罰を出されましたし、ここはひとつ水に流すということで・・・ごめんなさい」
「あ、謝らないで下さいっ!わわ、悪いのはあたくしですのっ!」
「じゃあ喧嘩両成敗ってことで。私からはもうアデレード様に絶対に関わらないようにするから、もう話かけてこないでね。」
これでいいのだ。アデレードの方も嫌いな私に無理して近づいてくるからこういうことになったのだ。明日からは他人だ。
「ナナセ様・・・そんな酷いことおっしゃらないで下さい・・・ぐすっ」
大きな目に大粒の涙を貯めたアデレードが私のことを見つめる。どうしよう、きつい言い方だったかもしれないけど、こんな泣かせるつもりがあったわけではない。
「ぐすっぐすっ、あたくし今日一日あいさつしても誰からもお返事をいただけず、ぐすっ、同じ組のみなさんに無視されていましたの、ぐすっ、ナナセ様の強さの前に完敗だったことを認めていますし、ぐすっ、きちんと謝罪しようって思っていましたのに。あたくしもう学園に居場所がありませんわ・・・ぐすっ」
ありゃー、学級シカトされちゃって凹んでるんだね。ちゃんと謝罪しようとしていたのは私も知っている。気絶する直前まで謝ろうとしていたもん。なんかかわいそうになってきた、やっぱ私が原因だし何とか解決しなきゃね。私、女の子の涙に弱いのかも。
「アデレード様、さっきも言ったけど私もやりすぎちゃったし、みんなに無視されているのは私が原因だと思うし、みんなと仲良くできるようにするからさ、だから泣かないでよ。ね?アデレード様はとても可愛いんだからさ、いつも自信満々で笑顔でいてくれる?」
「な゛な゛せ゛さ゛ま゛ぁ゛ーー!!し゛つ゛れ゛い゛な゛こ゛と゛い゛って゛こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ーー!ですのー!!」
ギリギリで我慢していたアデレードが大泣きしてしまった。仕方ないので頭を抱き寄せ、私の汚い村娘の服で涙と鼻水をふいてあげる。すると余計に泣き出したので頭をよしよししてあげると、ますます泣き出してしまって収拾がつかなくなった。
「今から国王陛下に呼び出されているんでしょ?そんなに泣いた顔で謁見するのは失礼だよ?泣き止も?ねっ?よしよし」
「えぐえぐ、わがりまじたわ、えぐえぐ」
なんかもう酷いこと言われてたとかどうでもよくなっちゃったな。こうやって美少女が腕の中で泣くのはある意味兵器だ。私は小動物に保護欲を刺激されているような状態なってしまった。
「実はね、ティナネーラ様とソライオ様と学園に入る前からお友達だったの。私なるべく目立ちたくなかったからさ、お互い知らんぷりしていたんだけどね、今回の件で思いっきり目立っちゃったから、もう隠さないことにしたんだ。無視してる子の事はわからないけどさ、ひとまずアデレード様も入れて明日から四人で仲良くしよ?王族と一緒にいればさ、さすがに他の子がいじわるしてきたりしなくなるよきっと。それに私が必ず守ってあげるからさっ!」
「・・・ナナセ様があたくしを守って下さるの?えぐえぐ」
ほどなくして使用人が迎えにきた。私はアデレードと手を繋ぎ、すでに仲直りしましたアピールしながら謁見の間におそるおそる入る。中に入ると大きな机にブルネリオ王様とオルネライオ様、それと知らないおじさんが座っていた。ひざまずいた最敬礼をするのはやめろと言われているので軽く頭を下げた姿勢だ。
「失礼いたします・・・」
「ナナセ、おかけください。お呼びだてして申し訳ありません」
「そんな、とんでもございません国王陛下、私が騒ぎを起こしたばかりにお時間をとらせてしまい申し訳ありません」
「では紹介しましょう、ヘンリー商会の当主であるレオゴメスです」
アデレードのお父様か。ブルネリオ王様と同じくらいの年齢だろうか?いかにも不機嫌そうな顔で、眼光が鋭い感じの人だ。きっと怒ってるんだろうな、なんか文句言われんのかな・・・
「あなたがナナセですか、レオゴメスです。うちのアデレードが大変ご迷惑をおかけしました。私からも謝罪たいしますが・・・」
言葉遣いこそ丁寧で柔らかいが、明らかに怒っている。
「私も人の親です、大切な一人娘の首に刃物を突き付けられたと聞けば、それは穏やかではいられません」
「ちっ違いますわっ!お父様っ!あたくしが・・・」
「アデレードは黙っていなさーい!!!」
── バンッ!! ── ビクぅ!! ──
大きな音をたてて机を叩き、大きな声を出した。アデレードがびくつきながら私の手を強く握りしめる。こういう手段を使う大人はあまり好きではない。ここは商談の席でもテレビドラマの中でもないのだ。相手がその態度なら私も当然態度を硬化させる。アデレード本人とすでに和解しているんだし、絶対に頭は下げないよ。
「レオゴメスさん、アデレード様と私はすでに二人で話し合いを終え、このように手を繋ぐほどに仲良くなっていますし、学園からも相応の罰を受けています。私は先日の対人戦闘の実習で意図的に大きな音をたてて石を砕き、アデレード様に対して圧倒的な力差を見せつけるための威嚇をしました。今レオゴメスさんが机を叩いて大きな声を上げたのと同じです。つまりそれは私への威嚇行為と受け取ってよろしいですか?」
「なっ、なんだとぅ!?」
「別の言い方をしましょうか、子供の喧嘩に親が首を突っ込むなと申し上げたのですが、ご理解いただけませんか?」
「親が出てきて何が悪いっ!ナナセはいったいどういう育ち方をしているんだっ!お前に言ってもしょうがないから親を呼び出せっ!国王陛下!ナナセの親と話し合いをさせてもらいたい!」
「親とは早くから離れてしまいました。呼べる親はおりません。」
「ふんっ!そんなみなしごだから乱暴で生意気なんだなっ!」
そこへオルネライオ様が割って入ってきた。裁判官に任せよう。
「わたくしから見てもナナセさんとアデレードさんはすでに仲直りをしているようにお見受けします。レオゴメスさんのお怒りもわかりますが、ここは当人同士の意思を尊重してもよろしいのでは。」
「そうはいかん!私に対する無礼な態度はとうてい許せん!」
オルネライオ様が言っても駄目かあ。じゃあしょうがないね。
「でしたら勝負で決着を付けましょうか?」
「また刃物を首に当てて脅すのかっ!野蛮人めっ!」
「いいえ、戦闘でしたら私が勝つことが目に見えています。そうですね・・・レオゴメスさんの得意とする商売のことでいいですよ、何らしかの商品を売って決着を付けますか?」
「はぁ?田舎の小娘一人がヘンリー商会を相手に商売で勝負だぁ?バカにしてるのかぁ?」
「なんですか?負けるのが怖いのですか?アデレード様は怯えながらも覚悟して勇敢に私に斬りかかってきましたよ?」
「やってやろうじゃないか、大人の怖さを思い知らせてやろう!」
「お願いします。それでは勝負する商品は“食べ物”にしましょう。場所は王都内だとヘンリー商会の関係者が大勢いて無理やり買わせたりできそうなので、学園の食堂が平等でいいですね。それと単純に売り上げを競うと商会の莫大な資産にものを言わせて高価なものを赤字覚悟で販売されると話にならないので、仕入値と販売価格をきちっと提示して純粋な利益で勝負しましょう。期間は一か月、私は私の考えた加工食材などを売ります。レオゴメスさんはご自身の商会を使って珍しいものや美味しいものを探して頂いて結構ですよ、たぶん私はこの世界にないようなものを売りますから。それとオルネライオ様にお願いがあります、私の知る限り最も平等公平中立なジャッジを下せるのはオルネライオ様だと思っています、当然この勝負の立会人をして頂けますよね?」
「ずっ、ずいぶん思慮深いな・・・面白い、その条件で受けて立とう。それで負けたら謝罪だけとは言わせないぞ?」
「レオゴメスさんが負けたら金輪際私とアデレード様の関係に一切の口を出さない。私が負けたらアデレード様が欲しがっていた光組の席をお譲りしましょうか、私は月組に移ります。それでいいですね?学長陛下、ご許可を。」
ブルネリオ王様もオルネライオ様もかなり面白がって簡単に許可してくれた。王族はこういった刺激に飢えているのだろうか?私も話しながらだんだんとテンションが上がってきてしまった。そしてアデレードがキラキラした目で私を見つめている。
「ナナセお姉さま!頑張って下さいっですのっ!」
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