3の11 ルナ君のアルバイト




 今日は週に一度の光曜日でお休みだ。明日から学園に通う私はルナ君と二人で王都のお散歩に出た。本当はもっと早く行きたかったけど、地獄の単語書き取り&反復計算問題を三日間も続けていたので出かけることができなかったのだ。


 セバスさんとロベルタさんは交代で私とティナちゃんとソラ君を完全監視しているので気を抜くこともできず、おかげさまで難しい単語をたくさん覚えることができた。眼鏡をおばあちゃんのように下にずらしてかけ、裸眼で単語を書いてから眼鏡で解答合わせをするという合理的な方法を編み出したので学習効率も良かった。塾で使っていた赤いシートみたいな感じだね。


 計算に関しては日本の方がこの世界よりはるかに進んでいるので、ティナちゃんとソラ君に教えてあげる役割を言いつけられていた。こちらは早めに合格をもらったので、最終日はソラ君から火魔法について色々と教わった。使えるかどうかわからないけど、学園の予習と思って真剣に聞いておいた。


「ねえルナ君、ブルネリオ王様から王宮内の荷運びのお仕事は紹介してもらえたの?」


「はいお姉さま、実はその件でお話があるんです。王子と王女がいたのでずっと話せませんでした」


 ティナちゃんとソラ君は合宿と称して私たちの屋敷に三日間泊まり込みで勉強していた。セバスさんたちがそのように希望したらしく、ルナ君は毎日どこかに出かけていたようなので、ほったらかし気味にしていたのは少し申し訳なく思っていた。


「ごめんねルナ君、あんまりお話もできてなかったね」


「実はぼくも王族とお友達になったんです。しかも、サッシカイオの第一婦人と一人娘です。毎日通っていたのは王宮なんですよ」


「ええぇ!サッシカイオの娘さんー?」


 オドオドしたルナ君がお友達を作ったのも驚いたが、それがサッシカイオの娘となるとどう反応していいかわからない。なんでもサッシカイオの罪のせいで護衛や使用人を取り上げられてしまい、ルナ君が護衛もかねた使用人のようなことをしているらしい。


「確かに、女性と小さな女の子の二人だと、力仕事とかできないもんね。いくら王宮に住んでいるとはいえ、何かとお手伝いしてあげるのは良い事かもしれないね」


「はい、国王陛下からも報酬を頂いているし、アリアちゃんもサッシカイオの件でお友達が離れていってしまったらしく、ペリコと一緒に遊んでいます」


 みんな同情的ではあるけど、罪人の妻と子に変わりないらしい。ブルネリオ王様も何かしてあげたくても贔屓するわけにも行かず、非常に扱いに困っていたそうで、ルナ君が使用人のようなことをしていることに感謝をしているそうだ。


「へえ。でも奥さんや子供なら私たちのこと怒ってなかったの?引き離しちゃったようなもんでしょ?」


「それがですね、なんだかとてもアリアちゃんに懐かれしまって、お兄ちゃんって呼ばれているんです・・・リアンナ様も、とても親切にして下さっています」


 ルナ君がお兄ちゃんだって、なんかやきもち。説明を聞いてもよくわからなかったが、とにかくみんなで一緒に肉の串焼きを買い食いしたらしい。私も王族と一緒にクレープの買い食いをしてセバスさんに怒られてしまったので何も言えない。


「でも、すぐに仕事が見つかってよかったね。王宮にいる男性の使用人はとても動きが洗練されていたから、他の人を見ているだけでも良い勉強になるんじゃない?」


「そうですね、ぼくも立派な紳士になれるように頑張ります」


 そんな話をしながら商業地区の武器屋さんにやってきた。工業地区の鉄工屋で修理はできず、鎌の刃を研いでもらえるか調べに来たらしい。私は眼鏡にぬぬぬと力を入れて、鎌の刃と自分の剣の刃を見比べてみた。今まで初心者用の剣だと思っていたので、眼鏡でしっかり見るのは実は初めてなのだ。


「あー、私の剣は宝石っぽいものが入ってるんだ・・・宝石って熱してたら溶けるのかな?溶ける前に消し炭になっちゃいそうだけど。完全に混ざってるみたいだし、よくわかんないね」


「なるほど、お姉さまの剣は宝石が混ざっているから魔子が絡みやすいんですね」


「ルナ君の鎌はすごく丈夫そうな密度の高い鉄だ。私の包丁とちょっと似てるかもしれない。なんだっけ、あの鉱山の村の名前」


「アブル村ですね。たぶん、お姉さまの包丁を作った村なら、ぼくの鎌の刃を打ち直せるかもしれないって鉄工屋の職人さんに言われました。ペリコに乗って行けば半日もあれば着きそうですけど、お姉さまとシンくんが一緒に行くなら往復で一泊ですね」


「六月と七月の間の連休に・・・って、その村も連休だから行って何か注文するのも気まずいかぁ。半年は学園の授業で忙しいみたいだからさ、それ終わったら一緒に行こうね」


 商業地区の武器屋さんに鎌を持ち込むと、軽く刃を研いで輝かせてくれた。しかし刃こぼれしている部分まで補修できるわけではなく、見た目がますます禍々しくギラギラと輝く死神の鎌になってしまった。その武器屋さんでもやはり「アブル村なら」と言われ、私たちは研いでもらった分の料金を払って店を出た。


「私たちの武器って、やっぱり特殊なんだね」


「そうですね、もう畑を耕すのには使わないよう大切にします。刃の切れ味が少しだけ戻ったので、刃こぼれを気にしなければ、ぼくはしばらくこのままで大丈夫です」


 次は雑貨屋さんにやってきた。


「あのあの、羊皮紙と鉛筆が欲しいのですが・・・」


「あるけど羊皮紙は高いよ?払えるのかい?」


 私はお手紙を送るのに板よりも軽いものを探していた。植物紙を作ればいいじゃない!とも思ったが材料が全く分からない上に、なぜか禁忌に触れているような気がしたのであきらめた。


 雑貨屋の人が出してきたのはハガキサイズの紙で、これは羊皮紙弊の三倍くらいの大きさだろうか。小さな文字で両面にびっちり書けば、けっこう長い手紙が書けそうだね。


「この大きさで孔金貨一枚だよ」


 ハガキ一枚一万円か。確かに安くないが、ナナセカンパニーは数千万円単位の資産がある。何の迷いもなく十枚ほど買う。


「お金持ちだねえ!ありがとよ!ちなみに羊皮紙には専用のインクで書かないと書きにくいから。たくさん買ってくれたから安くしといてやるんで持って行きな!」


「そうだったんですか、ありがとうございます。またきまーす」


 文字書き取りの木の板には鉛筆を使っていた。消すときは専用の石で削り取って水で洗うような使い方をしている。勉強するにもお手紙を書くにも苦労するね。もうこの際、羊皮紙屋さんをまるごと買収しちゃおうか?ゼル村に工場を作って新しい雇用を・・・


 ふと我に返るとルナ君が私の服を引っぱっていた。


「お姉さま、リアンナ様とアリアちゃんを紹介したいので今から王宮に行きませんか?」


「いいけど、こんな格好でふらふらと王宮に入れるかな?前に行ったときはブルネリオ王様に呼ばれて行ったわけだし・・・」


「英雄ナナセ様なら大丈夫ですよ!きっと」


「もう!ルナ君までやめてよー!」


 王城の門までつくと、ルナ君はすでに顔パスになっていた。私はルナ君の後ろをへこへこしながら着いていく。なんかいつもと逆だけど私は田舎者だし、しょうがないよね。


「お邪魔しまぁす・・・」


 王宮の中は広く、意図的に離れのようなものが多く作られているような印象だ。オルネライオ様が兄弟でも別人のように育てられるって言っていたのも何だか納得できる。


「あなたがナナセ様ですね、私がサッシカイオの第一婦人リアンナとお申します。ルナロッサ様には大変によくして頂いているんですよ」


「ナナセおねえちゃんこんにちは!あいたかったんだっ!あたしアリアニカ!アリアでいいよ!」


 リアンナ様はとても落ち着いた雰囲気の人で、どことなくアルテ様に似ている。アリアちゃんはとても元気な笑顔の可愛い子で、私とルナ君の前に駆け寄ってきた。


「ゼル村のナナセです。ルナ君から少しだけお話は聞いていますが、サッシカイオさんの件は申し訳なく思っています」


「お気になさらないで下さい。ささ、こちらへどうぞ」


 リアンナ様がすぐに紅茶を用意してくれた。私はバスケットから生キャラメルの箱を出すと、手土産として差し出す。さっそく一粒取り出して、アリアちゃんの頭を撫でながら食べさせてあげる。


「おいしいー!こんなおいしいおかしがあるんだねー!」


「私の村の仲間がいっぱい作ってくれているんですよ、リアンナ様もどうぞ召し上がって下さい」


「とても美味しくて上品な味だわ、紅茶とも合いますね」


 リアンナ様はサッシカイオとの婚姻は望んだものではなかったと言っていた。神殿に勤めていて、治癒魔法が使えるという理由だけで子供を産まされたようなものだとも言っていた。なるほど、この神殿感がアルテ様っぽく感じる理由なのかな。


「それでは、アリアちゃんは魔法を使えるんですか?」


「魔法は遺伝しやすいという説と、遺伝とは関係ないという説があるのです。魔法が使える子が生まれる可能性は少しだけ高いようですが、アリアニカは魔法が使えない子のようですね。でも私は魔法など使えない方がいいと思っています、この子を王族の跡継ぎのための道具のように扱われたくないのです」


 これはけっこう重い話だ。自分が跡継ぎの道具のように扱われていたことに不満を持っているのだろう。質問を間違えたかな。


「そうですよね・・・でもサッシカイオ様と出会わなければ、こんなに可愛いアリアちゃんとも会えなかったじゃないですか。きっとアリアちゃんはリアンナ様の子に産まれて良かったと生涯思い続けますよ、少なくとも私はそうです。ね?アリアちゃんっ」


「あたし、おかあさまだいすきだよ!」


「ありがとうアリアニカ、ナナセ様はまるで子をなした母親のようなことをおっしゃるのですね、気持ちが楽になりました」


 私の前世のお母さん、元気かなあ・・・

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