3の12 窮屈な王宮生活




「ナナセ様、今日は夕ご飯をご一緒しませんか?」


「いいんですか?ありがとうございます。でもセバスさんとロベルタさんが何か準備しているかも」


「だったらぼくが一度屋敷に戻って伝えてきます。あと王宮の料理人に、ぼくたち二人分の料理の追加もお願いしておきます」


 罪人であるサッシカイオの家族には何も罪がないとはいえ、王宮内では浮いた存在になってしまっているらしく、友人は離れていき来客は皆無だそうだ。みんな内情は知っているので同情的とはいえ表立って仲良くするわけにも行かず、リアンナ様の方からも他人との接触はできる限り控えるようにしているらしい。


 前世でも犯罪者の家族が酷い目に合っているような話をよく聞いたし、その家族も家に引きこもってしまったり引越して逃げてしまったりするのと同じ現象のようだが、王族なので逃げるわけにも行かないのだろうか。こういうのを目の当たりにしてしまうと、一概に罪人だからととっちめてしまった私の行動が本当に正しかったのか考えてしまう。


「どこかへ逃げるわけに行かないですもんね。もし私たちがもっと大人の対応でうまく説得できていれば、こんなことには・・・」


「本当にお気になさらないで下さい、早かれ遅かれあの人は過ちを犯したと思いますし、王都に戻ってからの無償奉仕の期間に逃げ出したことはナナセ様にとって無関係ですから。ただ・・・」


 リアンナ様は本当に優しい人だ。表情や口調でその優しさは伝わってくるし、神殿に勤めていたことも関係あるのだろうか?すべてを許してくれそうな雰囲気がある。それでも少し寂しそうな表情に変わり話を続ける。やっぱりアルテ様っぽい。


「私は良いのですが、アリアニカは少し可哀想ですね。まだ小さいのに王宮に閉じ込められ、周りからは微妙な気を使われるように扱われ、この先きっと父親にも会うことができず、私のような世間を知らない母親に育てられると思うと・・・」


 ブルネリオ王様が気にかけて生活の保障はしてくれているとはいえ、いかにも自由がなさそうな王宮暮らしはアリアちゃんの教育に良いか悪いかと聞かれれば『悪い』だろう。


「そうですよね。アリアちゃんくらいの歳の子は、たくさんのお友達を作って、たくさん遊んで育つのが当然ですよね」


「ええ、ですからルナロッサ様がお友達になって下さったのは、とてもありがたいことだったのです。ね?アリアニカ?」


「うん!あたしルナおにいちゃんのことだいすきだよ!ペリコもいっぱいあそんでくれるからだいすき!」


 ペリコも遊びに来ているらしく、すっかり懐いて一緒に遊んでいるそうだ。そんな話をしているとルナ君が戻ってきた。


「戻りましたお姉さま」


「おかえりルナ君、って、あれ?なんか鳥が増えてない?」


 ペリコは基本的に放し飼いだ。餌もどこかから勝手に捕ってきて口の袋の中に確保している経済的な鳥だ。さっきまでどこかに遊びに行っていたペリコに、白くて足の長い鳥が後ろに並んでついてきた。ゼル村の牧場でも鳥のお友達を勝手に増やしていたが、王都でも同じことをしているのだろうか?不思議な子だ。


「あのねあのね、あたしがこのサギにおにくとられちゃってね、そしたらね、ルナおにいちゃんとペリコがね、とってきてくれたの」


「そうなんです。王都で盗みを繰り返していた頭のいいサギだったらしいのですが、ペリコがお説教でもしたんですかね、それからしばらくしたらペリコにくっついて行動しています」


「へえー、サギなんだ。おいでおいで、焼き菓子あげるよ」


 私はバスケットから自作クッキーを取り出して半分に割ると、まずペリコにポイッと投げる。ペリコは大きなくちばしでパクリとキャッチする。次にサギに向かってポイッと投げるが、うまくキャッチできずに床に落としたのをつついて食べた。けっこう可愛いな。


「人懐っこいねえ、アリアちゃんも焼き菓子あげてみる?」


「やってみたい!やってみたい!ぽいっ!」


 かなり小さめに割るとうまく口の中に入るようで、アリアちゃんはペリコと交互に焼き菓子を投げて遊んでいる。サギはアリアちゃんに首を巻き付けなが焼き菓子を飲み込んでいて可愛い。


 私は眼鏡でサギをぐむむと凝視する。鳥の餌なんてわからないから、へんなものをあげて体おかしくしちゃったら可哀想だし健康チェックしとかないとね。でもクッキーあげたくらいで即効性の体調不良になるわけがないかな?


「体長80センチ、体重2キロ、メス、健康状態は良好っと。ねえ、こんなに仲良しならさ、名前を付けてあげていいかな?」


「えっ、また飼うんですか?お姉さま」


「ほっといてもペリコが面倒見てくれるでしょ?」


「それもそうですね」


 私の好きな名前考えタイムだ。アルテ様に怒られないように可愛い名前を付けてあげないとね。


「サギコってのはなんか特殊詐欺の受け子っぽくて良くないよね・・・サキ・・・サコ・・・サキコ・・・サキエ・・・ミサキ・・・そうだ、サギリ!サギリにしよう!こっちおいでサギリとペリコ!」


「きょわー!」「ぐわー!」


 なんかえっちなイラストとか描いてそうな名前だがきっと私の気のせいだろう。私はペリコとサギリの小さな頭を撫でながら話しかけ、アルテ様の真似した暖かい光で包んであげる。


「いい?ペリコ、ちゃんとサギリの面倒見るんだよ?人からお肉を取っちゃ駄目だし、王宮を汚したら怒られちゃうからおトイレとかも教えるんだよ?」


「えっ?今のは治癒魔法の光ではありませんか?ナナセ様は詠唱も杖も使わずに治癒魔法を使えるのですか?」


 そっか、リアンナ様は神殿にいて光魔法を使えるんだったね。


「はい、これは私の先生のアルテ様が私によく使ってくれる魔法で、治癒の効果も多少はありますが、可愛い可愛いって気持ちを込めて撫でてあげながら使う、いわば仲良し魔法です」


「驚きました・・・ナナセ様は多才と伺ってはおりましたが、ここまでとは。練習すれば私でも使えるようになるでしょうか?」


 リアンナ様の魔導士魂に火がついてしまったようだ。


「逆に、私やルナ君は詠唱を使った魔法のやり方がわからないんです。リアンナ様も光魔法が使えるのでしたら、ひたすら反復練習すればできるようになると思いますよ。最初から使えない人には“回路”っていうのが無いので難しいみたいですけど」


 リアンナ様がどこからか杖を取り出し、詠唱を始める。


「天にましますわれらが光の神よ、私、リアンナの祈りを聞き届け、その偉大なる光の力をお与え下さい。願わくばこの杖に光を灯し、この者の肉体と魂を癒す力をお与え下さい・・・」


 杖の先がぼんやりと光り、サギリの身体に吸い込まれていく。


「きょわっ!」


 長い、長いよ詠唱。いや、神様へのお祈りはとても大切なことだとは思うよ。でもサギリとお友達になるための祈りとは無関係だったじゃないの。まあ、そんなことは言えないけどね・・・


「リアンナ様の魔法はけっこう射程距離が長いんですね。私は杖ではなく、この剣を使って魔法を使うことが多いのですが、せいぜい腕の届く距離くらいまでなんです。えいっ!」


 剣の先から出た光が、1メートルくらい先で消滅してしまう。


「同じ光魔法なのに、なにか全く違う魔法を使っているようですね。私の魔法は神父様から教わったものですから、他のやり方はわかりません。手から光を出すのはどうすればいいのでしょう・・・」


「アリアちゃんに手を添えて、好き好きってひたすら念じてみてはどうですか?本気で心を込めるのがコツです。私は『念じろ』としか教わってないので、他のやり方はわかりません・・・」


 ほどなくして使用人らしき人が台車で料理を運んできたので、リアンナ様との魔法ごっこは終了し、夕食の時間になった。


「私たち親子は、お食事とお散歩くらいしか楽しみがなかったのです。でもルナロッサ様が来て下さってから、アリアニカも明るくなってくれて、本当に感謝しています」


「そんな、リアンナ様、ぼくもアリアちゃんと遊ぶのが楽しみで来ているんです。それに使用人の人のお手伝いは、お姉さまが学園で勉強している間にやるって最初から決めていましたし」


 食事の味は相変わらず薄くてイマイチだが、食材の下ごしらえは非常に丁寧にやってあるし、パンも柔らかい。なんかこう、私にはお上品すぎるし物足りない。ああ、ゼル村の食堂行きたい・・・


「ねえリアンナ様、食事と散歩しか楽しみがなかったり、ルナ君と鳥しかお友達がいないっていうのは、とても寂しいことに感じるのですけど、ずっとここに住まなければならない王族独特のルールとかあるんですか?」


「いいえ、サッシカイオが逃亡した時に、国王陛下がここに居づらければよその街に移住しても良いとはおっしゃって下さいました。しかし私は王都で生まれ王都で育ち、若くして王族に嫁いでしまったので他の街を知りません。そのような知らない街でアリアニカを育てて行ける自信がなくて・・・」


 その通りだとは思うが、それ以上に、ここに引きこもって肩身狭く過ごすのは精神衛生上よくないのではないだろうか。


「ルナ君もペリコも、私の学園生活が終わればゼル村に帰ってしまいますし、そしたらまた寂しい二人だけの生活になってしまいませんか?もしリアンナ様が良ければ、ゼル村に移住しませんか?王都のように色々なお店があって便利なわけではありませんが、ゼル村だってどんどん開発が進んでいて、とても過ごしやすい村になってきたんですよ。それに食べ物も美味しいし、村人はみんな穏やかで優しいです。あと村長のチェルバリオ様がブルネリオ王様と同じように、とても村人のことを考えてくれてます。この王宮で隠れるように過ごすより良いと思いますよ!」


「・・・。」


「それと、孤児院の経営にも力を入れていて、アリアちゃんくらいの小さな子供がいっぱいいるんです。みんなアルテ様に文字や礼儀作法を教わっていて、とてもいい子ばかりなんですよ!」


「・・・ナナセ様は私たちをここから連れ出してくれるの?」


「ええ。ちょっと考えてみて下さい。私も国王陛下にお会いすることがあったら、相談してみますね!」


 ゼル村のことを思い出し熱弁してしまったが、王族を連れ出すような大それたことして、本当に良いのだろうか?

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