3の5 ルナロッサの王都探検(前編)




「ルナ君はどっか行きたいところある?」


「ぼくは武器の修理ができるお店を探したいです」


 ナナセお姉さまは学園を見に行くと言ってスタスタと立ち去ってしまった。少し心配だけど、今さら一緒に行きたいと言うのも照れくさいので、南東の工業地区へと足を向けた。


(うわぁ、王都って建物も高いし歩いてる人もみんな綺麗な服を着ているなあ。それに馬車もたくさん走ってる)


 キョロキョロと見まわしながら工業地区らしき場所まで到着すると、煙突から煙が出ている工場や、大きな倉庫がある木材屋さんが並んでいる。どこもナプレの港町とは規模が違い大きく立派な建物だった。でも、きっと鉄を焼いているんだろうということはわかっても、何屋さんだかよくわからない工場が多い。ぼくは警備中っぽい護衛兵の人に声をかけた。


「あのう、すみません。この辺で武器の修理をしてもらえるお店はありませんか?ぼく王都には今日初めて来たのでまったくわからないんです」


「その大きな鎌かい?よくそんな重そうなもの持てるな・・・確かに刃がボロボロになってるし、そうだなあ、作り直すなら武器や農具の鉄工屋がいいと思うけど、ひとまず刃を研ぐだけなら商業地区の武器防具屋に相談した方がいいかもな。鉄工屋までなら近くだから案内してやるよ」


「そうなんですね、ありがとうございます」


 王都の道は入り組んでいて、とても覚えにくい。みんな迷わないのですか?と聞いてみると、看板に番地が書いてあるのでそれを参考にすると覚えやすいと教えてもらった。


「地図とか売ってないんですか?」


「商業地区に書物を扱う高級雑貨屋があるんだけどな、紙が高いから俺たちのような下っ端衛兵にはとても買う事はできねえんだ。見るだけだったら東西南北の門に木製の地図看板があるからよ、ひとまずそれを見るといいんじゃないか?」


「なるほど、あとで商業地区に行く前に西の門に立ち寄ってみますね、色々ありがとうございます」


 親切な護衛の人で良かった。他にも刃を付け替えた場合の金額や、研いでもらった場合の金額の目安なんかを教えてもらった。うん、お金は十分足りそうなので大丈夫だ。


「おし、ここが武器を扱う鉄工屋だ、子供が一人でウロウロしてると危ないからな、日が落ちる前には宿に戻るんだぞ」


「親切にありがとうございました!」


 ぼくは案内してくれた護衛の人に、お姉さまがよくやっている“おじぎ”をすると、鉄工屋に入る。中にはレンガ造りのような窯がいくつかあり、大きな音をたてて鉄を打っている職人さんがたくさんいた。入口で何かを木の板に書き込んでいる怖そうなおじさんに声をかける。


「あのう、武器の刃を付け替えてもらうことってできますか?」


「なんだぼうず、子供一人か?ちょっと待ってろよ」


 怖そうなおじさんは何かを書き込みながらアゴで長イスのを方を指し示す。ぼくは言いつけを守っておとなしく座って待つ。


「わりいな、待たせちまった。その立派な鎌の刃を付け替えるのか?ちょっと見せてくれよ。うわっ!重っ!」


「はい。農作業に使っていたら刃がどんどん傷だらけになってしまって、土を耕すだけならこのままでもいいですけど、狩りに行ったときに使い物にならなそうで・・・」


 怖そうなおじさんは鎌を台の上に置くと、真剣な目で刃のあたりを触ったり、木づちで柄の部分をコンコンと叩きながら音を聞いたりしている。なるほど、職人になると音を聞いただけでも鉄の状態がわかるんだね。


「なあぼうず、こんな重たい鎌をどうやって持ってどうやって振ってるんだ?俺も腕っぷしには自信があるが、こりゃ柄の部分までがっちり鉄を使ってあるし、振り回すどころか持ち運ぶだけで精いっぱいだぜ?」


「あ、はい、実はちょっと魔法を使って軽くしているんです。魔法がないとぼくも持つだけで精いっぱいですよ。それと振り回して農作業をする場合は、土に当たる瞬間に魔法を緩めるんです、そうすると鎌の重さでしっかりと耕せるんです」


 重力魔法の話をしてもあまり理解してもらえないのはナプレの港町で無償奉仕していた時に経験している。単純に「魔法です」と言った方が人族は理解してくれるんだ。


「ほえー、魔法で鉄を軽くできるのかー、そりゃすげえや。それでな、俺んとこじゃこの刃に変わるような鉄は用意できねえよ。この刃に使ってる鉄は普通じゃ考えられねえくらい密度が高えんだ。きっとここにあるようなちいせえ窯じゃ溶かすこともできねえし、俺たちの道具の方がいかれちまうよ。ぼうず、この鉄はどこで手に入れたんだ?」


 主さまにもらった武器だけど、前の使用者は悪魔族だとか言っていたので普通じゃ手に入らない素材なんだろう。


「ぼくの父は・・・えっと・・・元貴族!そうです貴族の末裔でして、屋敷にあった古い品を与えられて使っているのです。とても古い時代のものなので変わった鉄なのかもしれませんね!」


 吸血鬼の主さまが悪魔を倒して武器を取り上げたとは言えない。お姉さまは学生生活を平和に過ごすために、あまり目立つことはしないようにとぼくに言いつけている。ごまかせたかな?


「なるほどなあ、なんかぼうずは色々とすげえなあ。俺んとこじゃ手に負えねえけど、アブル村ってえ、いい鉱石が採れる村があるんだ。そこならこの鉄を知ってる職人がいるかもしれねえな。加工の腕のいい職人も揃ってるんだ」


「へえ、そのアブル村はここから近いんですか?」


「馬車で一週間ってところだな」


「そうですか、わかりました。明日にでも行ってみます!」


「そんな簡単に行けねえぞ、馬車は毎日出てるわけじゃねえし」


「そっそうですよね、計画を立てて行ってみたいと思います・・・」


 ペリコに乗って飛んでいけば半日もせずに着くだろうけど、ぼくは目立つことはしてはいけないと言いつけられているんだ。


「それじゃ、商業地区で刃を研いでもらえるか行ってみます、色々教えてくれてありがとうございましたっ」


「おう!もしその鎌が直ったら見せにきてくれよ!俺も職人だ、その鉄には興味があるんだ」


 ぼくは丁寧に“おじぎ”をすると、ひとまず西の門へ向かった。門は高いので、背の低いぼくからでも見えるので迷わない。



「あのう、門には地図の看板があるって聞いたんですけど、見せてもらってもいいですか?」


「あれっ?ルナロッサ様お戻りでしたかっ!ナナセ様はご一緒ではないのですか?」


「はい、ナナセお姉さまは学園の見学に向かったので別行動です。国王に住居の手配をしてもらっているので、夕方の鐘でこの門で待ち合わせています」


 イオタさんとミウラさんがいた。知ってる人がいると心強いな。


「ではこちらへどうぞ!王都の地図は事務室にあります!」


 ぼくは王都の地図を見てもあまりよくわからなかった。そこには番地と思われる数字や、地区ごとになんとなく色分けがしてあるだけで、細かくお店の種類が書き込んであるわけでもない。


「ありがとうございました、でもこれじゃ刃を研いでもらえそうなお店がわかりませんね・・・」


「そういう事でしたら俺が案内します!」


 ミウラさんが案内を買って出てくれたので、お言葉に甘えることにする。ついでに商業地区の有名なお店なんかも教えてもらう。


「このあたりは外壁近くなので、高価な店はあまりないです。木製の雑貨や農工具のお店、それと安い居酒屋や食材屋なんかが多いですね。王城の近くには高級な料理店などが多いです」


「ぼくの武器の刃は特殊な鉄らしくて、そういうの研いでくれそうな武器屋さんはありますか?武器の鉄工屋のおじさんに刃の修理は無理だって言われてしまったんです」


「確かにルナロッサ様の鎌はとても立派ですよね、少し見せてもらってもいいですか?・・・ぐあっ!重っ!」


 ミウラさんは武器を持つのがやっとで、刃を見るどころではなかった。しかたないので近づいて重力魔法をかけてあげる。


「おおっ!軽くなった、これが闇魔法なんですか・・・すばらしい能力ですね、羨ましいです」


「ナナセお姉さまも闇魔法を練習していて、ずいぶん重いものまで操作できるようになったんですよ。ぼくもまだまだ未熟で、ベールチアとの戦闘では大きな怪我をしてしまったんです・・・」


 あの時の闇に飲まれたベールチアは異様な強さだった。今思い出しても怖かった記憶がよみがえるし、すごく悔しい。ぼくは歯を食いしばり、その記憶を振り払おうとする。


「ベールチア様の強さは王都でも一・二を争うほどでした、ルナロッサ様がそのように悔しがられる気持ちはわかりますが、俺だったら確実に死んでいましたよ・・・」


「はい・・・ぼくはそのまま気を失ってしまって。でも、このペリコがベールチアを吹き飛ばしてくれたらしいんですよ!」


 自分がやられてしまったことは悔しいが、ペリコとシンくんとお姉さまがベールチアを撃退してくれたことを思い出して誇らしい気持ちになってきた。ぼくには強い味方がたくさんいるんだ。


「書状でちらりと読みましたが、ナナセ様は本当にベールチア様を撃退したんですね。それにその・・・鳥が?人を吹き飛ばす?見た目は可愛いのにすごい鳥なんですね」


「はいっ!とても特別な力を持っている、とても頼りになるペリカンなんですよ!ぼくの大切な仲間ですっ!」


 ペリコを褒められるとこんなに嬉しいんだ。ぼくもすかさずペリコを褒めた。すると首を腕にぐにゃりと絡めてきたり、肩に乗って頭をはぐはぐしてきたり、嬉しそうにぐわぐわしている。くすぐったいってばっ!


 ペリコとじゃれ合いながら歩いていると、何かの肉を焼くお店の前で泣きわめいている子供に遭遇した。

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