3の4 国王陛下との謁見




 私は校長室に呼び出されているような心境だ。いや、前世ではとてもいい子を演じていたので校長先生に呼び出されたことなどないのでわからないが、たぶんこんな感じだろう。ふとルナ君を見ると、いつしかオルネライオ様にやっていたように片膝をついて胸に手を当て、頭を下げたポーズをしていた。私も慌ててそのポーズをとり、王様にご挨拶をする。


「国王陛下、ゼル村のナナセと申します。お初にお目にかかります。この度はお忙しい中、私のような田舎の村娘のために貴重なお時間を割いて頂き、大変感謝しております」


「ルナロッサと申します。我が主であるピストゥレッロをお引き立て頂き、深い感謝の念に堪えません」


 王様はとても優しそうな人だ。オルネライオ様がそのまま歳をとり、白髪が混ざった感じだろうか。私は適当な丁寧っぽい言葉で挨拶をする。翻訳チョーカーの性能任せだが、たぶんこんな感じで合ってるよね。


「はっはっは、お二人とも頭と腰を上げてそちらの席へお座り下さい、そのような丁寧な挨拶を頂いたのは数年ぶりですよ。この国では王族も平民もみな平等です、貴族のような接し方は不要ですよ。しかし、お二人は本当によくできた子供なのですね、関心しました」


「申し訳ありません・・・田舎育ちなもので、どのような作法でご挨拶すればいいのかわかりませんでした。無礼な行動や発言をするかもしれませんが、どうかお許し下さい」


 男性使用人がテーブルの椅子を引いてくれる。失礼しますと言いながら椅子に座り、姿勢を正す。


「いつもと同じように楽になさってください、自己紹介が遅れました、私が現国王のブルネリオと申します。お二人のことはオルネライオやアンドレッティからよく聞いております。領主教育を受けて下さる決意をして頂き喜ばしく思っているのです。最近は平和なゆえ優秀な城の役人がなかなか育たないのですよ、ナナセには期待しております。それと私は不肖の息子サッシカイオの行動につて二人に謝罪しなければなりませんね、ご迷惑をおかけしました」


 違う。私は剣や農業を教わりに来たのだ。たとえ王様であっても神様であっても、はっきりと言っておかなければならない。


「そのような評価を頂き恐縮いたします、ありがとうございます。しかし私は一緒に旅する仲間の命を守れるだけの剣術や、一緒に事業をする仲間の生活を守れるだけの農業や製造の教育を受けたいと思い学園に通う決意をしました。それに私のような小娘に領主のお手伝いなど、とても務まるとは思えません。もちろん国王陛下やオルネライオ様の期待にお応えできるよう努力はしますが、少し長い目で見て頂けると・・・あとサッシカイオ様の件は私も謝罪しなければならないと思っていました。ナプレの港町の時点で、もう少し平和的な解決方法があったのではないかと日々反省しております。アルテ様・・・えっと私の魔法の師匠であるアルテミスへの失礼な求婚は許せませんが、私が怒りに任せた行動をとらなければこのようなことになっていなかったかもしれません。ごめんなさい。」


 私はごめんなさいしながらペコリと頭を下げる。きっとこの作法は日本流だろうけど、他にやり方を知らないのでしょうがない。


「サッシカイオに関しては早かれ遅かれナプレの港町で問題を起こしたことでしょう。そのお相手がたまたまナナセだったと思って下さい。それとオルネライオからの書状で知りましたが、ナナセはベールチアを撃退したそうですね?」


 周りにいた数名の護衛兵から『おおっ!ざわ・・・ざわ・・・』と声が上がる。そっか、ベールチアさんは王国の中でもかなり優秀な護衛だったらしいし、他の護衛には興味のある話なのだろう。


「撃退したのは私の仲間のペリカンなんですが・・・ベールチアさんは闇魔法を駆使して戦う魔法剣士でした。私は少しばかりの光魔法が使えるので、剣を打ち合うことだけはできましたが、あと一太刀で殺されるところまで行きました。私には光魔法を扱える仲間が多いので、ベールチアさんと撃退できたのはたまたま相性が良かっただけだと思います。もし彼女が闇をまとわずに剣術だけで向かってきたら全滅していたかもしれません」


 これは事実だ。でもここにいる人たちは光子と重力子の概念があまり理解できていないのだろう、頭の上に???を出したような顔で私の話を聞いている。


「それでもベールチアはアンドレッティにも劣らないほどの剣の腕を持つ人物です、そのベールチアを撃退したということは、ナナセとナナセの仲間は王城内で最も戦闘に長けているということになりますよ。それに剣も魔法も操り、産業まで手掛ける子供などこの王国のどこを探してもナナセ以外におりません。私どもが期待するのは仕方のないことです」


「私、アンドレさんがどれほどの剣士がよく知らないのです。ゼル村で剣の師匠になってくれましたが、くわの振り方と筋力トレーニングしか教えてくれませんでしたから・・・」


 これも事実だ。私の剣術は自己流にもほどがある。ビリビリ出して逃げ回っているだけだし、大イノシシやヘラジカは動きの止まっているところにとどめをさしただけだ。


「アンドレッティはやはりそうでしたか・・・実は彼が田舎の村の護衛となったのは、今から三年ほど前に起こった事件で前国王や仲間を守れなかったことと関係があるのです。今は少し前を向いて歩き始めたようですが・・・」


 大変に興味のある話だが、ブルネリオ様はとても悲しそうな顔をしているし、官僚っぽい人や護衛や侍女までも目を伏せているので、それ以上聞けない雰囲気だ。時期が来たらアンドレおじさんに直接聞こう。


「そうなんですね・・・いつか本人が話せるようになったら聞いてみたいと思います」


「アンドレッティに関してはそうしてあげてください。前国王が早く亡くなってしまったので、本来国王になる予定ではなかった私が今の立場にいるのです。もし前国王が健在でしたら、今から、そうですね・・・十年後くらいでしょうか?オルネライオが国王になるはずでした。私よりもオルネライオの方が良き王になったかもしれませんね」


 返事に困るな・・・黙っていよう。


「オルネライオは若い頃から実質皇太子のような教育を受け、本人も努力し、様々な才能に恵まれ、王都民や王国の役人からの支持も厚かったのです。次男のサッシカイオは何かと比べられて育ち、才能もなく、努力を放棄し、ただひたすらに人を恨み羨み、あのような人物になってしまったのです。これは我々大人の落ち度でした。」


「その話を聞くと、サッシカイオ様に同情してしまいますね・・・」


「ええ、それは私たちも同じでした。それでせめて地位だけでもと思い、貿易の要所であるナプレの港町を任せたのです」


「それで意地になって多額の税を徴収して自分の評価を上げようとしてたわけですね。手段は良くないと思いますが、理解できないこともないです」


「そうですね、しかしそれと引き換えに町民の士気をそぎ落としていることに私たちは気づけませんでした。それに気づいて行動したのは、王族ではなくナナセだったのですよ」


「私は怒って無礼な言葉を浴びせただけで、褒められるようなことはなにもしていないです。不満を持つ港町の町民をまとめ上げたのは罪人三人衆の演説ですし、働きやすくしたのはルナロッサですし、その後の秩序を良くしたのはピステロ様ですし・・・」


「ええ、聞いております。良きリーダーは適材適所に人を動かすものです。これは王政も軍隊も町民の管理も同じです。サッシカイオにはできず、ナナセにはできたのです。もっと誇って下さい」


「ありがとうございます・・・」


 ゼル村の開発に関してなら少しは自慢できるけど、ナプレの港町の件を誇れと言われても王様相手にエッヘンのポーズはできない。遠慮がちにお礼しか言えないのだ。


「サッシカイオの話はこのくらいにしましょう。それではナナセ、学園への入学は当然許可しますし、学びたいことも自由に選択してください。時間が必要とあれば何年でも通って頂いて結構です。オルネライオからは王都での住居や生活雑貨についても面倒みるよう書状にありました。どうでしょう、サッシカイオが使っていた王宮の部屋を使っては?」


「おおお城に住むなんてむむ無理ですっ!」


 そりゃ私だって女の子だし?お城に住むとか憧れてたかもしれないよ?でも夢と現実は違うのだ。白馬の王子様の後部座席は大変に居心地が悪かったのだ。


「遠慮なさらなくてもいいのですよ?ナナセは港町の英雄ですから、それ相応の扱いをさせてもらいますよ」


「その件なんですが、王様にご相談がありまして。私、学生生活が窮屈になるのは少し困っちゃうのです・・・あくまでも田舎の村娘が背伸びして学園にやってきたって設定で・・・」


 護衛や役人などの、ナプレの港町の英雄という風に話が伝わっている人たちへかん口令をお願いした。もちろんベールチアさんを撃退したなんてことも、ここだけの話にしてもらう。


「住居なのですが、私とルナロッサだけでなく狼とペリカンも一緒に住むので、できるだけ王都の外側がいいのです。それと、ルナロッサがお手伝いできるようなお仕事を紹介して頂きたいです。重力・・・闇魔法を使って重いものを持てるので、荷運びのお仕事があればと思います。それと私とルナロッサ二人ともなのですが、きちっとした礼儀作法を教わりたいと思います。そのような教育をして下さる方はいらっしゃいますか?」


「そうですか、かん口令と住居に関してはわかりました、そのように手配しましょう。ルナロッサは王宮内にいくらでも荷運びの仕事がありますので、後ほどルナロッサのもとへ文官を向かわせます。あとは礼儀作法とおっしゃっても、お二人はすでに城いるどんな大人よりもきちんとした作法を身につけておられますよ」


「でしたら、先ほど応接室のような部屋へ紅茶を持ってきて下さった男性使用人のような洗練された動きを教わりたいです」


「なるほどなるほど・・・そうですね、では王宮の使用人長である執事と優秀な侍女をナナセの住居に付けましょう。私を含めた歴代王子たちの教育を担当していたので、信頼できる非常に優秀な人物ですよ。困ったことがあれば何でも相談すると良いですし、洗練された身のこなしとやらも教えてくれるでしょう」


「ありがとうございます!王都での新生活は正直なところ心細かったので、執事さんや侍女さんに相談できるのは非常に助かります。なんだか学生生活も頑張れる気がしてきましたっ!」


 身近に王都のことを聞ける人がいるのは助かるね。でも使用人長とか侍女とか重要そうな人を私の住居に送り込んで、王宮の業務は大丈夫なのだろうか?本人に会ってから聞いてみよう。


「夕刻の鐘までには住居を用意いたします、鐘が鳴ったら西の門にいる護衛に声をかけて下さい。それまでは王都を自由に散策してみてはいかがですか?」


 イオタの言うとおり、とても優しい王様だった。何度もお礼を言いながら城を出ると、私たちはさっそく王都探検に向かった。

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