3の3 王都ヴァチカーナ(後編)
王都での私は第二王子を追い込んだ有名人のようで、港町の英雄なんて言われ方をしてしまっているようだ。そんな人物が平穏な学生生活を送れるとは思えない。ここはビシッと口止めをしなければならないので、手始めにこの護衛兵からだ。
先ほどまでの子供っぽい態度はすでに消え、私はアルテ様の真似っこスタイルでピンと姿勢をただし、優しい笑顔でゆっくりとした丁寧な口調で話しかけることにする。ついでに背負っている剣に目一杯の光子を集め、まるで後光が差しているかのような演出をする。これはルナ君の暗黒演出の逆バージョンだ。
「私はこの王都で過ごしにくくなるのは嫌なのです。どうか第二王子の一件については公言しないようお願いしますね、平穏な学生生活を送るのに、英雄などという称号は邪魔になるのです、おわかりいただけますよね?」
そこまで話すと今度は眼鏡にありったけの光子を集めてみるが、これは失敗だった。眩しすぎて私は目を閉じて話を続けることになってしまった。
「わわわわ、ひかっ!」
「私は農業や畜産を学びにやってきた、ただの村娘です。もし私を見てあなたと同じことを言う方がいるようでしたら、あなたが黙らせて下さいますね?あなた、お名前は何というのかしら?」
「わかりましいたっ!自分はいいいイオタと申しますっ!」
なにやらルナ君がこの状況を面白がって、全身にうっすらと闇をまとわせ、反重力のようなオーラを出して服をなびかせ髪を逆立てている。悪ノリにもほどがあるが、ナイスなフォローでもある。このままほおっておこう。
「イオタ、其方はたった今ナナセお姉さまと契約が成立したことを理解しておろうな?我の種族は己の家族より契約を重んじることを忘れるでないぞ。このようになりたくなければの・・・」
── ヒュンッ・・・べちゃっ ──
ルナ君は机の上に置いてあった何かの果実を一度天井まで浮かせると、それをそのまま高速で地面にたたきつけた。
「ひひひいいいいっ!!!わかりました!わかりましたっ!」
なんか可哀想になってきたので、私は矛先をちょっと変える。
「ルナロッサ?食べ物を粗末にしてはいけませんとあれほど申し上げましたよね?その潰れている人の頭のような果実は二度と元には戻らないのですよ?お仕置きをしなければなりませんね、そこに直りなさい」
「はい、お姉さま」
私は背中の剣を抜き、静電気魔法をかるーくビッと放つ。ルナ君は大げさに「ぐあっ!」と叫び、まとった闇魔法と反重力オーラを解除し、床に平伏してビクンビクンしている。ルナ君ってば、こんな演技力あったんだ?
「ひひひいいいいっ!!!ごめんなさいごめんなさい!じじじ自分が余計なことを言ったからららルナロッサ様を怒らせてしまってこのような果実がひひひ人の頭がつぶつぶ潰れたように・・・ふあぁっ・・・」
ここでイオタは気を失った。やりすぎたけど直接殴ったりしたわけでもないし、平穏な学園生活のための犠牲だからしょうがない。それに、ルナ君がこんなノリノリで私のお芝居に付き合ってくれるとは思ってもいなかったので、ちょっと楽しかったのも事実だ。
ルナ君はイオタを重力魔法でソファーに寝かせ、床の掃除を始めた。私は治癒魔法をかけてイオタを暖かい光で包み込む。
「あれっ?俺気を失って・・・ああっなんて暖かい光なんだ・・・」
「目が覚めましたね、私、少々やりすぎてしまいました。ごめんなさい。でもお約束は守って下さいねっ!」
私は子供っぽい態度に戻ってペコリと頭を下げる。
「お二人の凄さがよくわかりました。自分はあんな恐怖を感じたこともないですし、こんな暖かい光で癒されたこともないです。約束は守りますし、少なくとも自分の知ってる衛兵全員にサッシカイオ第二王子の一件は黙っているように強く申し伝えます。自分よりも立場が上の連中には言えませんので、そこは国王にかん口令でも申し出てはどうでしょうか?」
「えー王様にそんなお願いできないですよぉ」
「会ってみればわかると思います、とてもお優しい国王なので、話くらいは聞いて下さると思いますよ」
「そうなんですね、じゃあちょっと相談くらいはしてみます。っていうか、私これから王様に会わなきゃいけないんですかっ!?」
「ええ、先ほどの書状にはそのような内容が書かれていましたよ、入学の手配や住居の準備などはオルネライオ様が不在であるため国王に一任するようでした」
いつかはご挨拶に伺わなければならないと思ってはいたが、王都に到着してすぐ王様に謁見っていうのは、さすがに心の準備が整っていない。イオタは「お優しい方です」とは言うけれど、むしろその方が絶対に失礼がないようにしなければならないので困る。サッシカイオみたいな失礼なやつの方が私には楽なのだ。
緊張して待ってると、そこへ王宮へ向かった護衛が戻ってきた。
「ナナセ様、ルナロッサ様、大変お待たせいたしましたっ。王城への馬車が準備できましたのでどうぞこちらへっ!」
私は用意してもらった馬車に乗り、王都の景色を眺めている。せっかくなので一緒に乗っている護衛に観光案内のようなことをしてもらおうかしら。
「あのあの護衛さん、お名前を伺ってもいいですか?」
「はっ!自分はミウラと申します、ナナセ様のお噂はかねてから聞いております!」
「あはは、その噂については聞かなかったことにしてもらいたいんですよね、私これから学生生活をするのに第二王子を追い込んだ怖い人って思われてしまうと、とても過ごしにくいと思うんです。さっきイオタさんとも約束したんですよ」
「そうでありますか!わかりました。しかし多くの衛兵や役人に同じことを求めるのは難しいかと思いますが!」
「そうなんですよね、でも王様にお願いしてみれば話くらいは聞いてもらえるかもしれないそうなので、あとで相談してみますよ」
王都は広い。道も広いが、意図的にジグザグな作りになっていたり、用水路があったりで直線的に王城へは向かえない。道すがらミウラさんが色々と教えてくれる。
「王都はざっくりと東西南北の道路で分かれていると思ってもらえば覚えやすいと思います。城が中央にあり、北東が王族や城の役人、富豪などの居住地区、南東が学園や図書館、神殿と病院、公園などの公共施設が多めにあり、旅人向けの飲食店や宿泊施設なんかもこの地区になります。西側は港側になるので、商業と工業です。川下になる北西が工業地区で、北東に商業施設がまとまっています。中央の王城に近づくにつれて高価なものを売る店が多くなっていて、東側のエリアは西側に比べると治安が良いですね」
「なるほど、四分割で考えればいいのはわかりやすいですね、私たちは西の門から入ってきたということですか?」
「そうです、港側なので西の門が最も人の出入りが多く、我々護衛兵の配備も多めになっていますね」
今は平和なので王城に攻め込まれるようなことは全くないらしいが、城壁や門の近くに住んでいる人たちは真っ先に殺されてしまうので、自然と要人が中央寄りに住むことになったそうだ。道路がジグザグなのも攻めにくく守りやすいからだそうで、そのへんはどこの世界の城下街も同じような感じなんだろうね。
「そろそろ到着であります!」
ミウラさんの観光案内が終わり、護衛兵の口調に戻った。お堀のような池のようなところを渡ると、そこから先はお城の敷地内のようだ。そのまま中まで馬車で進み、いかにも立派な入口の前で降ろしてもらった。
「それでは自分の案内はここまででございます!あとは城内の護衛兵に従って下さい!」
「ミウラさんありがとうございました。イオタさんにもよろしくお伝え下さいっ!」
私はミウラさんがやっていた啓礼のようなポーズを真似して挨拶し、別の護衛の人に王城内へ案内され、ひとまずこちらでお待ちくださいと応接室のような部屋に通された。
「お城はすごい広くて綺麗だねえー、ガラス窓やじゅうたんなんてこの世界に来てから初めてだよぉ」
「お姉さま、主さまのお屋敷にもじゅうたん敷いてありましたよ」
「そうだっけー?あの時は緊張しててよく覚えてないや・・・そういえば床に抑えつけられていた時あんまり痛くなかったかな?」
この応接室にも、とても歴史のありそうな彫刻や絵画が飾ってある。ガラス窓からの外の景色を見ると、お城の周りはよく手入れされた庭園になっており、ところどころに花壇があってとても綺麗だ。
ほどなくすると男性使用人がノックして入ってきて、私たちに紅茶を出してくれた。服装や髪型には清潔感があり、姿勢もよく動きも洗練されている。よく訓練されたホテルマンのようだ。
「ナナセ様、ルナロッサ様、大変お待たせして申し訳ございません。ただいま国王陛下は準備中でございますゆえ、粗茶ではございますがお口に合えばと・・・」
やばい、上流階級すぎて私は何と返事すればいいのかわからない。ルナ君はピステロ様の教育がされているのだろうか?とてもスマートに紅茶のカップをくるりと回して飲んでいる。私もそれを真似して一口飲むと、とても良い香りが鼻を抜ける。
「けけ結構なお手前でっ・・・」
男性使用人はニコリとほほ笑むと一礼し、扉の前で再び一礼してから立ち去った。こりゃ王城内でも通用するくらいの最低限の礼儀作法をルナ君から教わらないとまずいかもね。
「お待たせいたしました!ご案内いたします!」
先ほどこの応接室まで送ってくれた護衛の人が迎えに来てくれたので、私とルナ君はソファーから立ち上がり部屋を出る。大きな階段を登り、おそらく三階か四階くらいの位置だろうか?立派な扉を開けてその中へ入るように促される。やばい緊張する。
「失礼いたします・・・」
ここが謁見の間なのだろう、数名の衛兵と侍女が整列し、その奥にテーブルがあり、ブルネリオ王様と思われる優しそうな人がにこやかに座っていた。
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