3の6 ルナロッサの王都探検(後編)




「うわわあああん。とりさんにおにくとられたあああー!」


「もう、しょうがないでしょ!今日は我慢しないさいっ!」


 母娘だと思う。串に刺して何かの肉を焼いているお店の前で、四~五歳くらいだろうか?小さな娘が大泣きしている。鳥に盗られたと言っているので辺りの空をぐるりと見まわすと、屋根の上に白い鳥が串焼きを咥えて誇らしげにとまっていた。


「あれはサギっすね、頭のいいやつは海辺より王都内の方が餌がたくさんあるって知ってるんですよ。子供は可哀想に・・・」


「そうなんですね、ちょっと取り返してきます」


「えっ?」


 ミウラさんが頭のいいサギだと教えてくれたが、ぼくのペリコはもっと頭がいいんだ。小さな娘を泣かすような鳥には遠慮はいらない。ぼくは全身に重力魔法をかけ、ペリコの背中に飛び乗る。ペリコはぼくが首輪をしっかり握っていることを確認すると、屋根の上の泥棒サギに向かって大きな翼をはばたいて飛び立つ。


「こらー!子供のお肉を返しなさーい!」「ぐわー!」


── ギョワー!!!! ──


 いきなり飛んで迫ってきたぼくたちに驚いて、泥棒サギが慌てて飛び立つが串焼きは咥えたままだ。しばらくペリコと空中を飛び回りぐるぐると追いかけっこしていたが、ついにペリコの大きなくちばしがサギの首を捕える。サギが落とした串焼きを、ぼくは重力魔法で慌ててその場に浮かせて無事にキャッチする。


「すっごーい!おかあさま!すごいよ!」


「ちょっ、その鳥って乗って飛べるんすかっ!」


 地上にバサリと飛び降りたぼくたちは母娘とミウラさんに驚きをもって迎えられる。泥棒サギはペリコに、はぐっとされたまま頭を垂れている。鳥同士の謎のコミュニケーションはほおっておこう。


「はいっ、取り返してきたよ。でも、サギが咥えたお肉なんて汚くて食べられないかな?」


「きたないのかなぁ?」


「ありがとうございます!ありがとうございます!ほらっ!アリアニカもお礼を言ってっ!」


「おにいちゃんっありがとうっ!」


 大泣きしていた小さな娘はアリアニカというらしい。すっかり笑顔が戻って嬉しそうにしている。お兄ちゃんと呼ばれてぼくはなんだかムズムズしてしまい、焼き立ての新しい串焼きを買ってあげることにした。


「ぼっ、ぼくが新しいお肉を買ってあげるからね。こっちのサギが咥えたやつはうちのペリコに食べさせるからさ」


「そんな、取り戻して頂いた上に新しいものまで買って頂くわけには行きませんよ」


「大丈夫です、ぼくとペリコも少しお腹が減ってきたところだったので、一緒に食べましょう。みんなで食べた方が美味しいですよ!」


 ぼくはお母さまに止められるより早く新しい串焼きを四本買うと、まずアリアニカに一本渡し、お母さまとミウラさんにも一本づつ渡してから目の前の道に無造作に並べてあるテーブルに座って食べ始める。焼き立てなのでそれなりの味だが、なんとも味が薄くて物足りない。ペリコは泥棒サギと半分こして串焼きをつつきながら食べている。罪人、いや罪鳥にも慈悲を与える優しい子だ。


「はいアリアニカちゃん、温かいうちに食べてね」


「わーい!おにいちゃんありがとう!アリアでいいよ!とってもうれしい!」


「ルナロッサ様、俺も遠慮なく頂きます。それにしても鳥に乗って空を飛べるなんて羨ましいですね、大昔には飛竜に乗って戦った騎士もいたそうですが、現代の空軍騎士ですね!」


「ペリコに乗って戦うのはたぶん無理ですよぉ、魔法で体を軽くして乗っているので、武器の攻撃も軽くなってしまいますから」


 ペリコに乗って攻撃なんて考えたこともなかった。武器を振り回して攻撃するのは無理だろうけど、今みたいに接近して重力魔法かけたり、大きな岩を空から落とすくらいならできるかな?


「ルナロッサ様・・・ですか・・・私も空を飛び回る姿に見とれてしまいまいた。とても素敵でしたよ」


「うん!ルナロッサおにいちゃんかっこよかった!あたしもペリコちゃんにのってそらをとんでみたい!」


 とても褒められしまって、なんだか恥ずかしい。それにアリアちゃんが期待に溢れたとてつもなく純粋な瞳でぼくを見ている。二人乗りなんてしたことないけど、ちょっとやってみようかな。ぼくはお母さまに許可をとってみる。


「お母さま、危険なことは無いと思いますが、アリアちゃんと一緒にペリコに乗って飛んできてもいいですか?ぐるっとまわってすぐに降りてきます」


「危険は無い、ですか・・・」


 ぼくは魔法がちゃんと使えることをアピールするために、空いているイスとテーブルをふわふわと宙に浮かせて見せる。


「すす、すごい魔法ですね!それほどの魔導士様でしたら安心してアリアニカをお任せできます。いいえ、こちらからお願いしたいくらいです」


 お母さまの許可をもらえたので、アリアちゃんを片手で前に抱きかかえるようにして服全体に重力魔法をかける。逆の手でペリコの首輪を掴んで安全を確認する。


「よし、これなら大丈夫そうだね。ペリコ、行くよっ!」


「ぐわっ!ぐわっ!」


 ぼくたちは一気に飛び上がり、王城の頂上よりも高く舞い上がる。あまり低いと目立つので、このくらい高く飛んだ方がいい。


「わああーーー!かぜがきもちいいーーー!すっごーい!」


「アリアちゃん怖くないの?」


「こわくないよ!ふわふわしてきもちいー!みてみてー!ひとがごみのようだよー!わーい!」


 空から王都を眺めてみると、看板の地図なんかよりよっぽどわかりやすく位置を把握できた。道を歩いているとギザギザしていてわかりにくかったが、上から見るとそうでもないし規則性もある。これはぼくにとっても飛んでみて良かったかな。


 しばらく飛び回ってからお母さまとミウラさんの元へと降り立つと、やはり心配そうにしていたお母さまの顔に安堵の表情が浮かぶ。なんか少しアルテ様っぽい。


「ルナロッサおにいちゃん、ありがとう!またのせてねっ!」


「ぼくたちもうお友達だからねっ、また遊ぼ!ルナでいいよ!」


「うんっ!ルナおにいちゃんっ!」


 母娘は綺麗な身なりをしているし、アリアちゃんも小さな子供なのに、ありがとうがちゃんと言えるしっかりした子だ。たぶん、きちっとした教育を受けているいい家の子なのだろう。


 すると、微笑みながらアリアちゃんを見ていたお母さまが姿勢をただし、真面目な顔でぼくに話しかけてくる。


「ルナロッサ様、名乗るのが遅れました、私はリアンナと申します。私どもは王宮に住んでおります。ルナロッサ様のお噂も、実はかねてから存じております・・・」


 ミウラさんがビクっ!として慌ててイスから立ち上がり姿勢を正す。ぼくも驚きながら姿勢を正して話を続ける。


「えっ?王宮に住んでいるということは王族の方だったんですか?これは大変失礼しましたっ、立場をわきまえず、お友達などとご無礼をお許し下さい・・・」


「いいえ、そういうことではないのです。私の夫の名はサッシカイオと申します。そうです、あなた方が罪を暴き、刑に服している最中に脱走した第二王子の第一婦人でございます。」


「えーっ!?えっと、なんと言いますか、その、ごめんなさい・・・」


 サッシカイオの奥さんと子供だったなんて、ぼくは徹底的にこらしめてしまった上に殺そうとまで思った相手だ。どうしよう。


「ルナロッサ様、いいのですよ。あなたが謝ることは何一つございません。もちろん最初に話を聞いたときは恨みもしましたが、今はこうなったのは当然のことと思っております。それに私はサッシカイオとの婚姻を望んでいたわけではないのです。私は少々の治癒魔法が使えたので神殿に勤めておりましたが、魔法が使えるという理由だけで王室に入らされたようなものですから。」


「そうなんですか?でもぼく、やりすぎたのかもしれませんし、謝らなければならないのは当然のことですし・・・」


「そうおっしゃらないで下さい。アリアニカに優しくしてくださったこともありますが、それ以上にルナロッサ様の丁寧な言葉遣いや振る舞いを見ていれば、あなたがきちんとした方だと言うことくらいわかりますし、それこそがサッシカイオが持っていなかったものです。早かれ遅かれ、サッシカイオはナプレの港町を去ることになったと思っております。」


「でも、こんな小さな娘さんがいるのに、父親を引き剥がすようなことをしてしまったのはぼくが原因でもありますし・・・」


「お気になさらないで下さい。私たちは罪人の妻と娘となり、護衛や王宮馬車なども使えなくなりましたが、住居と生活は国王陛下に保障して頂いております。それに以前はほとんど王宮から出られない生活だったのが、今はこうやってアリアニカと二人で自由に王都をお散歩できるようになったのですよ、今はとても幸せですし、それにアリアニカにお友達もできましたし。」


「お友達と認めて下さるのですね、ありがとうございます・・・」


 前国王が急に亡くなってから跡継ぎ問題がややこしくなり、サッシカイオとともにナプレの港町へ移り住むことはできなかったそうだ。二人は王宮に閉じ込められ、アリアニカも専属の教育係がつき、今のように一緒にいられる時間がほとんどなくなってしまったらしい。


「そうやって聞くと、サッシカイオが早く手柄を上げて王都に戻りたがったのも、理解できてしまいますね・・・」


「そうかもしれませんし、離れていて良かったのかもしれません。神だけがそれを知ることではないでしょうか。」


 ミウラさんが二人を王宮まで送ることになった。ぼくは武器屋をあきらめ、重たい気持ちのままお姉さまと待ち合わせをしている西の門へとぼとぼと戻っていった。

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