2の30 悪魔・ベールチア




「おまえらあああああ!」


「なんかヤバそうだよ!早く逃げよう!」


「でもあの速度で動かれたら逃げられませんよ!」


 ベールチアの髪がルナ君のように逆立ち、白目の部分まで赤く濁り、大きな剣に闇をまとわせ、剣身がほとんど見えなくなってしまった。これがピステロ様の言っていた闇に飲み込まれた“悪魔”の状態であることはすぐに理解できた。


「アルテ様っ、さっきみたいにありったけの光を集められますか?私もできる限り集めてみますっ!」


「もうやっているのだけれど、さきほどはどうしてあそこまで光子が集まってくれたのかわからないの」


 重力魔法に対して光魔法をぶつけるのは有効であるのは何となくわかるけど、アルテ様はさっきと同じことはもう一度できないようだ。そうこう言っているうちにベールチアが私たちに向かって斬りかかってくる。アルテ様とルナ君がそれぞれの武器を本来の持ち主に交換して、ルナ君が鎌でその一撃目を受け止める。しかしもう一振りの攻撃がルナ君の胴体をとらえると、大量の血が噴き出した。


「いやあああ!ルナ君!ルナ君!ルナ君!ルナ君!」


「お姉さま!早く逃げてっ!」


 そんなこと言われても逃げるわけには行かない。剣を持つ両手に力を込めて再びベールチアに斬りかかる。大量の光をまとわせた剣の攻撃には多少の効果があったようで、ベールチアはその攻撃を苦しそうに受け止めてから後ろに飛び退き、またもや距離をとった。


「クソがああああ!やっかいな小娘めぇええ!」


 私はすかさずルナ君を守るために駆け寄ってこれ以上の攻撃を受けさせないように立ちはだかる。アルテ様が光をまとわせた矢を何発か打っているようで、ベールチアはそれを左右に飛び回りながら簡単に避ける。


「アルテ様っ!ルナ君に治癒魔法をかけてあげてっ!」


「ナナセ無理だわ、ルナさんには治癒魔法が効きづらいからその傷を治すにはとても時間がかかると思うの」


「そんなあ」


「お姉さま・・・大丈夫です・・・ぼく半分吸血鬼だから、ほおっておけば自然と傷が治ると思いますし・・・」


 ルナ君の意識が薄れて行く。なぜ私は何もできないのだろう。悔しい。ルナ君を守れなかった。アルテ様は持っていた矢を全部撃ってしまい、けん制手段を失ってしまったようだ。手にはいつもの指揮棒を持って構えているけど、それで何かできるようにはとても思えない。私は涙目のまま意を決して立ち上がり、剣を両手でしっかりと持ち、ベールチアをしっかりと見据えて対峙する。


「おまえらのような邪魔者がああああ!私の人生をををを!狂わせているのだああああ!」


 逆恨みもいいとこだ。闇に飲み込まれたのは自分の責任であろう。私はさらに気合を入れなおし、その凶悪な二本の剣を受け止めるため、アンドレおじさんに教わったように両足をしっかりと地面に踏んばり、腰を低く落として剣を構えなおす。


「うりゃあああああ!」


── ガキーン!ガキーン! ──


 ベールチアの連続攻撃を受け止めては光をまとわせた剣を振る。そのたびに剣にかかっている重力魔法が解除され両手に重くのしかかるようで、後ろに飛んで距離をとって再び体勢を立て直す。同じことを何度か繰り返しているうちに私の腕が限界を迎えてしまった。


「とーどーめーだーああああ!」


「きゃあああっ!」


「ナナセっ!駄目っ!」


 かなり強い一撃を小手で受け止めると、私はまた五メートルくらい吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がってその勢いが止まった。アルテ様が駆け寄ってきて私に治癒魔法をかけてくれたけど、しっかり魔法が効いてくるほどの時間はなく、とどめの一撃を振り下ろすべくベールチアが飛び込んできた。もう駄目かと思ったその時・・・


「がうがうっ!がうっ!」


「わあ!シンくんっ!」


 ここですごい助っ人がやってきてくれた!一度村に着いてからすぐにこちらに戻ってきてくれたのだろうか?ベールチアのジャンプに合わせてシンくんが飛び込んだ。月を背景に空中で交錯したベールチアとシンくんの姿がとてつもなくかっこいい。


「ぐあああああっ!放せっ!放せっ!」


「ぐるるるるる、ぐるるるるる」


 シンくんは空中でベールチアの手首にガッチリと噛みついたようで、一本の剣を振り落とすことに成功した。さらにそこへ七色に輝く謎の物体が突入してくる。


「ぐわっ!ぐわっ!ぐわぁーーっ!」


「わあ!ペリコも来てくれたっ!なんかすごい光ってるしっ!」


 七色に輝くペリコがそのまま体当たりすると、ベールチアにまとった闇が完全に消失した。逆立った髪は元に戻り、光を吸い込むかのような禍々しい赤い瞳には人間らしい光が戻る。大きな剣はその重みに耐えられず手から離され、噛みついていたシンくんをかろうじて振りほどいてサッシカイオの方向へ走り去った。


「シンくん、ペリコ、追わないでいいよ。相手が逃げてくれるなら作戦通りだから」


 人間に戻ったと思われるベールチアは気絶しているサッシカイオを小脇に抱えると、近くに繋いであった馬に飛び乗った。しかしその縄は事前にルナ君がこっそりとほどきにくいように結びなおしたのでモタモタしていた。私は剣の先を向けたままそこへ近づき、ベールチアにゆっくりとした口調で問いかける。


「ベールチアさん、今後も私たちをつけ狙いますか?お答え次第ではここであなたたちを斬らなければなりません」


「ナナセさん、見ておわかりだと思いますが私は闇に飲み込まれてしまい、おそらくこの命も長くありません。それを知ったサッシカイオが私を連れ王都から姿を消すよう手配したのです。今回ナナセさんを襲撃したのはサッシカイオの命令で、護衛であり侍女である私はその命に従うことしかできませんでした。」


 サッシカイオはベールチアの戦闘力に期待して私を襲撃するために連れ出したのだろうか?それとも悪魔化してしまった身体を案じて王都から逃がしてあげたのだろうか?もし後者であれば、なんだかいい話っぽくて捕縛とかしずらくなってきたね・・・でもこの二人を野に放つのはどう考えても危険だ。


「行く先短い人生だと思います、どうか見逃していただけませんでしょうか?サッシカイオは私が説得し、私が悪魔になってしまっても誰にも迷惑かけないような無人島にでも向かおうと思います。」


「お話はわかりましたけど、あなたは悪魔になってしまうと、先ほどのように正気を保てないのではありませんか?」


「敵対するものがいなければ、悪魔になっても落ち着いていられるのです。ナナセさん、悪魔になるというのは恨みや憎しみが暴走し、それ以外のことが考えられない状態だと思って下さい。ナナセさんとルナロッサさんも闇魔法をお使いになるようでしたら、くれぐれもお気をつけ下さい。これは私の遺言だと思って聞いて下さい、決して人を恨まず憎まず過ごすことです。」


「そういうものなのですか・・・助言には感謝します。今回はベールチアさんの言葉を信じて逃げてもらいます。王都の人たちが必死に探していますけど、「どこか人のいない場所にこもると言っていた」とだけ伝えます。無人島とは絶対に言いません、約束します」


「ありがとうございます。それと、ナナセさんにとって大切な存在であるルナロッサさんを傷つけてしまい、申し訳ありませんでした。」


「ベールチアさん、次はありません。もし次に暴走したあなたと対峙することがあったら、どんな手段を使ってでも殲滅します。私はそのための鍛錬を続けますし、仲間もどんどん増やします。悪魔に強力な光魔法が効果的であることはベールチアさんも理解しましたよね?」


「・・・。」


 ちょっと長話をしすぎた。あまり詳しく話を聞いてしまうと可哀想になって助けてあげたくなっちゃいそうだし、このへんで切り上げよう。


「では行って下さい。あなたたちとは二度とお会いしないことを祈っています」


「さようなら、ナナセさん。あなたとはもっと早く出会いたかったわ」


 気絶したサッシカイオを抱え、二本の剣を拾ったベールチアは固く結ばれた縄を剣で切断してから馬へ飛び乗り、港町の方向へ一度も振り返ることなく視界から消えて行った。


「アルテ様、ルナ君は大丈夫そうですか?」


「わからないわ、人族ではないし重力子がまとわりついているから、普通に治癒魔法をかけてしまっていいのかもわからないの」


「そうですよね・・・このまま回復しなければピステロ様のところに連れて行くしかありませんね」


 いくらベールチアが話せばわかりそうな人だったからといって、果たして本当に逃してしまって良かったのだろうか?二度と会いたくないようなことを言って送り出したけど、たぶんこの二人のことはこの先ずっと私の胸の奥に引っかかり続けるような気がする。


 そんなことをぼんやりと考えながら、無事を伝えるためのカルス宛ての手紙をペリコの首にかけて飛び立たせると、私はアルテ様にしがみついて気絶するかのように眠りについた。





あとがき

ようやく圧倒的な実力を持つ、敵らしい敵の登場でした。

これから先、ナナセさんは色々な護衛侍女の人と知り合うことになりますが、みんなこんな風に好戦的なのでしょうか?


戦闘メイドって、なんかかっこいいですよね。

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