2の29 魔法剣士・ベールチア




── ザザザッ ドンッ! ──


 私はサッシカイオをビリビリで気絶させることに気を取られ、ベールチアの存在を忘れていた。振り向いたときにはもう遅く、人とは思えない速度で林の中から飛び出してくると、地面を蹴る爆裂音のようなものとともに高くジャンプし、大きな剣を勢いよく振り下ろしてきた。


 やばいよ、これは避けられないよ。


── ガキーン! ガキーン! ──


「ぎゃあーーーっ!」


「お姉さまあっーーー!」


 一撃目は剣で受け止めたけど、もう一振りの剣が胴体をめがけて横から振り抜かれた。私はとっさに小手で受け止めるも、そのあまりの威力で五メートルくらい吹き飛ばされてゴロゴロと転がった。ルナ君は宙吊りサッシカイオを落下させると、私の方に慌てて走り寄ってきた。


「あなたがナナセさんですね、よく私の剣を受け止めました。それにしても本当に子供なのですね・・・それと、そちらの銀髪の子供は闇魔法を使っていましたか?」


「あなたがベールチアさんですよね、王国でも優秀な護衛と聞いています。なのに、なぜ罪人を逃がすようなことをしているのですか?」


 私は派手に吹き飛ばされたわりにほぼ無傷だ。まさかこんな形で服の中に詰めておいた羊毛が役に立つとは思わなかった。右手と左手に大きな剣を構え余裕の表情で私たちと対峙するベールチアは、おしゃべりしていてすぐに追撃してこなかった。正直なところ助かる。


「あなたにその理由を教えるいわれはありません。ですが、サッシカイオがあなたたちを恨んでいることくらいはおわかりですよね?」


「私たちを殺す気ですか?殺した後はどうする気ですか?大勢の王国の役人があなたたちを追っていると聞いていますよ?」


「それもお答えする理由がありませんね。」


 サッシカイオの護衛侍女と聞いていたベールチアは、こちらに向けて構える大きな剣に似つかわしくない、とても華奢な感じの綺麗な人だった。月明かりに照らされたその顔は病的に見えるほどの白い肌、ぼんやりと赤く光る瞳、肩のあたりで切りそろえられた細く柔らかそうな金髪がとても凛々しく口調も穏やかで、思わずその美しさに吸い込まれそうになってしまった。


 私は我に返り、ゼル村へ向かって逃げて行った馬車の時間稼ぎのことを思い出し、できるだけこの会話を引き延ばしたいと思っていた。しかしルナ君はそうではなかったようだ。


「これ以上お姉さまに剣を振ることなど許さないっ!覚悟しろっ!」


 ルナ君は全身に闇をまとわせ、前髪が逆立ち、いつもは隠している方の禍々しい目でベールチアを睨みつけながら弓を引く。私も立ち上がり、ありったけの力を込めて剣にビリビリを集める。


「ルナ君、弓を一本撃ったらサッシカイオをお願い、私が斬りかかったらすぐに宙吊りに戻って」


「ですがお姉さま・・・」


「大丈夫よ、お姉ちゃんを信じなさい」


 なるべく小さな声で話したけど、訓練されている護衛侍女であるベールチアは聞き取ったかもしれない。それでも私が斬りかかればさすがに時間稼ぎくらいにはなるだろう、上手くいけば静電気魔法で気絶させられるかもしれないし。


「お姉さま!行きます!」


「うりゃああーー!」


 ルナ君が引いていた弓矢を放つと同時に私はベールチアに走って斬りかかる。矢はこともなさげに避けられてしまい、横にふわりと移動するような不自然な動きに違和感を覚える。まるでゲームやアニメのキャラクターのような動きだった。


 しかし私の剣は剣で受けるしかないだろう。ビリビリを貯め込んだ剣が当たってさえくれれば少しくらい感電させられるはずだ。


── ガキーン! ──


「効かないっ!?・・・それならっ!」


 次はベールチアの靴に狙いを定めてから目をつむり、重力魔法を剣の先に集中させてから足元に向かい力強く振り抜く。


「えいっ!」


 今度は決まった!と思ったけど、ベールチアはまるでその重力魔法を利用するかのようにふわりと背後に飛び上がり、私から適度な距離をとった。これルナ君の重力ジャンプと一緒だよね・・・


「驚きました、あなたは複数属性の魔法を使えるのですか?剣も魔法も使えるとは聞いておりましたが、そのような才能を持った子供がいたなんで。最初の雷は風魔法でしょうか?それと後から使ったのは闇魔法でしたね?残念ながら私には効きませんでしたが。」


「企業秘密ですっ!お答えする理由がありません!」


 あれ?静電気魔法って風魔法だったの?私とアルテ様は光魔法だと思って使ってたけど、それに電気っていう概念がないから雷って表現になるのかな?ちょっと気になるな・・・っと今はそれどころじゃない、魔法が効かないってどういうことなの!?


「お姉さまっ!サッシカイオを捕えましたっ!」


「ベールチアさん、降参してくれなければサッシカイオを地面にたたき落とします。私たちは争いを望んでいません。それに私たちと一緒に旅していた戦闘力を持たない農民たちはすでに馬車で逃がすことができました。私は十分に目的を果たしたので、もう戦うのはおしまいにしませんか?」


「その高さからサッシカイオを落としても死ぬことはないでしょう。しかし、私はあなた方を将来的な脅威をみなしましたのでこの戦闘は続けさせていただきます。サッシカイオはあなたたちを一人残らず倒してから回収します。ご覚悟はよろしいですか?行きますよ?」


 ひえー、脅しが効かないし開き直っちゃってる。これじゃサッシカイオに人質の価値が全くないからベールチアを止められないね。それに今の私ができる最高の魔法攻撃を全部受け流されてしまったし、これはもう逃げるしかないかな。


「ルナ君、逃げるよ!」


「は?逃がしませんよ?」


 ベールチアがまたもや人とは思えない跳躍力で私に斬りかかってくる。さっきと同じで一撃目は剣で受け止めることはできそうだけど、もう一振りの剣がどこを狙っているのかわからないから、次も受け止められる自信がない。


── ガキーン! ──


「うわああああっ!」


 ベールチアは私に一撃を加えるともう一振りの剣で攻撃してくるかと思いきや、私のことを宙吊りにした。そっか、この人の異常なまでの跳躍力はやっぱり重力魔法のおかげなんだ。


「あわわあわベールチアさんもっ!重力魔法をっ!使っているのですかっ!」


「重力とは何のことでしょうか?私が使っているのは闇魔法です。あなたの雷など私の闇に吸い込まれてしまいますし、あなたの闇魔法など私が使っている闇魔法の手助けにしかなりません。これで勝負はありました、あなたの才能は惜しいですが、その命を頂戴します。」


 終わった。目一杯の力を込めてベールチアの魔法に抵抗するように重力魔法を使いながらジタバタしてみたけど、相手の力がはるかに上回っていて全く逆らうことができない。私ここで死んじゃうのかな?絶望的な状況になると人ってけっこう冷静なものなんだね。ごめんねアルテ様、私心配ばかりかけてきた上に、やられちゃうみたい・・・


「そうはさせませんっ!わたくしのナナセを今すぐ離しなさいっ!」


「ああアルテ様ああああ!!」


 アルテ様はルナ君の死神の鎌を両手に持ち、それを今までに見たことないほどに眩しく輝かせ、ベールチアに向かって走り寄り、そのまま勢いよく振り抜いた。


── ガキーン! ──


「ぐっ!なんですかこの光の力っ!」


 ベールチアの闇よりもアルテ様の光が上回ったようで、宙吊り魔法が解除されて私は地面に転げ落ちる。ここでも羊毛が活躍し大きな怪我はしないで済んだ。私みたいにすぐ吹っ飛ばされる人は頑丈な鎧よりも柔らかい鎧の方が安全なのかもしれない。


 それと同時にベールチアの大きな剣にかかっていた重力魔法も解除されたようで、その剣の重さに耐えられず、剣を握り締めたまま地面にガクリと手と膝をついた。アルテ様の光すごい!さすが女神様!


「ナナセっ!ナナセっ!」


「お姉さまあああっーー!」


 二人が私のもとへ駆け寄ってきて一対三の状況になると、私はようやく体勢を立て直すことができた。さて逃げようかとあたりをキョロキョロ確認すると、ベールチアの表情がとてつもなく恐ろしいものに変わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る