2の31 ルナ君の治療




 目が覚めるとすでにカルスが馬車を連結し、戦闘する前に降ろしちゃった荷物を積み終わっていた。ルナ君のお腹の傷は塞がっているようだだけど、まだ目を覚ますことなく静かに眠っている。昨日はヘトヘトになって気絶するように寝てしまった私には、一晩中アルテ様が魔法で癒してくれていたようだ。


 起き上がってキョロキョロと見回すと、バドワが何かのスープを作ってくれていて、ハイネとカルスが動物たちの世話をしてくれていた。三人衆で揃って応援に来てくれたんだね、なんか嬉しいな。


「アルテ様おはよう、ルナ君大丈夫かな?」


「わたくしも心配ですけれど、今から港町へ戻ってピステロ様に見せるよりもゼル村でゆっくりしていた方がいいと思います。傷は自然とふさがっていくようなので、人族よりも自己治癒力が高いのでしょう」


 サッシカイオと一緒にいた罪人三人は針金で捕縛されたまま馬車に乗せられているけど、手の拘束は解かれてスープを飲んでいた。


「あの人たちはひとまずゼル村の牢屋に入れておくしかないかな?オルネライオ様に引き渡すべきだよね」


「姐さん、本人たちはいたく反省していますしサッシカイオに逆らえなかった部分もあるようなんで、そんなに手荒い扱いはしないでいいと思いやす」


「そうだね、村に戻ったら村長さんと一緒に話を聞いてみよう」


 私はバドワが作ってくれた野菜のスープを手渡され、ちびちびと口に運ぶ。今はまだ冬と春の間くらいなので、冷えた体をスープが優しく温めてくれた。


「とりあえずゼル村に戻ろうか。ルナ君の重力魔法がなくて針金がけっこう重いから馬も大変でしょ。ねえカルス、連結までしてるけどちゃんと動かせるかな?」


「途中で何度か休憩しながらゆっくり帰りやしょう。アルテ様が馬にも治癒魔法をかけてくたので安心っすよ」


 そうは言っても馬は人の歩く速度よりも遅かった。私とアルテ様は馬車には乗らず歩きだ。チヨコとシンくんが重たそうに馬車を引く馬の周りを心配して駆け回っていたので、縄を繋いでみたら一緒に馬車を引っ張り始めてくれたけど、あまり意味はなさそうだ。でも、仲間って感じがして素晴らしい光景だったので、そのまま馬車を引いてもらった。


「ペリコ、ルナ君の事が心配なんでしょ?横にいてあげて」


「ぐぇーっ・・・」


 アルテ様と私と並んで元気なくペタペタと歩いていたペリコに、ルナ君の看病をお願いしたら馬車の中に飛び乗って行った。


「ねえアルテ様、昨日の戦いでペリコすごい輝いていましたけど、あれって全身に光をまとわせてベールチアの闇をかき消したってことですよね?」


「そうね、とても綺麗な光だったわ。わたくしがピステロ様のお屋敷の結界に抵抗したときの方法と似ていたので、間違いなく光魔法を使っていました」


「ペリカンなのに魔法なんて使っちゃってたんですね・・・もしペリコがいつもあれをできるなら、ベールチアが悪魔化するたびに輝くペリコをぶつけていれば、もしかして救えるんじゃないですか?」


「どうかしら、わたくしもナナセが危なかったりすると光が暴走することがありますし、ペリコもルナさんの危険を察して無意識にああなったのではないかと思うわ」


「なるほど。狙って使える技じゃないんですねぇ・・・」


「ごめんなさいナナセ、わたくしが未熟だから強い光魔法を狙って使えなくて・・・」


「ああ、アルテ様っ、そういう意味じゃないですよっ!アルテ様だってルナ君の鎌をすごい輝かせて宙吊りの私を救ってくれたじゃないですかっ!私、正直言ってあのとき勝負をあきらめて死ぬ覚悟をしてしまったんですよ、アルテ様はすごい魔法使いですっ!」


「あの時もよくわからず勝手に体が動いてしまっただけですし・・・でもナナセが無事でいてくれて本当に良かったわ、早くルナさんも良くなってほしいわね」


 ルナ君のことを考えると胸が苦しい。戦闘前の大切な時に泣かしちゃったり、悪魔化したベールチアの攻撃から守ってあげられなかったり。私、こんなんじゃお姉ちゃん失格だ。


「姐さんとアルテ様、そんな元気のない顔をしないで下さい、全員が生きて村に帰れるってだけで、姐さんの考えた作戦は大成功っすよ!」


「ありがとう。カルスも移住民の人を安全に村まで届けてくれて本当にありがとう」


 私たち連結馬車は何度も休憩をはさみ、ようやくゼル村へ到着した。すると入口にはモレさんが弓を持って立っていた。


「姐さんおかえりなさい!襲われたって聞いて心配してたんですよ」


「ただいま、モレさんは今から狩りにでも行くの?」


「いえ、村の護衛と相談して見張りを増やしたんっす。俺はこっち側の入口を見張ってました」


 そっか、サッシカイオたちに襲われて、移住者も追われているかもしれないから見張りを増やしてくれたんだね。


「どうもありがとう、私は大丈夫だけどルナ君が怪我しちゃったから、とりあえず神殿に連れて行ってみるね」


 馬車に寝かせたままのルナ君を神殿に連れていく。立派になった神殿には治療室のような部屋ができていたので、アルテ様と二人で抱き上げてそこのベッドで神父さんに診てもらった。


「ほほう、魔人族と神族のハーフだったのですか。さすがにそのような人を治療したことはありませんが、傷は綺麗に塞がっていますし、熱もないので問題ないでしょう、このまま安静にしているべきですね。起きたら滋養のある薬草を飲ませてはいかがですか?」


「神父さんありがとうございました、お薬を買ってから帰りますね」


 薬草屋さんで滋養のある苦そうな薬を買ってから家に戻り、ルナ君をベッドに寝かせる。そういえばと思い私は眼鏡でルナ君をぬぬぬと凝視して健康診断をしてみる。


「んー、なんかよくわかんないな、悪そうなところはないけど・・・あー貧血かな?いっぱい血が出ちゃったもんね」


「ルナさん半分吸血鬼ですから血が足りないと困っちゃうのではないかしら?」


「獣の血を飲むのは好きじゃないって言ってたし、血に良い食べ物でも作ってあげよっかな。でも血に良い食べ物ってなんだろ?鉄分?レバーとか良いって聞いたことあるね。アルテ様はルナ君と一緒にいてくれる?ちょっと買ってくる」


「ええ、わかったわ。もし目を覚ましたら先ほどの滋養のあるお薬を飲ませておきます」


 私は食材屋さんでレバーやニラやニンニクなどの滋養のありそうものを買い込み、その足で村長さんにサッシカイオの件を報告しに来た。罪人三人はすでに町長の屋敷の牢に閉じ込めたらしい。


「無事でなによりじゃが心配したぞぉ、ナナセが出かけると必ずトラブルが起こるのぉ」


「えへへ、ご心配おかけしました。罪人の様子はどうですか?」


「わしの村長権限でも裁くこともできるがのぉ、オルネライオが動いとるからしばらく牢に軟禁したままじゃな」


「サッシカイオに逆らえなかった部分もあるようなので、情状酌量をお願いしますね」


「ナナセは裁判官のような難しい言葉を知っておるのぉ、わかっておるから安心なさい。それとナプレの港町からやってきた農民の住居は手配しておいたからのぉ、大量の金貨を出しよったが突き返しておいたわい。仕事はナナセとアンジェが面倒見てくれるのじゃろ?新たに農地を広げるならミケロと相談して、あとは自由にしていいからのぉ」


「あはは、ピステロ様はかなり高額で畑を買い取ったそうですよ。農業を切り捨てるのは少々後ろめたさがあったんじゃないですかね?それと仕事はアンジェちゃんがすでに考えてくれてると思います。アンドレさんの畑と私の菜園、それと新しく竹林を作るのにアンジェちゃん一人じゃ無理ですから」


 私が家に戻るとルナ君は目を覚ましていた。なんだかうつろな目で呼吸も苦しそうだけど大丈夫かな?


「ルナ君、目を覚ましたんだね、みんな無事に村へ戻ってきてるから安心してね。おなかすいた?」


「お姉さま・・・ぼく気を失っちゃったんですね・・・アルテ様から話は聞きましたが・・・ごめんなさい・・・あと食欲はないです・・・なんだかフラフラしてて・・・たぶん血が足りてないんです・・・」


 よくよく考えてみたら病気の人の寝起きに、いきなりニンニクたっぷりのレバニラ炒めは無いよね。これはアルテ様と私で食べよう。


「わかったよルナ君。食欲ないなら私の血を飲んで。吸血鬼に血は必須だもんね。いらないなんて言わせないからね」


 私はルナ君の返事を待つことなくサバイバルナイフで自分の左手小指の先をさっくりと切り、その指をルナ君の口の中に刺し込んだ。最初はびっくりしていたルナ君も、血液への欲望は抑えられなかったのだろう、静かに目をつむり私の指から流れ出る血を飲み始めた。


「ちぅちぅ・・・ちぅちぅ・・・おねえた・・・zzz」


 ルナ君が満足して再び眠りにつくまで私は吸血鬼専用の食事の提供をした。元気になってと祈りながら頭を撫でていると眠っているルナ君が私に抱き着いてきたので、その場を動けなくなってしまった。


 お姉ちゃん、ルナ君が治るまでずっと一緒にいてあげるからね。

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