2の27 いつもの野営で戦闘準備




 移民をゼル村へ逃がす作戦の次はサッシカイオ達との戦闘についての作戦を考える。少しでも長く時間稼ぎができればいいけど・・・


「まず、アルテ様はタルをかぶって、置いていく方の馬車の中で待機していて下さい。私やルナ君は怪我する可能性が高いと思うので、すぐに治癒魔法をかけられるように準備して下さい。戦闘が始まったら弓ではなくロープを持って待っていて下さい」


「ええ、わかったわ。でもできるだけ怪我はしないような方法を選んでほしいわ」


 私は全力で逆方向に逃げることも考えたけど、シンくんもペリコもチヨコもいないので走り続けるのは限界が来る。それと相手との人数差が痛い。ルナ君がどれほど魔法をうまく使えても射程距離が短いので、接近戦の方が怪我しない可能性が高い。もし逃げなきゃならないとしても相手の人数を減らさなければ逆に危険だ。


 それとベールチアの強さがわからない。オルネライオ様の口調からしてかなりの腕だと思うし、きっと私では歯が立たないだろう。もし私たちが負けたらアルテ様や移民も無事ではないだろうし、その点が一番の不安材料だ。現状で最強の攻撃は、やっぱルナ君の重力魔法だよね。


「ルナ君はいつもの鎌じゃなくてアルテ様の弓を持ってほしいの」


「ぼく弓なんて使えませんよ?」


「その弓を持つと重力魔法の効果範囲広がらない?もし広がらないなら私の剣を渡さなきゃならないんだけど、そうすると私が扱える武器がなくなっちゃうの」


「なるほど、ぼくは相手を重力魔法で抑えつけるのが仕事なわけですね、それなら鎌よりアルテ様の弓の方が使いやすいかもしれません」


 ルナ君がアルテ様の弓を手に取り、ちょっと魔法の練習をしている。念のために矢も受け取って腰に装着しているけど、弓矢としての攻撃は期待しない方がいいだろう。それとルナ君に死神の鎌を持たせず弓を持たせたのには他にも大切な理由がある。


「ルナ君いい?よく聞いて。相手がどんなにひどい事を言ったり私が攻撃を受けて怪我をするようなことになっても、絶対に相手を殺さないこと。もし相手の方が上手で身の危険を感じたら私の事は置いてでも必ず逃げること。わかった?約束できる?」


「・・・お姉さま、ぼくそんな約束できません」


「ルナ君、この国では人を殺すと必ず処刑されてしまうの。もしこの戦闘に勝ったとしても、あとで処刑されてしまうならその場で負けても同じことなの。それに私はこの先も絶対に人を殺すことだけはしたくないの。それがどんなに憎い相手であっても越えてはいけないラインは守らなければいけないの」


「ですが、お姉さまに何かあったらぼくどうなっちゃうか・・・」


「約束できないなら私はルナ君のお姉ちゃん辞めます。今すぐピステロ様の屋敷に帰ってちょうだい。」


 かなり冷たい言い方をした。こんな言い方はしたくなかったけど約束してくれないならしょうがない。ルナ君の目にじわじわと大粒の涙が浮かび、「はい」とも「いいえ」とも返事ができずに震えている。どうしよう、強く言っちゃったはいいけどフォローの仕方がわからず私も動揺している。


 するとアルテ様が今までに見たこともないような真面目な顔で口を開いた。


「ナナセ、あなたがルナさんのお姉ちゃん辞めるなら、わたくしもナナセの先生を辞めます。今すぐわたくしが元いた場所に戻らせてちょうだい。」


「・・・えっ?」


 動揺していた私は完全に固まってしまった。どうしよう、何も言い返せない。アルテ様がいなくなるなんて嫌だ。私の目が熱くなり、涙がじわりとたまっていく。


「嘘ですよナナセ、ごめんなさい。ルナさんは今のナナセと同じ気持ちでいることをわかってあげて?」


 その言葉の意味を理解すると、自然と大粒の涙がこぼれた。


「わたくしはナナセから離れることなんて絶対にありませんし、ナナセが危険ならこの身を挺してでも助けに向かいます。たとえその相手が王子様であっても、王様であっても、唯一とも言える法であっても同じことです。きっとそれはルナさんも同じです。だからナナセ、言い方を変えられるわよね?」


 私は眼鏡をはずして涙をぬぐう。カルスやアンジェちゃん、移民の人たちが心配そうな顔で私を見ている。いけない、こんな風にみんなを心配させてしまっては全く意味がないじゃないか。私は目に涙を貯めたままきつく歯を食いしばり、頬を叩いて気合を入れなおす。


「ごめんねルナ君、私、負けたときのことばかり考えちゃって動揺してたかもしれない。アルテ様もありがと、私がしっかりなきゃ作戦だってうまくいかないよね」


「ぼくもごめんなさいお姉さま」


「ルナ君、私は絶対にやられたりしないから、相手を確実に捕縛しよう。ルナ君と私でベールチア以外の四人を圧倒することでベールチアが一人になって逃走してくれるのを目標にするの。何ならサッシカイオを人質にしちゃえば戦闘にならずに済むかもしれないから、二人で息の合った動きをしなきゃならないよね。大丈夫、きっとヘラジカよりは弱いよ!」


「はいっ!お姉さまっ!」


 ルナ君の顔に光が戻る。アルテ様もいつもの優しい顔に戻ってくれた。私は負けちゃうパターンの話は一切せず、考えなおした作戦を伝えていく。全員が真剣な眼差しで私を見つめる。


「じゃあいい?ルナ君は暗闇に紛れる魔法でサッシカイオに近づいて。たぶんベールチアがそばにいると思うから気づかれないように気をつけてね」


「五人が一緒にいたらどうするんですか?」


「それは無いよ、私がサッシカイオなら罪人三人を先に敵にぶつけると思うし、弓矢があるから私たちが簡単に近づいてこないと思って後方で様子を見ているはず。それとサッシカイオがやられちゃうと本末転倒だから、万が一のことを考えて逃走経路を確保していと思うのね、だからいきなり前には出てこないの。ルナ君がサッシカイオに近づいて、もし近くに逃走用の馬がいたら手縄をほどきにくいように固く結んじゃっておいてね。あくまでも馬と二人にバレなように」


「なるほど、わかりました」


「私は罪人三人と対峙するからね。剣を光らせて派手に突っ込んで行くから、ルナ君は先に所定の位置に移動しておいてね」


「それは駄目よ、危ないわナナセ」


「大丈夫です、弓矢が一人しかいないので、その罪人だけに注視して突っ込みます。港町の砂浜で襲われた時みたいに弦を切断して無力化できればと思います。それに矢に当たってもアルテ様が治してくれますよね?」


「わかったわ、いつでも出て行けるようにします」


「アルテ様はあくまでも馬車の中で待機ですから」


 私は馬車の荷物からアルテ様に作ってもらった小手を装備し、服の中に羊毛を詰める。羊毛がどれほどの意味があるかわからないけど、ここにあるものは全部使う。村娘の服のままよりはましだろう。


「ルナ君、私が罪人三人とやりあってる間にベールチアが気づいて動いたら、サッシカイオを重力魔法で逆さ吊りにでもしてちょうだい。抑えつける魔法じゃ駄目なの、ベールチアを驚かせて、なおかつ「動いたら落下させる」って脅してね」


「サッシカイオを人質にして言う事を聞かせるんですね」


「私はサッシカイオが浮いたのを確認したら、そっちに走って応援に行くから、アルテ様はそのタイミングで馬車から出て、ロープを持って走ってきてください。もし私が罪人三人を倒すことができていたら捕縛、できていなかったら静電気の魔法で足止めをしながら私とルナ君のところに来て合流して下さい。最初から二人でいるとアルテ様が狙われて人質にされた場合に私が動きづらくなるから、慌てて飛び出したりしないで、じっと我慢して待っていて下さいね、約束ですよ」


「わかったわ、わたくしはロープ係ね、がんばるわ」


「それで、今話したのが何もかも上手くいったパターンで、サッシカイオを人質にしてベールチアに武器を捨てさせるのが目的だけど、もしベールチアが浮いてるサッシカイオなんて無視して私に斬りかかってきた場合。その場合はルナ君はサッシカイオを落下させて私に加勢してほしいの。サッシカイオには逃げられちゃってもいいけど骨折くらいさせてもいいかな。もし動けないようならアルテ様が捕縛、逃げるようなら敵が分散してくれたと思ってほおっておきましょう。ベールチアとの戦闘は私たち三人が揃っていてもどうなるかわからないから、そんな風になっちゃったらもう作戦なんてありません。頑張って戦って、逃げられそうなら逃げます。ルナ君は魔法をかけるために無理して近づかないこと、二本の剣を振り回されたらとても危険だからね」


「そうよね、どれほど強いのかわかならいものね」


「それでこれが大切なんだけど、逃げる方向は全員でナプレの港町を目指します。間違ってもゼル村の方向には行かないように。それも相手を完全に振り切るほど急いで走るんじゃなく追ってこれる程度に逃げるようにしないと、先にゼル村の方向に走ってる馬車を狙われちゃったら全く意味がないから」


 素人なりにしっかり考えた。


 さあ、あとは反撃するだけだ。

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