2の26 いつもの野営で襲撃




「ぐぁーっ!痛ってえええええ!起きて下さい姐さんっ!」


「お姉さまっ!お姉さまっ!起きて下さいっ!」


「ナナセ!ナナセ!ナナセっ!」


 私はアルテ様にゆさゆさされて目を覚ますと、カルスのお尻に矢が刺さっていた。寝ぼけた頭がだんだん冴えてくると、これが強盗か何かの襲撃であることを理解した。


「姐さん、ひとまず馬車の中に入りましょう!いてて」


 相手は弓矢で狙ってきたと思われるので、屋根がある馬車に入るのは最善策だろう。タルに汲んであった水でたき火を消してから、すぐに馬車へ乗り込んだ。


「アルテ様、カルスに治癒魔法を」


「ええ、カルスさん、ちょっと痛いかもしれませんけれど我慢して下さいね、いちにの、さんっ!」


「ぐぎゃああああ!」


 アルテ様はなんのためらいもなくカルスに刺さった矢を抜くと、すぐに治癒魔法をかける。竹の杖は弓に改造してしまったので、以前のように魔法はえいえいと指揮棒を振りながらかけている。


「おおっ、痛みが消えました。血も固まってきたのでもう大丈夫だと思います、ありがとうございやす」


「お姉さま、ぼくが様子を見てきます。みんなよりは暗くても目が見えると思うので」


「ルナ君、まだ危なくない?もう少しここにいた方がいいよ」


「いいえ、闇をまとって行くので相手からは見えないと思います。それにお姉さまを偵察に行かせるわけにはいきませんから」


「わかったけど、相手を見つけてもいきなり戦闘とかしないで状況だけを把握して戻ってきてよ、特に人数と武器の種類ね。それと馬がいるかどうかも見てきて」


「わかりましたお姉さま」


 半分吸血鬼だからだろうか?夜目がきくようだ。強盗から身を隠すために、たき火を消してしまったので、アルテ様の治癒魔法だけがぼんやりとした光を放っている。


「どうしよ、また弓矢で狙われるかもしれないから、馬車から出るとしても素早く行動しなと危ないよね」


「姐さん、俺はもう大丈夫っす。俺たちもそうですが、移民の乗ってる方の馬車が気になりやす」


「そうだよね、私たちは戦えるけど移民の人たちは無理だもんね。じゃあさ、カルスはこのタルを頭にかぶって、素早くあっちの馬車に乗り移ってくれる?それで馬車から絶対に出るなってみんなに言ってほしいの。私は剣を光らせて逆方向に走るから、うまくおとりになれるはず」


「ナナセ危ないわ、おとりはわたくしがやります」


「駄目、アルテ様は治癒魔法が使えるから狙われるわけにはいかないの。もし私やルナ君が弓矢で打たれたらすぐに治せるように準備していて下さい。それに私の方が背がちっこいから矢に当たりにくいですよきっと」


 私の知ってる世界の戦闘では、ヒーラーが真っ先に狙われるのだ。アルテ様はあまり納得していないようだったけど、さっそく料理用の鉄鍋を頭にかぶって馬車の外に出る覚悟を決める。剣に光子を集めて光らせたいけど馬車の中は暗いのであまり光ってくれなかった。あきらめて馬車から出ると月の光が集まってきて、なかなか幻想的な感じに光ってくれた。ライトサーベルっぽくてかっこいいけど、頭装備が鍋なのはかっこわるいね。違う違う、今はそれどころじゃない。


「(お姉さま、なぜ馬車から出てきたんですか、危ないですから戻って下さい)」


「(カルスをもう一台の馬車に移動させるためにおとりになってるの、私もすぐ戻るよ)」


 剣を光らせて小走りでウロウロしていると、その様子を見つけたルナ君が驚いて戻ってきてしまった。カルスが移動を完了したのを確認すると剣の光を消して、ルナ君の夜目頼りで手を繋いで馬車に戻った。するとアルテ様がいつもの半泣きで待っていた。


「ナナセ、危ないのはやっぱり心配だわ」


「でも、これで守らなければならないものがあっちの馬車だけに固まりました。もちろん私たちの安全も大切ですけど、私たちがやるべきことは戦闘力のないアンジェちゃんとカルス、それと移民たちを絶対に守り切ることです。わかって下さい」


「・・・そうよね、わたくしナナセのことばかり考えていて恥ずかしいわ。あの方々を必ず守らなければならないのよね」


 アルテ様が覚悟を決めた凛々しい顔つきになってくれた。


「ところでルナ君、敵は確認できたの?」


「はい、カルスさんに刺さった矢から推測した方向を見てきたのですが、サッシカイオの一団が林の方に潜んでいました。おそらく罪人三人と護衛侍女を連れていて、オルネライオ様の話と特徴、それと人数が一致していました」


「あーもう、最悪だねあいつ。武器は?」


「弓矢の男が一人、走って林に戻っていました。他の罪人らしき男二人は大きなハンマーのような鈍器、サッシカイオは何も持っていません。ベールチアと思われる女は両方の手に大きな剣を持っていて、確かにただならぬ雰囲気を感じました」


「弓矢が一人っていうのは助かったね、寝てるところに何本も矢が飛んできてたら私も危なかったかも。馬はいた?」


「馬や馬車は見当たりませんでした。それと全員黒っぽい服装をしていたので、とても見ずらいです」


 あいつやっぱ恨みを持ってたんだなぁ。ベールチアは二刀流ってのが少し気になるね。あと全員が黒い服を着てるってことは、最初から夜討ちするつもりだったのだろうか、私は目が悪いので非常に不利だ。もしかして港町を出発したときからずっと付け狙っていたのかな?


「サッシカイオはルナ君の強さを知ってると思うから、そんな矢を一本だけ撃ってくるようなバカな真似はしないと思うんだよね、最初から全面的に戦闘するつもりだったんじゃないかな?」


「そうですね、宣戦布告の矢だったのかもしれません」


 私はオルネライオ様に「会ったら逃げろ」と言われているけど、今は戦闘力を持たない移民を連れているので逃げるわけにはいかない。戦うにしてもあの人たちを人質にでもされてしまったらどうにもならないので慎重に考えなきゃ。


 この場合の優先順位は・・・


「まずは移民たちをなんとか逃がそう。あっちの馬車は遅いからこっちの馬車に乗せ換えななきゃ駄目だよね。ひとまずルナ君はこの馬車に乗せてある積荷を全部降ろしてくれる?」


 まずこの馬車の積荷を全部降ろして軽くする。特にケージ用の針金が重い。馬車を空っぽにしてからカルスを呼びに行ってもらい、打ち合わせを続ける。


「カルス、あっちの馬車の様子はどうだった?」


「へい、まるで姐さんとルナロッサさんが英雄かのように期待してやした。町長襲撃の一件は港町の住人にとっちゃ最高に爽快な物語っすからね」


「あはは、ならなおさら期待に応えて必ず逃してあげないとね。馬ってさ、夜でも走ることできる?馬車に移民とアンジェちゃんを乗せたまま、人より速く走れるかな?」


「馬は夜も走れやすし、こっちの荷馬車なら速度にも問題ありやせん。ただ、相手が馬に乗って追いかけてきたらさすがに追い付かれちまうと思いやす」


 やっぱそうだよね。でもルナ君の偵察によると相手が馬を連れていない可能性が高い。ここはナナセカンパニー号の性能を信じて全力で走ってゼル村まで逃げ切ってもらうしかない。


「私たちは残らないとサッシカイオ一団が追いかけてきたら困っちゃうから、カルスに完全に任せることになるけど大丈夫かな?」


「姐さん、ここにずっといるよりも移動していた方が安全だと思いやす。この馬車は丈夫ですし、俺も荷運びのプロっす、責任もって大切な荷物をゼル村まで必ず無傷で送り届けることを約束しやす!」


「カルスかっこいい!任せたよ!」


 なんと心強いことだろう。確かに、ここにとどまっているよりも動いていた方が安全だ。まずは移民の馬車に寄せてからこっちの速い馬車に乗り換えてもらう。みんなだいぶ動揺していたけど、アルテ様が笑顔で全員に治癒魔法をかけて回ると落ち着きを取り戻した。すごいねアルテ様の魔法、精神的な感じのやつまで治しちゃうんだ?


「じゃあ作戦を伝えます。私とルナ君が強盗を引き付けている間に、皆さんはゼル村に向かってこの馬車に乗って逃げてもらいます。最初はかなりスピードを上げると思うので、馬車の中で怪我をしないようにしっかり捕まっていて下さい。それとカルス、シンくんを馬車の護衛につけるから、もし馬に乗って強盗が追いかけきたらシンくんに任せちゃって。大丈夫、馬より狼の方が絶対に強いから。それとチヨコは鳥だから目が見えないかもしれないので、馬車に一緒に乗せてあげて。それと、ゼル村についたらシンくんとペリコに戻ってくるように言ってちょうだい。二匹とも言葉がわかってるみたいだから普通に話しかけてくれればいいよ」


「わかりやした!」「がうがうっ!」「きゅえっ!」


 冷静そうに語ってはみたけど、私の内心はかなり動揺している。でも、この場面で指揮をとるべきなのは間違いなく私だ。できるだけ落ち着いた口調で、みんなを怖がらせないように、安心させるようにゆっくりと作戦を伝えた。

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