2の11 秘密のステーキ
「それじゃあお待たせしました!ヘラジカシャトーブリアンの和風ステーキですっ!二人だけでお先にいただいちゃいましょう!」
「ナナセのお料理は久しぶりだわ、わたくし帰ってくるのを待っている間も、とても心配だったし寂しい思いをし・・・ナナセっ、なんて柔らかなお肉なの!それにこのお野菜も甘くてとっても美味しいわ、葡萄酒とも合うわね。ああっ、また食べすぎてしまいそうよ!」
「このお肉なら脂が少ないと思うので全部食べて下さいね。ヒレ肉って言うんですけど、大きな獣のお肉の中からほんの少ししか取れない部位で、なおかつそのど真ん中の一番柔らかい部分なので、これを先に食べちゃったのは私たちだけの秘密ですよ」
「ナナセ、秘密を作ることはよくないわ、でもこういう二人だけの秘密なら神もお許し下さいます!」
どうやら神様が神様から直接お許しをいただいたようだ。今後も狩りをしたら希少部位はちゃっかり二人で先に食べちゃおう。
「ナナセ、この付け合わせのジャガイモも美味しいわ、とてもツヤツヤしていて甘さがあるのね」
「そうなんです、その“照り”がみりんじゃないと出せないんですよ、私のいた日本の料理ですね」
「ナナセの作る料理は何でも美味しいわ、どんな世界に行ってもナナセとなら安心して過ごしていけそうね!」
私たちは頬を寄せ、恋人同士のようにうふふと笑い合う。私はこの幸せな時間が大好きだ。アルテ様、これからもたくさん二人だけの秘密を作ろうねっ。
・
村の中央広場に来るとすでに準備が整っており、私とアルテ様は少々遅刻してしまった。今回は私の差し入れたお肉なので、私が乾杯の音頭をとらなければ始まらないらしく、みんなが待っている中を拝み手ですんませんすんません言いながら腰を低くして村長さんの横に割り込んだ。ごめんみんな待たせちゃって。
「それでは新しい移民の歓迎会の開始じゃ!」
「建築職人のみなさん、孤児のみんな、それと狩人のモレッティオさんを歓迎して乾杯!」
「「「カンパーイ!ようこそゼル村へ!」」」
アルテ様はすでにほろ酔いだ。私の腕にしがみついてニコニコしながら野菜とエールを楽しんでいる。一応お肉を食べるのは我慢しているようで、逆側に陣取っているシンくんにお肉を食べさせてあげている。私だってシンくんにお肉を食べさせてあげたい。
「シンくん、いくよー?ほいっ!」
「がうがうっ!ぱくっ」
お肉を空中に『ぽいっ』と投げる。それをシンくんが見事に空中ジャンプでキャッチして、誇らしげに私の横に戻ってもぐもぐする。周りで見ていたみんなが歓声を上げて拍手する。私はこれでもかとシンくんの首やお腹を撫でてあげる。少しお行儀が悪いけど盛り上がってるから別にいいよね。
「ナナセ、そろそろ皆さまにごあいさつに行かなくていいの?」
「そうだね。アルテ様、シンくんにお肉いっぱい食べさせてあげて」
四人衆のところに来ると、モレさんが私とルナ君の狩りっぷりをべた褒めしていた。ルナ君は少し恥ずかしそうにしている。
「いやー姐さん、俺はこいつらにヘラジカを仕留めた時のことをその通りに話してやっていただけですわ。ルナロッサさんがその大きな角をへし折り魔法で抑えつけながら姐さんはその剣と手に光をまとわせ上段に構え目にも止まらぬ美しい剣筋でヘラジカの首を・・・」
「「「さすが姐さんたちでやす!」」」
「バドワもハイネもやめてよぉ、ルナ君の魔法がすごかったんだよぉ、私は動かないヘラジカの首をひと斬りしただけだよぉ」
「そうは言っても姐さん、ヘラジカの皮はかなり厚かったじゃないっすか、あそこまで一発で見事に斬れるってえのは、剣筋が良い証拠ですわ、さすが剣士ナナセ様でしたぜ!」
この後もピステロ様との交渉を褒められたり料理を褒められたりと非常に居心地が悪かったので、建築職人さんのいる席を探してごあいさつに逃げた。
「王都直属建築隊のミケロと申します。ナナセさんのお話はオルネライオ様やナプレの港町の住人から『とても才能に恵まれた方だ』と聞いておりますよ」
「ナナセと申します、急な異動にお応えいただき、感謝しております。才能だなんて褒めいただけるのは恥ずかしいです、港町が良くなったのはピステロ様の指導の賜物です。私は運が良かっただけです」
「まだお若いのにご丁寧なごあいさつありがとうございます。本日はナナセさんが宴の手配をしていただいたと聞いております、心から感謝します、ありがとうございます」
ミケロさんはとても礼儀正しい人で、私も釣られて丁寧な受け答えになってしまった。周りの職人さんたちも姿勢を崩すことなく背筋を伸ばして座って食事をしている。王都の中でもエリート集団であることがうかがえる。あの行商隊のプルトとは大違いだね。
「ミケロさん堅苦しいあいさつはここまでにして、みんなで楽しく宴を楽しみましょうよ」
ミケロさんたちはお酒が進むと堅苦しさが少しなくなり、ナプレの港町でやってきた仕事の話を始めた。
「ルナロッサさんが港の交通整理をしたのですよね?あのように入ってくる馬車と出ていく馬車が交錯しないようなルール作りにはとても関心しましたよ、あれは王都の港でも取り入れるべきですね」
なんでも倉庫の周りを囲むように、待ってる馬車にうまく列を作らせ、各倉庫のずっと手前で次の馬車を待たせ、手旗信号により前の馬車の積み下ろしが終わったら列が進むような仕組みに変えたらしい。私にとっては当たり前のことのように聞こえるけど、日本は信号機完全配備の車社会だったので、信号がない無秩序な道しか知らない人たちには、たったそれだけでも大きな改革だったようだ。
そもそも対向二車線左側通行という考え方もなかったようだし、以前は我先にと馬車を倉庫の近くに寄せ、他の倉庫へ行きたい馬車を妨害する上、積み下ろしが終わった馬車の進路を塞ぐ最悪の交通事情だったようだ。馬にもストレスがかかり、荷運び同士の喧嘩や事故も多い上に、非常に非効率的な仕事で時間もかかっていたらしい。
「それに人族では闇魔法を使える者は今まで出ていないと聞いています。ルナロッサさんやピストゥレッロ様が大きな船が到着した際に手助けをして下さっているようで、港町の荷運びは今まで数日かかっていた仕事が一日で終わると喜んでおりました。私ども建築隊は港の倉庫街に関しては道路の舗装くらいしか手をつける必要がありませんでした。王都でも同じような交通整理法を取り入れようと話していたくらいです」
おや、聞き捨てならない話だ。重力魔法は人族には使えないのかな?それじゃ私はこの先どんなに努力しても使えるようにならないのかな、ピステロ様は回路は無事に開いたって言っていたけど。あとでルナ君に詳しく聞いてみよう。
「ナナセさんは第二王子にかなり辛辣だったと聞いてますよ、私たちも含め王都内でも多くの人がナナセさんの行動に共感しています!」
「い、いや、なんか申し訳ないです、アルテ様に対しての発言があまりにも無礼だったもので・・・後で考えたら重罪人として扱われても仕方ない行為だったと反省しているんですけど・・・」
「あの第二王子は駄目なんですよ、子供の頃からひねくれていて、常に第一王子であるオルネライオ様を目の敵にしていました。ナプレの港町の町長に赴任すると、自分の方が国営に向いていると思わせたかったのでしょうね、皇太子の座でも奪い取ろうと考えていたのでしょう。税を取りすぎれば民の気力がなくなることなど、畑違いの私でもわかることなのに」
「確かに、あの頃の港町の雰囲気は最悪でした。私はゼル村のチェルバリオ村長さんしか知りませんから、余計なこととは思いながらも、ゼル村のように協力しあって町を良くしてほしいと思ったんです」
「結果として港町は活気にあふれ、ピストゥレッロ様のような有能な方が指揮をとって下さっているのです。きっかけを作ってくれたナナセさんには、みな感謝しておりましたよ。そうですね・・・言うなれば、ナプレの港町はピストゥレッロ様による強い統率力で一つにまとまっている町で、このゼル村はチェルバリオ様が与える自由で過ごしやすい雰囲気により一つにまとまっている村です。全く違う手段にもかからわらず、双方とも良い結果の出ている希少な領地だと思います」
ミケロさんの意見には、なるほど、と思うことが多い。ピステロ様と村長さんはタイプが全く違うにも関わらず、きちんと結果を出している。こういうのはプロセスなんて関係ないんだね。勉強になる。
「私たち建築隊は立場上、色々な村や町を見てきましたが、この村と港町ほどまとまっている領地はなかなかありません。他には王都よりはるか北のベルサイアの町くらいですね、あそこは現国王の弟君であるラフィール様が成人してからずっと治めておりますから」
「へえ、私はここと港町しか知りませんから。ぜひ行ってみたいですね、馬車でどれくらいかかりますか?」
「王都から早馬でも二週間以上かかりますね、途中山脈も多く、冬場は雪が積もって断絶されてしまいます」
往復で一か月もかかってしまう。王都にも行ったことないのに、そんなところに行ったらアルテ様の精神状態がかなりおかしくなって、半泣きどころか確実に全泣きになる。いつか仲間みんなでのんびり旅に出たいなと思いながら話を変える。
「ミケロさんは村長さんからひとまず孤児院の建設をお願いされているんですよね?その後はどのような開発を考えているんですか?」
「はい、この村にも馬車が通りやすいメインストリートを作ろうとおっしゃっておりました。現在はこの広場の周りに無秩序に民家が建っていますが、東西南北の道を配備し、王都のような街並みにしたいとお考えのようですね。農地や牧場が村の拡張によってもう少し遠くなるかもしれませんが、馬車を多めに配備するようにして、今は徒歩で向かっている農民たちを巡回送迎するような形が理想だとか」
村長さんすごい都市計画をしているのね。馬車が常に動いていれば収穫物の運送もずいぶんと楽になるし、それは私も賛成だ。
「それと、住宅の建物はなるべく二階建て以上にしていこうと思います。今は家族四人くらいで住んでいる小さな家であっても、すべて二階建てに建て替えて行き、いつ民が増えても対応できるようにしたいですね。この村の周りでは良質の木材が多く取れております。職人さえ集めれば、あまり時間はかからないと思いますよ」
「職人さん、全く足りてないですよね。急激な発展の弊害ですよねこれ。なんか根本的な対策を考えないとなぁ・・・」
「ナナセさんはまるで領主教育を受けた方のようですね・・・」
そんな教育は受けたことがないし、これから先も受ける予定はない。けど、アルテ様と一緒にトマト作ってた頃に比べると、私の周りで起こる話の規模がどんどん大きくなっちゃってるよね。
ミケロさんはきちんとした人なので、他にも色々と相談してみよう。
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