2の10 道草を食べる牛たち




 ナプレの港町を出発した私たちは、途中で何度も休憩をしていた。馬車の中で牛が糞をして大変なことになるし、ちょこちょこ牛を馬車から降ろしてあげないとストレスで暴れる。いくら高性能な馬車とはいえ、牛の重さはそうとうなものなので馬の疲弊も激しいので、二匹だけ降ろして歩かせたりしながら悪戦苦闘していた。休憩のたびに牛はあたりの草をモソモソと食べ、その間に急いで馬車の中を掃除する。


「馬車で牛を運搬するのはけっこう大変だねー。何度も休憩してゆっくり進むしかないね」


「姐さん、ゼル村に帰ったら馬車をとことん掃除しときます。俺もこの馬車に食材乗せたりしなきゃならないんで」


 途中からは大量の草を床に敷くことを発見し、多少は掃除の手間が省けたけど、なんかもっとちゃんとした対策を考えないと駄目だね。


「姐さん、ようやく小屋が見えてきました。冬の野営はかなり寒いんで、大量の枝を集めてたき火しないと凍えて死んじまいます」


「そうだね、ハイネは馬と牛の面倒を見ていてくれる?モレさんとルナ君と私でたき火の枝をたくさん拾ってきましょう」


 ルナ君はかなり太い木を大量に拾ってきた。それを『井』の字に組み上げ、中に細い枝をぽいぽいと入れていく。最初は枝が湿っていたので煙ばかり出てしまい上手く燃え上がらなかったけど、モレさんが枝を割いてから使うと良いと教えてくれてからは、安定した感じで燃え上ってくれた。こういう細かいことも狩人ならではの知識だよね、勉強になったよ。


 私はリュックから鍋を取り出し、調理台っぽいところで米を炊く。鍋が一つしかないので、おかずはたき火を使ったヘラジカの直火焼きだ。野営するつもりはなかったからたいした調味料は使ってないけど、肉の脂が火に落ちると程よい煙が上がり、燻製の効果が生まれた。これなら美味しく作れそうだね。


 ほどよく焼き上がったらサバイバルナイフで薄く削いでいき、炊きあがった米の上にひらひらと乗せて塩コショウを軽く振りかける。


「できました、ローストヘラジカ丼ですっ!」


「お姉さまの料理は何を食べても美味しいです!」


「いただきます・・・おお、うめえっす!姐さんうめえですよ!これ」


「シンプルに焼いただけですなのに、俺が焼くよりもぜんぜん美味いなあ、酒がないのが残念だぜです」


「えへへ、ありがとうハイネ、モレさん」


 モレさんには三人衆と違い“さん”付けを続けている。なぜなら強盗されたわけでも、とっちめたわけでもないからだ。本人は呼び捨ててくれと言ってたけど、逆に丁寧な言葉遣いを覚えてくれとお願いしたら、勉強しますと言ってさっそくヘンテコな丁寧語をしゃべり始めた。


 この後、私もヘラジカを食べてみた。見た目は脂がけっこう乗っているにもかかわらずサッパリした味わいだ。前世でお父さんが蝦夷鹿ステーキを食べさせてくれたことがあったけど、それに似てる感じかな。


 おなかいっぱいになると、みんなに“じゃんけん”を教えて見張りの順番を決めた。今回の野営の見張りは、たき火の管理を行いながら馬と牛が逃げないか様子を見なければならないので、けっこうやることが多い。ルナ君は寝ないからずっとたき火の管理をしてくれるようで、残りのメンバーは馬と牛の見張りと仮眠を順番で取った。



 翌日、ゼル村に到着するとアルテ様が駆け寄ってきた。


「ナナセ!ナナセ!ナナセ!」


 いつもの半泣き状態で私をむぎゅりと抱きしめると、その瞬間ブワッ!と暖かく大きな光が発生し、野営したり屋敷のソファーで寝てたりした身体の痛みがあっという間に消えてしまった。そっか、私やっぱりアルテ様に毎晩毎晩この魔法をかけてもらっていたから元気でいられたんだね。いつもありがとう、アルテ様。


「ずいぶん予定より遅かったじゃない!とても心配したのよ!」


「アルテ様ごめんなさい、まさかこんなに移民と荷物が多くなるとは思わなかったの」


「ナナセ、怪我はしていない?体はどこか痛くない?ちゃんと食事はしていたの?ゆっくり眠れたの?」


「大丈夫だよ、アルテ様の顔見たら全部治っちゃった」


 ここでモレさんがアルテ様の暖かい光を見て感嘆の声を上げる。


「すすす、すげえなおい、あれ治療魔法なのか?」


「モレさん、アルテ様はお姉さまに治療魔法をかけるときだけ、異様なまでの効果を発揮するんです。今回は今までで一番長い時間離れていたので、想いが爆発してしまったのではないでしょうか」


 ルナ君の言うとおり、私はアルテ様とこんなに長く離れたことなどなかったね。次に港町へ行くときは一緒の方がいいか、などと考えながら、今回の任務である購買の報告に村長さんへ会いに来た。


「村長さん、大変遅くなりましたっ!」


「ナナセや、よく戻ったのぉ。孤児たちが急に増えてしもうたので神殿では手狭になってしまったからのぉ、さっそく建築隊の連中に新しく孤児院を隣接させるように指示しておいたのじゃよ」


「そうでした、孤児が住む場所まで考えてなかったです・・・建築職人さんたちが来てくれたのはちょうど良かったんですね。それではさっそく、これがお米とお酒を売ったお金です。港町の食材屋さんはとても親切にしてくれましたよ。あと私、羊皮紙弊って初めて見ました」


「ほっほっほ、ずいぶんと高値になったのぉ、ご苦労じゃったな、これで今回の納税分は十分すぎてお釣りがくるぐらいじゃな」


「あとこのお肉・・・実は予定外の狩りをしまして、かなり大きなヘラジカを仕留めました。今日は村のみんなで宴会しようと思うんですけど、いいですか?」


「ナナセ、危ないのは駄目って言ったじゃない」


「ごめんねアルテ様、でもね、ルナ君が魔法でたくさん助けてくれたんだよ!ルナ君すごかったんだから」


「そそ、そんなことないですっ、お姉さまがいなければ、ぼくは一目散に逃げてましたっ」


「それにしてもすごい量の肉じゃな、建築隊や孤児の歓迎会にもってこいじゃ!ルナロッサ、さっそく調理できるものに配ってきなさい」


「村長さん、これでも三等分したお肉の量なんですよ、ルナ君とモレさん・・・あ、新しい狩人の移民なんですけどね、その三人で報酬は三等分したんです」


「なんと!この三倍もの獣とな!わしも若い頃はよく狩に出ておったが、こんな大物は見たことがないのぉ。こりゃ宴会が楽しみじゃわ」


 村長さんへの報告を終えると、次はヴァイオ君の家の工場に行き、鉄の加工についての報告をする。


「親方の紹介のおかげでスムーズに取引ができました。針金にするところまで加工してくれるそうで、納品は一か月後だそうです」


「おおそうか!俺んとこは建築隊から新しく大量の発注が来るからな、金網まで手が回らなかったかもしれねえ、助かったよ。おい!ヴァイオ!お前は金網以外の石材や木材で作るような基礎の部分を今日から作り始めろ!納期は一か月後だ!」


「はい!親方!」


 よし、これで鶏ケージは問題ない。次は竹の話だ。


「馬車に装着したベアリングの性能はすごかったですよ、あれは大成功です、さすが親方です!それで、竹のバネの方はどうですか?次に港町へ行くときは快適に旅ができそうですか?」


「それなら先にもらってた竹をアーチ状に組んで荷台の下に挟んでみようと思ってんだ、今は竹に癖を付けてっから、ちっと時間くれよな」


「期待してますよ、親方っ」


 私は先払いでかなり多めの報酬を手渡し、満面の笑みでプレッシャーをかけてから工場を出た。村の中央広場では宴の準備が着々と行われているようで、私も急いで家に戻ってさっそくヘラジカ料理をしていると、アルテ様も早めに神殿のお仕事を切り上げて帰宅してきた。


「あら、ナナセもお料理を作ってくれているの?」


「これは肉じゃがです。どうしても使ってみたい調味料があるんです」


 ヘラジカの脂が多そうな部分をもらってきて、ジャガイモ、ニンジン、玉ネギを適度に炒める。そこへできる限り薄くスライスしたヘラジカ肉を投入し、醤油とみりんたっぷりで軽く煮る。そう、このみりんをどうしても使ってみたかったのだ。ジャガイモの料理は誰が作っても勝手に美味しくなるので、きっとみんなにも喜んでもらえるはずだ。


「アルテ様にはね、別にヘルシーそうな部位を先にキープしておいたんですよ。この肉じゃがを作り終わったら、宴が始まる前に先に一緒に食べましょう!」


「あらナナセったら。ずっと食事には気をつけているし、ダイエットは成功したからヘルシーでなくても大丈夫よ・・・大丈夫だわ!」


 大丈夫といいつつ笑顔に硬さが見えるし目が泳いでいる。体重チェック禁止になってしまったのでわからないけど、宴の席でアルテ様が大量のヘラジカ料理とお酒を前にしてその意思を強く持ち続けることができないのは明白だ。ここは先にヘルシーなお料理でアルテ様のおなかをいっぱいにしてしまった方がいいのだ。


 私が特権発動してキープしていたのはヒレ肉っぽい部位だ。解体している最中からじーっと見つめて狙っていると、モレさんに「そんな顔しなくても、ナナセが仕留めた肉なんだから優先的に取っていいぜ」と言われてしまった。私、そんな獲物を狩るような目で見ていたのだろうか?とりあえず中央の一番柔らかそうな所を分厚くカットして塩を振り、二枚のステーキを焼く準備を終えた。アルテ様に葡萄酒を用意して、私は似た色の葡萄ジュースで乾杯した。


 二人でぷはーと喉を潤すと、さっそくステーキを焼き始める。この肉は焼いただけで十分美味しいことをヘラジカロースト丼が証明してくれたので、味付は余計なことはせず塩コショウだけのつもりだ。


 かなり分厚いカットにしたので弱い火でじっくり焼いていると、けっこう美味しそうな肉汁が出てきたので気が変わってしまう。肉を焼き終えてお皿にうつし、適当な蓋をして余熱で火を通す。


 そして肉を焼いていた鍋にお酒と醤油をブシャーっと投入し肉汁と合わせて煮詰める。いい感じにトロっとしたソースになったところでさっき作っていた肉じゃがから、じゃがいもとニンジンを拝借して皿に盛り付けると、あとは上から無造作にソースをかけて完成だ。


 やばい、これ絶対美味しいやつだっ!


「ナナセ!とてもいい匂いがするわ!それとお肉を焼いている音がとても素敵だったのよ!」


「あはは、確かに肉を焼く音って素敵ですよね」


 さあ、アルテ様と一緒にご馳走を食べよう!

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