2の12 建築隊と魔法と牧場と




「この村の工場も、常に仕事に追われていて大変そうです。私は二百匹くらい飼育できる鶏ケージの製作を去年からお願いしてるんですけど、なかなか思うように進まないんです」


「鶏を二百匹ですか、ナナセさんはずいぶん大きな事業としてお考えなのですね。この村だけでは卵を消化しきれないのでは?」


「鶏は食肉としても出荷しますよ、卵は今まで希少だったのであまり料理の種類がありませんでしたけど、安くなればたくさん使った料理はいくらでも考えられます。それと、牛も飼育して食肉にしようと思っているんですよ、人が危険な狩りをせず安全に美味しいお肉をたくさん食べられる村にしたんです。美味しいものを食べることは人を幸せにします!」


 思わず力説してしまったけど、大イノシシや巨大なヘラジカの狩りみたいな危険な行為を毎日するのは、私だけじゃなくプロの狩人でも無理な話だ。なによりも危ない行為はアルテ様が悲しむ。


「獣を育てて食べるのですか、それでは狩人の仕事がなくなってしまうのではありませんか?」


「そうかもしれませんね、でも狩人の方々は獣のさばき方も上手ですし、私が何か新しい仕事を考えるので問題ありません。それに生粋の狩人の人は私が何をしようと狩猟の時期になれば森に狩りに行くと思いますし」


「なるほど・・・やはりナナセさんは領主教育を受けたことがおありなのでは?村人に新しい雇用を与えるなど、普通の子供ではとうてい思い浮かばないことだと思いますが」


「私はただの料理好きな村娘ですよ、みんなで美味しいお肉を安全に食べたいだけです。それに、狩人の方たちだって年を取って体が動かなくなってからも森で狩りができるとは思えません。年寄りの多いこの村は、安全に老後を過ごせないと意味がないんです」


 孤児院の次は老人ホームだ。アルテ様が老人たちのお話を毎日聞いていて、これからはデイサービスの時代よ!と言っていたのを思い出し、また新しい事業計画を口走ってしまった。完全に思いつきだけど、こりゃやるしかないね。


「お年寄りが安全に過ごせる村ですか、それは素晴らしいことだと思います。私たち王都直属建築隊はナナセさんの考えに賛同しますよ!なあ、お前たちもそうだよな!」


「賛同します!」

「俺もそう思います!」

「老後はこの村に住みたいと思います!」


 ミケロさんの部下たちまでその気になってしまったようなので、あとで村長さんに相談に行こうと思う。


── カーン カーン カーン ──


 神殿の鐘が五回鳴り響き、宴の終了を告げる。私はアルテ様の元に戻ってから後片付けを手伝う。アルテ様の周りにはナプレの港町から移住してきた孤児たちが集まっていたけど、全員とても眠そうだ。


「アルテ様、先にこの子たちを送りましょう、今にも寝ちゃいそうです」


「そうねナナセ、一緒に神殿まで連れて帰りましょうか」


 私とアルテ様は四人の新しい孤児たちを、それぞれ二人づつ手を繋ぎ、神殿までのんびりと歩く。なんだか大家族で遠くに遊びに行った帰りみたい。


 ふと前世のことを思い出す。家族で遊園地に遊びに行って、遊び疲れて眠くなってしまった私の手をお母さんが優しく引いてくれていた。家まで帰る夜の道は、楽しかった一日がもうすぐ終わってしまう、とても寂しい感覚になったことを覚えている。


 お父さん、お母さん、お兄ちゃん、みんな元気かな・・・私は仲間もたくさん増えて、とっても元気に過ごしているよ。



 今日は朝からルナ君に魔法の特訓に付き合ってもらっている。先日のヘラジカ狩りのときに言っていた「地面を逆さにするようなイメージ」っていうのを実践してみようと思う。


「お姉さま、もしかしたら光魔法が邪魔しているのかもしれません、ちょっと光の回路を閉じてみて下さい」


 さっそくルナ君からお借りした黒真珠を浮かせようと必死に念じているけどピクリとも動いてくれない。光の回路を閉じろと言われても・・・わかんないよそんなのっ。


「どうやって回路が開いて、どうやって閉じるのかわからないよ、光魔法は最初から使えたみたいだし、意識して操作できるものなの?」


「ぼくも重力魔法しか使えないからわかりません」


 光と闇が反対属性なのはわかる。地球にもそういう物語やゲームがたくさんあった。だから光魔法を閉じればいいっていう理屈もわかるけど、それをできるかどうかはまた別問題だ。ちょっと神殿に行ってアルテ様に聞いてみようか。


「ねえアルテ様、重力魔法を使うのに光魔法の回路が邪魔しているかもしれないんです。回路を閉じることなんてできますか?」


「どうなのでしょう、わたくしも意識してそういうことをしているわけではありませんから。でも光魔法は光が少なければ効果も少なくなると思います、暗いお部屋で試してみてはどうかしら?」


 なるほど、光が届かないところでやってみればいいのか。家に帰るとさっそく暗室を作って訓練を再会する。


「むむむむ・・・ねえねえルナ君!黒真珠浮いてない?」


「暗くて見えないですよぅ」


 私は念じるのをやめると、コトリと真珠が机の上に落ちる音がした。やった!成功してたっぽい!でも真っ暗闇の中でしか重力魔法を使えないんじゃ意味ないよね・・・


「お姉さま、もしかしたら目から光を取り込んでいるのかもしれませんね、ちょっと外に出て目を閉じてやってみて下さい」


「なるほど。ちょっと明るい部屋でやってみようか」


 私は部屋を変えると、目を閉じながら木のカップに向かって剣を構える。えっーと、木のカップだけが空と地面が逆になっているイメージで、空に向かって落下するようにぃ…‥・・・


「えいやあっ!」


── カッコーン! ──


「お姉さますごい!完璧です!」


「やった!やったよルナ君!感覚つかめたかも!」


 カップは天井にへばりついて静止いることを確認する。目を開けても落ちてこないので重力魔法は無事成功したみたいだけど、今度は戻し方がわからない。これじゃ剣を軽くしたり重くしたりできないね。


「うーん・・・落ちてこないねぇー」


「そうですねぇー。お姉さまは尋常ではない量の魔子を重力子に絡みつけたのかもしれませんね」


 私にはそういう感覚がなかったので、やっぱりよくわからない。ただでさえ目に見えないものを操っているのだ、ルナ君みたいにカップをプカプカ浮かせるような使い方はまだまだできそうにない。


「お姉さま、今度は空と地面を元に戻すようにかけてみて下さい、また目を閉じて」


「うんやってみる。ぬぬぬ・・・えいっ!えいっ!」


 剣の先から何かが流れていく感覚はある。これは静電気魔法のときの感じに似ていて、きっとこれが魔子を操作しているってことなんだろう。しかしカップは落ちてこない。そのままずっと念じ続けていたら、なんだかめまいのような身の危険を知らせるような、なんとも言えない感覚が頭の中を襲ったので慌てて中止した。手足にも力が入らない。


「なんかすごく疲れたよ。今日はおしまいにする」


「人族は重力魔法が使えないかもしれないってミケロさんが言ってましたもんね、もしそうならお姉さまはかなり無理をして魔法を使っているのかもしれません。少しづつ慣れて行きましょう」


「うん、ありがとルナ君」


 私はソファーに深く腰をかけ、しばらくぼんやりとしていた。ルナ君が私の剣を使い、天井のカップを元の位置に戻してくれた。剣がないと天井が高くて有効範囲外だったそうだ。重力魔法、自信ないなあ。


 しばらく休んでいると急に頭がスッキリしてすっかり復活したので、ルナ君と一緒にエマちゃんとアンジェちゃんに会いに行く。港町で買った綺麗な色の貝を削って作ったネックレスをプレゼントするためだ。今回は貝を星型に削ってみた。きちんと尖った星形ではなく、丸っこいコミカルタッチな感じで可愛く仕上げた。


「エマちゃん、遅くなっちゃったけどこれ、約束してたネックレスだよ、星の形に削ってみたんだ」


「うわー!可愛いー!ナナセちゃんいつもありがとう!髪飾りと一緒に大切にするねーっ!」


「ところでエマちゃん、なんかやたらと動物増えてない?」


「そうなのー、シンくんがね、どっかから拾って来ちゃうんだよねー。でもね、みんなおとなしいから一緒に餌と牛乳あげてるよー」


 例のうりぼうはずいぶんと大きくなっていた。そして同じ柵の中にウサギと猫っぽい動物が増えていた。いや、これ白虎だ。どちらも子供で、シンくんの横で静かに座っている。どこから拾ってきたんだろう?


「シンくん、ちゃんと面倒見れるの?シンくんが飼うの?この子たち」


「くぅーん」


 これは「はいわかりました」の返事なのだろうか?みんな大人しく仲も良さそうなので、しばらく様子を見ることにした。


「お姉さま!お姉さま!ペリコがなんかいっぱい鳥を従えてますっ!」


「そうなんだよねー、ペリコもーどっからから拾って来ちゃうんだー、鶏の餌を一緒にあげてるから大丈夫だよー」


 鶏の柵はさらにすごいことになっていた。まず鶏が猛烈に増えている。そして中央に鎮座するペリコの周りには・・・


「すごい!これチョコb・・・ダチョウだよ!おっきいねえ、それにカモがいっぱいいるし、ハトもカラスもいるじゃん・・・ねえペリコ、あなたもちゃんと連れてきた鳥たちの面倒見てあげなきゃダメよ?」


「ぐわっ!」


 なんでこんなことになっているんだろう?私が遊んであげなかったから寂しくてどっかから拾ってきちゃったのだろうか?なんにせよペリコもシンくんも仲間・・・というより部下をたくさん従えて楽しんでいる感じなので、しばらく様子見だね。

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