2の7 購買担当・ナナセ




 私はカルスと二人乗りの馬で温泉にやってきた。オルネライオ様の白馬に乗ったときと違い、カルスの騎乗は非常に優しく、振り落とされそうになることも可愛くない声を上げることもなかった。


「カルスはオルネライオ様よりも馬を上手に扱うんだねぇ」


「そりゃ光栄です。エマさんの“動物の世話”ほどではありやせんが、俺には馬の方が自然と懐いて言う事を聞いてくれやすです」


 荷運び侮れないね、過去には翼竜を上手く飼いならし、空を飛んで伝達をしていた人もいたそうだ。カルスはそこまでの才能があるかわからないけど、将来は空を飛んでみたいという夢を語っていた。なんか異世界って感じで素敵だよね、私も空を飛んでみたい。


「そんじゃ俺はザッと入って外で待ってます。姐さんはゆっくり入ってきてくだせい」


「カルスもゆっくり入っていいよぉ」


 私は久しぶりの温泉に浸かる。荷馬車に揺られ疲れた体が癒されて幸せだ。周りを見ると中年のご婦人集団がわいわい話していた。


「ピストゥレッロ様、とても素敵なお方でしたわね、あの白い肌と美しい銀髪、それにどこか冷たい眼差しにゾクゾクしてしまいましたわ」


 それなりに丁寧な言葉遣いからして王都の富豪の旅行客だろうか?確かにピステロ様には病的な美しさがあり、ご婦人連中が注目するのもわかる気がする。何百年も生きる元貴族というミステリアスな点も興味を惹かれるだろう。


 久々の温泉なのでゆっくり入りたかったけど、外はけっこう寒いので馬を飛ばして港町に帰ると湯冷めして風邪をひいてしまう。今日のところはさっさと出て町長の屋敷の応接室に戻り、用意されていた毛布にくるまって、ソファーにちっこく丸まって横になる。さあ、明日は色々な所を回らなきゃならないから忙しよ!



「ピステロ様おはようございます、さっそくゼル村からの要望についてお話いたします」


 私は村長さんの要件を手短に話す。税金として取られるくらいなら村の開発費に使いたいので、土木や建築に精通した職人をお借りしたいと申し出る。ついでに孤児を引き取っていいかも確認した。


「なるほどの、この港町でも全く同じことをしておったのだ、王都から建築職人を呼んでおるが、設計はすでに終わっておるので、あとは造るだけである。なのでその者を連れて行って良いぞ、一通り終わったら王都に帰してやれ。なに、期間など気にせんでも良かろう。孤児に関しては好きにするが良い。我に懐く子供などまずおらぬ、アルテミスの元で育つ方が良いことなど明白の理である。」


「ありがとうございます、アルテ様なら立派に育ててくれると思います」


「それとの、港町では農業を切り捨てようと思っておる。冬野菜の収穫が終わり次第、その者たちもゼル村に連れて行くがよい。」


 ピステロ様は完全に漁と貿易と商業に特化した港町にする計画をしているようだ。手広くやるよりも、その方が合理的なのはわかるよ。


「ピステロ様はけっこう思い切った改革をしているんですね、私は菜園もそうですけど、最近は畜産にも力を入れてるんですよ。鶏は軌道に乗ってきましたけど、牛を増やすのに苦労してます」


「牛か、それであれば港町におる牧場の主と交渉してみてはどうだ?数頭くらいなら売ってくれるであろう。我から言うと圧力をかけることになる、許可は貰ったとだけ言ってナナセが直接交渉すると良い。」


「ご配慮ありがとうございます、これでゼル村の村長さんからの要望は以上です。では定期購入のトマトジュースとケチャップを・・・」


 ルナ君に目配せすると馬車からトマトジュースとケチャップのタルを持ってきてくれた。ふたを開けて中を確認したピステロ様の目が輝く。


「おお!待っておったぞ!ナナセも交渉が終わってから出すとは人が悪いの、ルナロッサ、厨房に運んでおいてくれるかの。」


「はい、主さま」


「ピステロ様、冬はトマトが採れないので、持ってきた分で今季はおしまいです。また暖かくなるまで待っていて下さいね、あとこちらのチーズとドライフルーツはおまけです、赤い葡萄酒とよく合うと思います。両方とも私の牧場と菜園の子供たちが作ってくれたんですよ!」


「トマトは夏まで我慢か、あいわかった、感謝する。このチーズと果実干しは素晴らしい出来栄えではないか、貴族時代を思い出したぞ!」


 ピステロ様への贈り物は喜んで頂けたようだ。ついでに私はかねてから考えていた壮大な計画の相談をする。


「ピステロ様、あの、ビニールハウス・・・えっと、なんか魔法でこう、暖かいままの透明な小屋とか作れませんかね?ちゃんと太陽の光が届きつつ、寒さをしのげる感じで。そういうものができれば、もしかしたら冬にトマトを栽培することができるかもしれません」


「ほほう、冬も暖かく光も届く小屋よのう・・・ガラスであるな。ガラス張りの小屋を作れば良いのだな?」


「そう!それです!まさしくそんな感じです!私、週に一度は手入れに来ますので、ナナセガーデン・ナプレ支部を作りましょう!」


「ガラスは希少であるからの、少しづつ買い集めることになるが、次の冬にはガラスの小屋を完成させてみせようぞ」


 私はふところを痛めずに、とても良い実験場の確保ができそうだ。ピステロ様、絶対にガラスの温室を完成させてねっ!



「ゼル村のアルテ様に会いたい人ーー!」


「はいはいはい!」「はい!」「ぼくもぼくも!」「あたしもー!」


「神父さん、孤児をゼル村に連れて行くことで、何か問題はありますか?ピステロ様には先に許可を得ています」


「いいえ、見知らぬ人が連れて行くのであれば心配ですが、ナナセさんとアルテさんでしたら、こちらからお願いしたいくらいですよ」


 孤児院の子供たちはゼル村の住人になってくれることがあっさりと決まった。これでアルテ様も喜んでくれるかな。


 さて次は農家の人たちだ。土地に愛着とかありそうだし、あんまり無理して連れて行くことはできないよね・・・あんまり自信ないから農家は後回しにして、鉄の塊の加工を先にお願いしに行くことにした。


「おう!町長を追い出してくれたナナセのお願いならゼル村の工場の紹介なんていらねえよ!喜んでやってやるぜ!でも今は建設ラッシュでかなり忙しいんだ、一か月くらい時間をくれねえか?」


「親方、それで十分です!ありがとうございます!」


 私はルナ君にお願いして鉄の塊を製鉄所に運び込むと、木の板に稚拙な絵を書いて用途を一生懸命説明する。


「こんな感じで鶏を一匹づつ金網で仕切って、卵がこちら側に転がってきて、私たちが集めやすいような小屋を作りたいんです、金網の部屋は百・・・いや二百匹分くらい準備したいと思っているんですけど」


「なんだ、ずいぶん変わった鶏小屋を作るつもりなんだな、だったらインゴットじゃなく金網用の太めの針金を作ってやるよ、曲げ加工しやすいように銅なんかの混ぜ物もしなきゃならねえだろうしな、もちろん料金はきっちり頂くぜ!」


 株式会社七瀬の資本金は私とアルテ様とルナ君のものを合わせれば軽く数千万円はあるのだ。鉄の加工ごときにケチるわけがない。


「お金に糸目はつけません!超高品質なものを願いしますっ!」


「ははっ、ナナセは若いのにやり手商人みてえだな。一か月後に取りにきてくれよ、やってみないとわからねえから料金はそん時だ!」


 よし、これでずっと停滞していた鶏ケージがずいぶん進んだ。次は村の納税のために食材屋さんに米と酒を売らなければならない。


「おや、ナナセちゃんじゃないか、次は春って言ってたのに、ずいぶん早いお戻りだねえ。また居酒屋の手伝いに来てくれたのかい?」


「いいえ、実はゼル村の購買担当になりまして・・・」


「ああ、穀物や酒だね、毎年のことだから大丈夫だよ、数えるから待ってておくれ」


 食材屋さんは袋の中の米や麦のタルの中の酒の品質までかなり真剣に検品しているので、けっこう時間かかりそうだ。


「ルナ君、雑貨屋さんに行ってくるから、ここで待っててね」


「はい、お姉さま」


 私はルナ君に立ち合いを任せ、雑貨屋さんに竹を買いに行く。これは馬車のスプリング替わりに加工して束ねて使おうとしている分で、在庫は港の倉庫に置いてあるそうなのでまた待つことになってしまった。仕方がないのでその間にアクセサリ屋さんに来て、ネックレスの留め金部分だけをいくつか購入した。これはエマちゃんとアンジェちゃんに私たちとお揃いのものを作ってあげたいのだ。


「あと綺麗な貝があったら欲しいです、加工は自分でしたいんです」


「へえ、ナナセちゃん自分で細工もできるのか」


 虹色に輝く貝ほどではないけど、綺麗な貝をいくつか売ってもらい、大量の竹を馬車に積み込み、食材屋さんへ戻ってきた。


「ゼル村は豊作だったんだね、支払いは羊皮紙弊で用意したよ」


「おお、これが羊皮紙弊!私初めて見ました!」


 羊皮紙弊とは小切手のようなもので、今回のような大きな取引に使われることが多く、店は大量の純金貨を持たずに済むかわりに両替商に手数料を支払って発行してもらうそうだ。ちなみに手数料は店側の負担なので私たちに影響はない。


「けっこうシンプルなんですね・・・」


 羊皮紙弊には金額が大きく書かれ、食材屋さんと両替商のものと思われる署名がしてある普通の紙切れだった。地球のお札みたいに偉人さんの絵が描いてあったり、精巧な透かしがあったりするものではない。せっかくなので眼鏡を使ってむむむと凝視してみる。


「うわっ!光った!なんか模様が出たっ!」


「ナナセちゃんは剣だけじゃなく魔法も使えるんだったね、それが魔法刻印ってやつだよ、なんでも羊皮紙弊に治癒魔法をかけることで確認するそうだ。あたしたちじゃそんな風に見ることはできないけどね」


「なるほど、これで不正がないように管理しているんですねぇ」


 ゼル村の収入である大切な羊皮紙弊をバスケットの奥にしまうと、いよいよ農家への交渉へ向かうことを決意する。なんか怒られるような予感がするので足取りが重いんだよね・・・

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