2の8 久々の狩り




「お断りじゃ!」


「そうおっしゃらずに・・・」


「ご先祖様からずっと育ててきたこの土地からわしらは離れるわけにゃあいかん!けえれ!」


「ですよねー・・・」


 農家の人との交渉は案の定そういう展開になってしまった。私はスゴスゴと引き返し、町長の屋敷に行ってピステロ様に相談する。


「ふむ、確かに土地への愛着は農民の方があるよのう、我も見落としておった、嫌な思いをさせてしまったの、ナナセ。だがな、あそこの農家は代替わりができておらぬ、早かれ遅かれあの農地を管理する者はいなくなる。このまま好きにさせておくしかあるまいか・・・」


「近代化によって失われたものって私の国にもたくさんありましたから。頭では理解はできますけど、いざ自分が対面してみると、あまり気持ちのいいものじゃありませんねぇ」


「領地を治めるというのはそういうことであるの。厳しいことを言うようだが、ナナセも今のように多くの人を使う立場に立っておれば、非情な采配をせねばならぬときも来よう。良い勉強ではないか。」


 ピステロ様の話は為になることがとても多い。経営者は時には非情な決断も必要なんだよね。できる限りそういうことが起こらないように努力しなきゃならないと、私は決意を新たにした。


「お姉さま、あまり考えすぎないで下さい。そんな怖い顔していると、またアルテ様が心配してしまいますよ」


「わっはっは、ルナロッサも大人になったよの!」


 その後、昨日やり残したことを一つ一つ終わらせていく。黒い牛は扱いにくいので売っても全く困らないとの事で、若いオスとメスの組み合わせで四頭の仕入れに成功した。ゼル村に連れていく建築職人は一人だけなのかと思ってたけど、どうやら王都から派遣されてきたチームになっており総勢八人もいた。人も牛も一度で運ぶのは無理なので、港町とゼル村でピストン輸送をすることになった。まずは建築職人の八人と孤児の四人を村までカルスに輸送してもらう。私とルナ君は港町に残り、カルスが戻ってきたら牛四頭を乗せてゼル村に戻る。


 つまり、カルスが戻ってくるまで二日ほど暇になってしまった。


「ルナ君、たまには狩りでも行ってみようか」


「ぼくこの鎌で狩りしたかったんです!すぐ行きましょうお姉さまっ!」


 相変わらず嬉しそうに禍々しい鎌をギラリンヌと輝かせ、今にも出発してしまいそうなルナ君に待ってもらい、居酒屋を手伝っていた頃に見たことのある狩人に声をかけ、明日にでも一緒に連れていってくれないかとお願いすると、剣士ナナセなら大歓迎だと言ってもらえた。剣士ナナセ・・・うむ、いい響きだ。


「えっと、モレッティオさん、どんな獲物がねらい目なんですか?」


「やっぱ鹿だろうな、あれは肉が美味い。もちろんイノシシも冬を越すために脂が乗って美味いぜ。熊も出るが俺たちじゃ手に負えねな、もし会っちまったら一目散に逃げるか、罠を仕掛けて捕るんだ」


「あの南の山には熊なんて出るんですか、なんか怖いですね。私、足手まといにならないようにがんばりますね!」


「おう!俺に任せとけってんだ!」


 翌日、さっそく狩人のモレッティオさんと例の温泉が出た南の山へ向かった。なんでもピステロ様が狩りの激アツスポットを教えてくれたらしく、港町の狩人はこの南の山で仕事するのが日常となっているらしい。ハイネが無償奉仕のときに一緒に狩りに行っていたのがモレッティオさんだったようで、私やルナ君のこともよく知っていた。おかげで最初から好意的に接してもらえたから助かったよ。


「このあたりから入って山頂を目指すんだ。途中に水場が何か所かあって、その近くに集まっている獲物がねらい目だな」


「モレさん、頼りにしてますよっ!」


 私たちの装備は、モレさんが弓で、ルナ君がロープや食料を入れた大きなリュックを背負いつつ鎌を手に持っていて、私は剣だけだ。


 ほどなくすると子鹿が歩いているのを発見した。しかし、狩人同士のルールで子供の獣はなるべく狩らないことになっているらしく、もし罠で捕まえてたとしても逃がしてあげるらしい。


「よし、親の鹿が近くにいるかもしれねえから、このへんに罠を仕掛けておこうか。ルナロッサ、一人でできるか?」


「はいっモレさんっ」


 ルナ君は足がバチンと挟まる罠を枯れ葉で隠すように仕掛けた。近くの木の枝に布をしばりつけて目印にすると、再び山を登る。ところどころに雪が凍っていて滑りやすいので注意して歩いていると、少し背の高い草が生い茂る草原のような景色の開けた場所に出た。そこには小さな池もあり、ピステロ様が教えてくれた“激アツスポット”に着いたのだろう。私はキョロキョロと周りを見回していると、モレさんがサッと片手をあげた。


「いたぞ、大ものだ、あれは鹿か?」


 獲物はかなり遠くにいるようで、私は目が悪いので目視をあきらめて、モレさんの指示を信じて剣を握りながらしゃがんで待機だ。


 モレさんがその獲物に向かい、さっそく弓を放ったみたいだけど何も反応はなかった。そのまま無言で次の矢を引きながら草原の奥まで素早く移動したと思ったら、驚いた様子ですぐこちらに走って戻ってきた。


「やばいのがいたぞ!でっかいヘラジカだ!あんなの弓じゃ狩れねえ!林の中に逃げるぞっ!」


「ええっ!?ルナ君っ!逃げるよ!」


 でっかいヘラジカとやらがこちらに猛然と走ってくる。近づけば近づくほど凶悪そうな自己主張をする大きな角と、馬よりもはるかに大きな身体を確認できた。あの尖った角で弾かれたら確実に死ぬ。これは絶対に戦ってはいけない相手だ。


 モレさんは比較的走りやすそうな木の少ないところをヘラジカに追われながら走っていった。つまり、おとりのような感じで走って行ったので、林の中に逃げ込んだ私たちと完全にはぐれてしまった。


「モレさん大丈夫かなあ?探した方がいいよね・・・」


「お姉さまの判断に任せますが、あのヘラジカっていうのは大きくて怖いです。ぼくの魔法は効果範囲が狭いですし、だからってとても近づけるような相手には見えませんし・・・困りましたね・・・」


「私だってあんなのには近づけないよぉ」


 私たちは姿勢を低くしてヘラジカに見つからないようにおそるおそる進みながらモレさんを探す。狩りの最中は小声だったけど、はぐれてしまった今のこのケースは、大きな声で叫んでいい場面だろう。


「モレさぁーーーん!」

「大丈夫ですかあーー!」


 モレさんを探しながら池のある草原まで戻ってきたけど見つけることはできなかった。ルナ君と一息入れてから気合を入れなおし、モレさんが走って逃げていったと思われる方角へ向かった。しばらく進むとルナ君が木の上で弓を構えているモレさんを発見した。


「モレさーん!大丈夫ですかぁ!」


「バカっ!なんで逃げてねえんだよ!俺は大丈夫だから早く逃げろ!急いで山を降りるんだ!」


── ギャオーーーー! ──


「うわああ!こっち来ちゃったぁああぁっ!」


 モレさんが登っていた木の周りをうろうろしていたヘラジカが私たちに気づいて突進してきた。とてもじゃないけど逃げられるような速度と距離ではなく、仕方がないので剣を握る両手により一層の力を入れ、しっかりと正面を向いて構えた。せめて足だけにでも攻撃が当たってくれればいいんだけど・・・


「うりゃああーー!」


 雄たけびを上げながら突進してくるヘラジカの足元に向かって剣を振る。できるかぎり姿勢は低く、横向きで剣を振り回す。しかし私のへなちょこ剣筋ではヘラジカの足を捉えることができず、軽くピョンと飛び越えられてしまった。慌てて姿勢を立て直しながら様子を見ると、ヘラジカの方も勢い余ってずいぶん先まで通り過ぎてしまったようで、足場の悪い山の中で巨体にブレーキをかけるのに苦労しているように見えた。


 追撃するか逃げるか迷っていると、ルナ君が鎌を片手で私の横へ持って飛び込んできた。そのまま私の手から剣を奪い取ると、鎌と剣の二刀流でヘラジカに向かって走り込んでいった。なんかすごい!ルナ君かっこいい!


── ビシュッ!ビシュッ! ──


 私とルナ君に気を取られていたヘラジカに、木を降りて走ってきたモレさんの弓が命中した。効いてるのかわからないけど、突然攻撃されたことで少しひるんでいるようで、その足どりは確実に鈍っている。


 そこへ両手に武器を持ったルナ君が飛び込むと、私の剣をヘラジカへ向けて抑え込むような重力魔法をぶつけた。するとヘラジカは膝をカクリと折って上からの謎の圧力に屈したかに見えたけど、すぐに魔法に抵抗してぐぐぐっと立ち上がり、凶悪そうな角をルナ君に向けた。


「ルナ君っ!危ないっ!」


「お姉さまっ!大丈夫ですっ!」


 ルナ君は私の剣を投げ捨てると、禍々しい鎌を両手でしっかりと持ち直してから大きく振り上げた。鎌の刃が一瞬光を吸い込むかのような不思議な輝き方をすると、ヘラジカの頭に向かって超高速で振り下ろされた。そこで鎌にかけてある重力魔法を解除したのだろうか、鎌の重みと振り下ろした力のすべてが凶悪そうな角の片方を捉え、そのまま見事にへし折ってしまった。


── ギャピィーーー! ──


 片方の角を折られたヘラジカはかなり怯んでずざずざと後退する。前に走るのは早くても後ろに動くのは不器用なようで、逃げるというより腰を抜かすような後ずさりをしている。



 そこへ走り込んで行ったルナ君が、ふわりと浮くようなジャンプをしてヘラジカを飛び越した。


 なにその重力ジャンプ!?私もやってみたいっ!

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