2の5 新メニューの開発(後編)




「麻婆豆腐が食べたいなあ・・・」


「ナナセ、脂っこいお食事はお肌に悪いのよ?」


「豆腐はわりとヘルシーだと思いますっ!」


 アルテ様は走りながら畑に治癒魔法をかけまくる謎のダイエット法により、いつもの透き通るような肌を取り戻していた。えいえい言いながら必死の形相で畑を走り回るアルテ様の姿に、畑仕事をしていたルナ君とアンジェちゃんは言葉を失い、ただ見守るしかなかったそうだ。体重については私の眼鏡で見られるのを異常に嫌がるようになってしまったのでよくわからない。


 私は豆腐を作るべく、アンドレおじさんの畑で採れた大豆を絞った豆乳を買ってきた。ついでに搾りかすももらってきたので、利用法を考える。塩や砂糖が入っていない、完全な成分無調整豆乳なので、きっとおいしい豆腐ができるだろう。


 ところでにがりって何だろう?それを混ぜると豆腐になるということは知っているけど、それが村で売ってるとは思えない。私は食材屋さんを訪ねて、豆乳を固めるようなものがないか聞いてみる。


「にがりってのはわかんねえな、ゼラチンならあるからそれでやってみたらどうだ?」


「なるほど!それで作ってみます!」


「美味いもんできたら、また食堂で出してくれよ!」


 私は前世でパンナコッタなら作ったことがある。豆乳であれに近しいことをすれば豆腐っぽいものができることを期待してゼラチンを大量購入した。


 いきなり豆腐は作らず、試しにパンナコッタを作ってゼラチンの固まり具合を確認する。作ったことがあると言っても何年も前だ、細かい分量など覚えていない。こういうのは沸騰させちゃ駄目なんだよね、弱い火力でゆっくりゆっくり混ぜながらゼラチンもちょっとづつ入れて確かめながら・・・


 ここまで作って気づいた。冷蔵庫が無い。仕方がないので適当な器に移して庭に放置した。もう冬なのでけっこう寒い、うまく固まってくれればいいけど・・・


 ここまでやってもまだ豆腐作りに取りかからず、次は食堂のおやっさんに相談に来ていた。


「あの、豆板醤、えっと、豆を発酵させたような味噌、んーっと、とにかく辛くてドロッとした調味料ないですか?」


「醤油屋か米酒屋行け」


 なるほど。発酵食品だから、チーズ作る謎の液体みたいなものを持ってるかもしれない。私はまず醤油屋さんにやってきた。


「ナナセちゃん珍しいね、どうしたんだい?」


「えっと、豆と唐辛子を発酵させて辛い調味料を作りたいんですけど、どうやったらいいかわかんないんです」


「ああ、麹だね、作り方は先祖代々の秘伝だから教えてあげられないけど、ちょっと作るくらいなら分けてあげるよ、でも発酵するまで何日かかかるよ?」


「それです!麹です!ほんの少しだけ分けてもらえると嬉しいです!」


 私は無料でもらってくるわけにもいかず、エマちゃんのチーズと交換してお酒屋さんに向かった。


「おっナナセちゃん、どうしたんだ?」


「豆を使った発酵調味料を作ろうと思って相談に来たんですけど、米のお酒を造るときにも麹って使うんですか?醤油屋さんで少し分けてもらったんですけど」


「あー、醤油作るやつじゃ酒があんまり甘くなんねえんだ、使ってるもんは全然違うよ、ちょっと作ってるとこ見ていくかい?」


 私は巨大なタルを開けて見せてもらった。そこには私の知っている調味料が入っていた。


「こっ、これはみりんですねっ!」


「みりんていうのか?知らねえなあ、これはまだ甘くて飲めたもんじゃねえし、酒にもなってねえんだ、ここに酵母を入れると甘みが酒に変わるんだぜ」


「それでいいんです!これ売って下さい!お酒になった時の倍の料金をお支払いします!」


「べつにいいけどよぉ、こんなの何に使うんだ?」


「もちろん料理ですよ、この甘みは砂糖や蜂蜜じゃ出せないんですっ」


 思わぬ収穫だ。私は米のカスが入ったままのみりんと思われる液体をタルに分けてもらい、倍の料金を払ってホクホク顔で帰宅し、布で丁寧に濾しながら絞って、正真正銘みりんを手に入れた。


 みりんを濾しながら、私は豆板醤作りに挑戦する。大豆を叩いて鍋に入れ、ついでに豆乳を絞ったカスの大豆と、もやしの大豆もちぎって入れてみる。そこに鷹の爪を細かく刻んだものを入れ、水を入れてゴリゴリ回しながら煮詰めていく。


 こんなもんでいいかな?というくらいまで豆が柔らかくなったら、醤油屋さんにもらった麹を投入して放置だ。何日くらいかかるのかよくわからないけど、毎日眼鏡で様子を見ればいいよね。


 豆板醤の仕込みが終わったら庭に放置していたパンナコッタの様子を見る。良い感じにプルンプルンしているので、これは大成功だ。この村にはお菓子が少ないので、きっとみんな喜んでくれるだろう。私は食堂にそのまま持って行き、みんなで一口づつ味見をして、材料費だけもらって帰ってきた。手伝いに来ていたバドワが痛く感動していたので、味に問題は無いだろう。



 数日後、豆板醤の様子を見ると、出来上がっていたのはサラサラとした辛い豆の漬物だった。見た目はキムチに近い。つまり失敗だけど、腐っているわけではないのでこのまま使うしかない。


 それと同時にいよいよ豆腐作りを始めた。これはゼラチンでうまく固まってくれたので成功と言っていいかな。確か木綿とか絹ごしとか種類があったと思うけど、そういう製作過程は無かったので、むしろ楽に作れて良かった。


 さっそく豆腐のようなものを持参して食堂に行き、ひたすらイノシシと鶏肉を叩いて合挽き肉っぽいものを作った。牛はなかなか手に入らないけど、何年かしたらエマちゃんが良質なものを出荷してくれることを期待している。


「ナナセちゃん、パンナコッタ評判よかったよ、食後の口直しに少しの量で売ったけどその日に売り切れちゃったよ」


「今度はそれに卵を混ぜたプリンっていうのも作ってみますね!」


 さっそく麻婆豆腐作りをしてみたけど、ゼラチンで固めた豆腐は熱々にすると溶けてしまったので、麻婆のソースと豆腐は別々に提供することにした。まあ似たようなものだ、むしろ新食感だ。


「それで、ニンニクとショウガとネギと、あとこの挽肉を炒めて、謎の豆の辛い調味料とサンショウで味を調えます、最後にコーンスターチでとろみを付けてソースができあがりです。どうですか?おやっさん」


「やってみる」


 おやっさんは手際よく野菜を刻み、挽肉を炒め始めた。何も言わなくても正しい順番で火を入れて行くのはさすがである。謎の豆の辛い調味料はペロッと味見した後、適量を使ってくれた。良かった。



「アルテ様、ルナ君、これが麻婆豆腐だよ、ご飯の上に乗せて食べると美味しいんだ」


「豆腐っていうのは大豆から作っているの?不思議ね、あの豆がこんな風に柔らかいものになるなんて」


「お姉さま、この辛さが心地いいですね!」


「豆腐はヘルシーだけど、豆乳を作るのが大変だからあんまり作れないかなあ、豆腐の代わりにナスとかでも同じようなもの作れるから、また何か考えるね」


 ラーメンチャーハンセットのような脳に直接訴えかけてくるような喜びはなかったけど、それなりに美味しく食べてもらえた。豆腐が少ないので今日は私たちと三人衆、それと食堂夫妻の分だけにして、他のお客さんには別の物が出ていた。


 帰り道でアルテ様がぽつりとつぶやいた。


「ナナセ、わたくしのためにヘルシーなメニューを考えてくれたのね、ありがとう」


 自分が麻婆丼を食べたかっただけです、とは言えず、私はうつむいて無言になってしまった。申し訳ない。


 これでしばらく本気の料理はお休みにしようと思う。気が向いたらアルテ様のために甘さ控えめのヘルシープリンでも作ってあげようね。

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