2の4 新メニューの開発(前編)
「ラーメン食べたいなぁ・・・」
「お姉さまは食べることが本当に好きなんですね」
私たち日本人は、日本人であるにもかかわらずラーメンやハンバーガーがソウルフードだった。イタリア料理屋の娘である私ですらそうなのだ、ここは頑張って近しいメニューを作るための努力をしてみよう。
「私は今から豚骨ラーメンを作ります!」
アンジェちゃんから分けてもらった大豆で、まずはもやしを作ってみる。水に漬けて放置しておけば勝手に芽が出るかと思ったら数日たっても反応がない。チート眼鏡で見てみたらあまり健康状態がよくなさそうだったので、水を交換してから治癒魔法をかける。
頻繁に水を交換することで健康状態を保つことができ、数日したら芽が出てきた。よし、あと少しだ。
「もやしが完成しました!」
「お姉さま、これを食べちゃうんですか?普通このように芽が出たものを畑に移し替えるのでは」
「ううん、これでいいの。次はスープだね」
食材屋さんに来ると、ハイネが獲物を捕まえまくっているようで多くの肉が並んでいた。私はイノシシの三枚肉と一番太い骨、それに鶏の骨と皮を買い込んだ。
「おやっさん!一番大きな鍋を貸して下さい!」
「勝手にしろ」
バドワが邪魔だったので、釣りにでも行きなさいと追い出す。今日の食堂は私がお手伝いさんなのだ。
おやっさんから今日もこころよい返事を頂いたので、さっそくイノシシと鶏の骨を水から煮ていく。肥料に回すような野菜のクズや、魚の骨もお頭ごと適当に入れてみた。ニンニクは包丁で叩き潰し、味がよく出そうな感じにして放り込んだ。あとは弱い火でじっくりじっくり灰汁を取りながら煮込む。ただひたすら煮込む・・・
「変わったコンソメだな」
「はい、太い骨の髄が溶けだしていい感じになってきました。この汁は脂っこい方がいいんです。コンソメみたいに何度もこしたりせず、このまま使うんですよ」
次は角煮だ。これは前にも似たようなものを作ったことがあるので問題ない。今回はできるかぎり日本で食べていたラーメンに近づけるため、塩分と糖分をしっかりと効かせておいた。この世界の味付は全体的に薄いんだよね。
「これ入れとけ」
おお香草類、月桂樹とローズマリーかな?イノシシの三枚肉はけっこう獣臭いから良いかもしれない。八角がない分、これで私の知ってる味に近づくかも。
保存食の魚の練り物を薄くスライスしてナルト的なものを用意し、豚骨スープの大きな鍋で茹で卵をいくつか作る。それをしながら角煮のタレの味を調整して、ラーメンスープの素を作る。
さらに隠し味である鶏油を作る。大量に買ってきた鶏の皮を少量の低温油で煮るようにする。しばらく他のことをしながら放置していると、皮からたくさんの油が染み出していた。ヤバい、カリカリになった皮の方も美味しそう!
そしてついにもやしの登場だ。茹でるか炒めるか悩んだけど、ここはたっぷりの油で炒めておいた。もやしにはコーンスターチをまぶしたので水分はあまり出ない。準備は完璧だ。
「おやっさん、一人前だけ作ってみるので、手を休めて待ってて下さい!」
「ん」
私は食堂にある小麦麺のうち、一番太いものを選んで茹でる。スパゲッティのような食感なので知っているものとは少々違うけど、ラーメンの麺がどのようにできていたのかよく知らない。今後の課題だね。
硬めで上げてしまうとせっかくの豚骨スープにあまり絡まなそうなので、茹ですぎくらいまで火を通し、お湯をしっかり切る。
角煮のタレベースのスープの素に脂がプカプカ浮いているような豚骨スープを注ぎ、軽く混ぜる。茹でた麺をスープに入れ、角煮と練り物、炒めたもやしを素早く乗せて最後に鶏油とコショウをかける。
「おやっさん完成です!伸びないうちに一緒に試食しましょう!」
── ずぞぞぞぞ ずぞぞぞぞ ──
おやっさんは木のフォークで食べている。私は当然おはしだ。おやっさんに「これは吸って食べていいんですよ」と言うと、クルクル巻くのをやめてズルズルと麺を吸いながら食べ始めた。
「ふむふむ、いいなこれ。おい!お前も喰ってみろ!」
いつになく饒舌なおやっさんの大絶賛を頂き、客席の掃除をしていたおかみさんも味見する。おかみさんの顔がほころぶ。
「ナナセちゃん、あんたやっぱり天才だよ!あたしゃうちの旦那が作る小麦麺より美味いもん初めて食べたよ!これは今日の夕食で出せる量があるのかい?」
「もやしがあまりないけどキャベツが代わりになるし、スープはたっぷりあります。ラーメンを大盛で出すのではなく、チャーハンとセットで出しましょう」
おやっさんにチャーハンの作り方を説明する。従来のピラフと違い、油をたっぷり使い、一気に仕上げるようにお願いする。二~三回作ると、私なんかよりもよっぽど美味しそうなパラパラチャーハンを完成させてしまう。ちなみにパリパリになった鶏の皮はチャーハンに回した。
豚骨スープと麺を茹でるためのお湯にずっと火にかかっているし、鶏皮チャーハンはできるだけ強い火力が必要なので厨房の中はかなり暑い。普段の洋食屋風の厨房とは違い、ここは戦場になっていた。
・
「今日は久々にナナセちゃんの考えたラーメンチャーハンセットだよ!あたしも食べたけど最高に美味いよ!」
おかみさんが今日のおすすめをごり押しする。当然みんなおかみさんのご指示に従ってラーメンチャーハンセットを注文する。私とおやっさんは炎天下の戦場のような厨房でひたすら料理を作り続ける。私がラーメン担当で、おやっさんがチャーハン担当だ。
「美味い!これ美味いよ!ズルズル、このピラフも美味い!さすがナナセちゃんだ!」
「わたくし、ナナセの料理は大好きですよ、あらこのお肉、くせがなくてとろけるようでとても美味しいわ、おかみさん、エールのおかわりいただけますか?」
「姐さんの手料理をこうやって食べられるのは本当に幸せっす!俺このまま死んでもいいかも・・・」
「あの豆を水につけておいただけの芽が、こんなにシャキシャキした食感で美味しく食べられるのですね、さすがお姉さまは天才です!」
「ぐわっ!」「がうっ!」「ぷひっ!」
なんか人間じゃないお客さんまで来てるんですけど!?しかも共食い?
私とおやっさんは休む間もなくひたすらラーメンチャーハンセットを作り続けた。バドワが皿洗いの手伝いに来てくれたので厨房はますます狭くなり、暑い。
評判が評判を呼び、このセットは一週間も作り続けることとなり、最終日にいたっては村の住人ほぼ全員が来店することになってしまった。最終日の営業が終わると、私とおやっさんは完全に燃え尽きていた。
「なんだいあんたたち、こんなにお客さんが来てくれたってのに、だらしないねえ!」
「うっせえ・・・真っ白な灰になっちまった気分だ・・・」
「おかみさん、さすがに今日はおやっさんに優しくしてあげて下さいよ・・・私もヘトヘトです」
「そうだね!あんたたちよくがんばったよ!でもあたしだって忙しかったんだ、ちっとは褒めておくれよ」
「おかみさんもすごかったですよ、あんなに待たせてもみんな喜んで帰って行ったじゃないですか」
私たちは三人でひっそりと乾杯し、店の片付けが終わった頃に迎えに来てくれたアルテ様と一緒に帰宅した。
・
「ナナセたいへんよ!肌荒れしてしまっているわ!」
翌朝、顔を洗っていたアルテ様が慌てふためいていた。この村に鏡はないけど、顔を洗っているときに触って気づいたらしい。確かにアルテ様の透き通るような肌にニキビらしきものができている。私は初日に味見をしただけで、あとは全く食べていない。ずっと作っていたらなんかもう、それだけでおなかいっぱいになっちゃったんだよね。でもアルテ様は一週間ラーメンとチャーハンなどという脂っこいものを食べ続けた上にエールのおかわりもしまくっていたのだ。
「アルテ様・・・えーっと・・・とても言いにくいのですが・・・肝臓っぽい数値が・・・」
「あと身長156センチ体重58キロです。」
ラーメンチャーハンセットは危険なので、しばらく禁止になってしまった。
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