1の21 北の森探索隊




「そういえば私、剣の修行なんて全くしてませんね」


「最近のナナセはお料理ばかりですものね」


 行商隊のプルトから調味料を大人買いした私は、最近は料理ばかりしている。その中でも特に揚げ物が好評で、倉庫の家のかまどで試作して上手く行ったものは次の日の食堂おすすめメニューとなる。必要な食材はおやっさんが準備してくれるので、私はおやっさんと一緒にひたすら調理する係だ。


「今日はナナセちゃんのカラアゲだよー!」


 おかみさんも村人にどんどん勧めるので売れ残ることはない。それどころかナナセの日などと言われていつもの倍くらいのお客さんが来るので、おやっさんと二人で調理場はてんてこ舞いだ。


 私は年老いた鶏は優先的に回してもらい、カラアゲやチキンライスを、イノシシがあればトンカツ的なものを、週の半分くらいは食堂にやってきて今日のおすすめとして出している。報酬もはずむので、やりがいがあるのだ。


「この“ケチャップ”っていうのは、見た目と違って本当に美味いな、ナナセが考えたんだろう?」


「アンドレさんはトマトなんて美味くないから絶対に食べないんじゃなかったんですかっ!」


「本当に美味いよ、悪かったなナナセ、俺の負けだ、完敗だ」


 この世界ではトマトはせいぜいスープに入るくらいだった。アンジェちゃんがコツコツと育ててくれているので、私は土に治癒魔法をかけるのと、育ったやつの収穫しかしていない。日本のサラダでよく食べていた丸いタイプではなく細長いタイプなので、基本的に潰してトマトジュースやトマトソースとして使うようにしている。


 それとケチャップの製造はけっこう苦労した。前世では完成したものをスーパーマーケットで買ってくるのが当然だったので、何が入っているのかよくわからない。たぶん塩胡椒と玉ネギとあとは酸味だろうなと思って作ってみても、ひと味足りず、なんともぼやけた味になってしまう。うーん。


「おい、ニンニクと鷹の爪を一緒に混ぜてみろ」


「おやっさんそれです!たぶんそれで合ってます!」


 その後もしばらく試行錯誤し、調理酒や糖分も加えて私の知っている味にずいぶんと近づいた。おやっさんはイモのフライに添えたり、大量に作った小麦麺に混ぜて付け合わせにしたり、次から次へと私が地球で見たことあるような使い方をする。これならケチャップを大きな町に売りに行けば儲かるかもしれない。こんど村長さんに相談してみようかな。



「全員揃ったかー?今日の隊長は俺が勤める。よろしく頼むなー」


 アンドレおじさんが隊長で北の森探索隊が組まれた。倉庫の家の前に集合し、ロープや弓矢、それに水や食料なんかも忘れていないか全員でチェックする。アルテ様は村で一人で待ってるとまた心配で泣いちゃうという理由でついてきた。食料と水をたくさん持つ係で、ちょっと重そうだけど戦闘を担当するわけではないのでしょうがないね。


 アンドレおじさんは今日は剣ではなく弓だ。剣は私一人いればいいだろ?と言ってヴァイオ君と二人で弓矢のチェックを行っている。サポート係は牛舎のおじさんが来てくれて大荷物を背負っている。前回の狩りのときも、この大荷物のおかげで色々と助かったんだよね。


「よし、いったん休憩するかー」


 すでに森の奥まで入った私たち探索隊は、大きな岩がいくつかある所で休憩にした。狩りに来たわけではないので、なんだかピクニックのような雰囲気だ。アルテ様が私の作った焼き菓子と紅茶を笑顔で配っているのも、ゆるい雰囲気になっている要因の一つだろう。


「特に異常ないですね、私の思い過ごしでしょうか」


「何もないならそれにこしたことはねえよ、せっかく来たんだし二~三匹獲物を捕まえて帰ろうぜ。ナナセがうろちょろしてればイノシシが勝手に吸い寄ってくるかもしれねえしな」


「イノシシホイホイみたいな言い方しないで下さいっ!」


 休憩を終えると、さらに森の奥へ進む。木が密集していて、少し暗く空気も涼しい。私もキョロキョロしながら進んでいると先頭のアンドレおじさんが「止まれ」の合図をした。全員に緊張が走る。


── グルルルル グルル ──


 誰かが仕掛けた罠に狼がかかっているようだ。ヴァイオ君と来た時の狼と同じくらいの大きさだけど、どう見ても弱っている。


── ぷひぃ ──


 あらら、すぐ近くの別の罠にうりぼうもかかっているね。こっちは獲物というより、なんだか虐待しているような罪悪感がある。罠はギザギザのついた輪っかで、スイッチを踏んだら折れ曲がってバチン!と閉じるあのタイプだ。私とアンドレおじさんはゆっくりと罠にかかっている狼に近づいて様子を伺う。


「ありゃ狼の子供だな。狼ってのは群れで行動することが多いんだ、大人の狼がいるかもしれねえ、周囲の警戒を忘れるなよ。ヴァイオは木に登って様子を見てくれ、サポートの二人は最後尾で待機だ」


 アンドレおじさんの言葉で全員にあらためて緊張が走る。アルテ様は水などの重い荷物は地面に置き、指揮棒を構えてキョロキョロしているけど、その指揮棒で何かできるようには見えない。牛舎のおじさんは荷物を背負ったまま走るつもりらしい。


「ナナセ、狼の足か首を一気に斬り落とすんだぞ」


 剣を持っているのは私だけだし、やっぱそうなるよね・・・私は覚悟を決めて剣先を向けながら狼に近づく。すると狼がぷひぷひ鳴いてるうりぼうをかばうような動きをした。金色に輝く目の光は鋭いまま私をじっと見つめているけど、罠のせいで少し弱っているようにも見える。好戦的に襲ってくるような気配はなく、不思議とその目は私に何かを語りかけているように感じた。


 この狼、私に何かを伝えたいんだろうか?


「アンドレさん、この子、悪い狼じゃないかもしれない、こないだヴァイオ君と会った狼と同じ子で、その時も決して襲ってこなかったの」


「狼に良いも悪いもあるかっ!」


「あります!私ひとまずうりぼうを助けてきますっ!」


 アンドレおじさんが弓を強く引き狼に向けて撃とうとしていたので、その射線上にわざと体を入れながらうりぼうの罠を外して剣の先から治癒魔法をかけてあげ片手で抱き上げる。


「アルテ様、こっち来て!」


 アンドレおじさんを完全に無視して、アルテ様にうりぼうを渡して引き続き治癒魔法をかけてるようにお願いする。さあ次は狼だ。


 じっとこちらを見据えて「グルっ」と唸っている狼にゆっくりと近づき、罠を外してあげようとする。もちろん剣は背中のさやにしまって、敵意がないことをわかってもらう。私は目が悪いので近くまで来て気づいたけど、前足の二本とも罠にかかっていた。


「大丈夫よ、罠を外してあげるから私のこと食べないでね」


「くぅーん」


 あれ?言葉が通じたのかしら。罠を外しやすいように体を倒し、甘えん坊の子犬のような鳴き声を出した。けっこうしっかりと喰い込んでしまった罠を苦労してはずし、アルテ様が私に寝る時やってくれるのを真似して狼の傷ついた両前足を優しく握り治癒の魔法をかけてみる。


 以前、村の子供が怪我したときに同じようなことを試したけど、そのときは治癒魔法は成功しなかった。剣を使わず手だけで治癒魔法が使えたことは今まで一度もなかったのに、狼を救いたいと強く願っていると次第に暖かい光が傷口に集まってきた。


 成功したのかもしれない!


 すると、その暖かい光に気づいてアルテ様が私と狼のところへやってきた。アルテ様もこの狼の様子が気になるようで、私と一緒に狼の傷に手を添えて何かを考えているようだった。


「ナナセ、この子は創造神様の使いのようです。すでにナナセの眷属になっているみたいだわ」


「えっ?眷属?私、神様じゃないのに?」


「おいおい眷属ってなんなんだよ・・・本当におまえらは不思議な二人だよなぁ・・・」


 アルテ様が久々にピーヒャラ音を使って狼に話かける。狼はそれに同意するかのように、目を静かに閉じて頭を下げた。この眼鏡でも神族語とやらは聞き取れないので何を話しているのかはわからないけど、まあアルテ様がおかしなことを話しているとは思えない。


「狼さん『#UQTN)<?』」


「くぅーん」


「【七瀬、説明するわ】」


 ここから先のアルテ様の説明は久々に聞く日本語だった。


 一緒に来てくれた村のみんなに、私が異世界人でアルテ様が女神様っていうことを知られるわけに行かないから配慮してくれたのだろう。どうやら創造神は私たちが転移に失敗したのを知り、あまりにも頼りないので眷属を送り込んできたっぽい。北の森で獣たちが狂暴化したのはこの狼の影響のようで、強い生命力を持つ新たな森の主が誕生したと思い興奮していたのかもしれないとの事だ。


 これでもう森の獣たちも落ち着いていて、以前のようにイノシシがしつこく襲ってくることもないんじゃないんじゃないかと、アルテ様はとてつもなく自信なさそうに教えてくれた。


「ということは私たちの新しい仲間なんですね、また名前を付けてあてなきゃっ!それじゃあぁー・・・」


「ナナセ、ゲレゲレは駄目ですよ」


「うううっ・・・」


 アルテ様に思考の先読みをされてしまった。なんか悔しい。

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