1の22 新しい仲間




 私たちは倉庫の家のロフトに新しいベッドを作り、傷口が塞がっただけでまだほとんど歩けない狼の世話をしている。食材屋さんから獣の骨をたくさんもらってきて食べさせてあげたら喜んでかじっていた。


 ちなみにゲレゲレという超強そうな名前を却下された私は、この子は神使だからシンジと名付けた。表情はないけど嬉しそうに見える。


「シンくん、これからよろしくね!」


「ナナセは獣ともすぐ仲良しになれるのですね。シンくん、わたくしもよろしくお願いしますね」


「がう」



 今日はアンドレおじさんとトマト菜園へ来ている。ケチャップを気に入ってしまったので、菜園の新しい支え木作りを積極的に手伝ってくれるようになった。やっぱ男の心を掴むには胃袋を掴むのがいいってお母さんも言ってたのは正解だったようだ。今度は干し肉と玉ネギとトマトソースの小麦麺を作ってあげよう。削って粉にした硬いチーズをかけると美味しいんだよね。


 ちなみにそんなお母さんは、プロのコックであるお父さんの料理によって胃袋を掴まれていた逆パターンだ。私だってお父さんの美味しい料理にがっちりと胃袋を掴まれていたし、しょうがないよね。


「おいナナセ、あんまり危ないことはしてくれるなよ、俺はヒヤヒヤで嫌な汗だらだらだったぜ」


「ごめんねアンドレさん、理由はわからないんだけど、あの狼は悪い子じゃないって確信があったんです。あ、狼じゃなくて、シンジって名前を付けてあげたから、シンくんって呼んでいるんですよ」


 さっそく添え木を立てる作業をチマチマとしていると、アンジェちゃんが手をぶんぶん振りながらテケテケと駆け寄ってきた。行商から高価なアクセサリを買ったときにおまけでもらったブロンズ製のバレッタを耳の上あたりに付けていて、私とアルテ様がしている物と形だけは同じデザインなので、お揃いっぽくてなんだか嬉しい。二つもらったので、もう一つは当然エマちゃんにプレゼントした。


「ナナセちゃぁん!肥料用に貝殻と卵の殻ぁ、いっぱいもらってきたよぉ!」


「アンジェちゃんありがとう、一緒に貝を砕こっか」


 食堂がケチャップを大量に買ってくれるようになったので、アンジェちゃんはほとんど専属でトマト菜園のお仕事をしている。最近のアンジェちゃんとエマちゃんは大人顔負けの報酬を得ているやり手の村の子供だし、私は食堂のお手伝いが大評判なので毎日が楽しい。


「伸びすぎた枝を切ったりぃ、元気なさそうな芽や実はどんどん取っちゃってるんだぁ、こうした方がね、甘くて美味しいトマトができるのぉ」


 さすがアンジェちゃん、摘果みたいなことを完璧にやっているようだ。これならトマト菜園をさらに広げてもいいかもしれないし、何か新しいものを育て始めてもいいかもしれない。考えておこう。


 私は大きめに熟したトマトを五個ほど収穫し、アンジェちゃんと一緒に元気に「ありがとうございましたー!」と枝に向かってお礼を言ってから、アンドレおじさんと三人でかじりついた。私はちゃっかり塩を持参していたので、かじりついた面に途中から塩をふりかけながら食べる。うん、甘さが際立って美味しい。生産者の特権だねこれは。


「さてと、次は牛舎だな」


 ヴァイオ君に任せっきりになっている牛舎と鶏小屋を見に行く。アンドレおじさんも手伝ってくれるみたいで、ついてきた。助かりまーす。



「エマちゃーん!ヴァイオくーん!」


「ナナセちゃーん!待ってたよー!」


 さっき収穫したトマトの残りを一つづつ渡して、休憩してもらいながら二人の話を聞く。牛舎はだいたいできたけど、屋根の部分は二人じゃないとやりにくく、お父さんである親方の手が空くのを待っているそうだ。アンドレおじさんが代わりに手伝ってくれる約束をしていたので、こっちは完成間近だね。


 鶏小屋の方はあまり進んでいない。私が考えているのは現代の養鶏場のように、ひたすら餌を食べてひたすら卵を産ませるような長屋ケージだ。言葉にするとなんだか可哀想な感じがするけど、安くて美味しい卵を大量に生産するためにはしょうがない、ここは村の発展のためと割りきらなきゃね。ヴァイオ君は私が要求する鶏小屋がなかなか想像できないようで、微妙に設計図の修正を繰り返しているので完成はまだまだ先かな。


 エマちゃんは、何匹かひよこを産ませることに成功していた。タルの中に枯草をうまく敷いて、卵を産み落としやすそうな巣を作ってあげたらしい。最初は卵拾いが楽になると思ってやってみたそうだけど、結果として卵を温める部屋として最適だった。牛さんはそう簡単に増えないので、まずは鶏さんをどんどん増やしてもらいたいね。


「そうそう、うりぼうはどうした?」


「えっとねー、ひとまず牧場のはしっこを柵で区切ってー、そこで放し飼いしてるのー。まだ赤ちゃんだからー夕方からはロープでつないで牛舎の屋根の下で寝かせてるけどー、すごく元気だよー」


 あのとき助けてあげたうりぼうは、食べちゃうのは心が痛むので飼う事にした。きっと親と離れてしまっただろうし、せっかく私とアルテ様で治癒魔法をかけて生き残ったんだし、元気に育ってもらいたい。


── ぷひぃ ぷひぃ ──


 あらやだ可愛い!私を見つけてよちよちと走って寄ってきた。まだ足の傷は完全に治ってないようで、びっこで走ってる。私のことがわかるのかな?抱き上げて牛乳をあげてみると、くぴくぴ飲んでくれた。たくさん飼育してイノシシ肉の安定供給に、なんて考えもしたけど、こんな姿を見てしまってはもう無理だ。イノシシ肉は野生のを捕まえてくることにして、倉庫の家に帰ってきた。


「ただいまー」


「がうがうっ!」


 シンくんが少し元気になったようで、ひょこひょこロフトから降り、家の入口まで迎えに来てくれた。私は犬と同じように首やお腹をよしよしと撫でてあげると「くぅーん」と気持ちよさそうな声で目を閉じる。「まだ怪我が治ってないんだから、あんまり動き回っちゃ駄目だよ」と話しかけるとしゅんとしてしまった。そのしぐさもまた可愛い。


「ねえアルテ様、あとで村長さんのところに森の探索隊の調査結果を報告に行きませんか?」


「そうね、でも創造神様の仕業とは言えないわね、どうしましょう・・・」


 二人でお湯ざばーをした後、村長さんの家に向かった。もう森の獣たちは元に戻りましたよと説明し、なぜ狂暴化したかはシンくんが新しい森の主だと思って興奮したんじゃないかと報告してみた。


「また獣たちが暴れ出しても、ナナセが助けてくれるじゃろ?」


「あはは、努力します。そうだ村長さん、ケチャップを大きな町に売りに出したいのですが問題ないですか?アンジェちゃんが頑張ってトマトを育ててくれてるから、少しでも多く報酬を出してあげたんです」


「ふぉっふぉっふぉ、ナナセはもう立派な商会主じゃのぉ、売れた分から少しだけゼル村に税を収めてくれればええよ」


 商売が軌道に乗ってきたようで、なんだか楽しいね。



「そういえば私、剣の修行を全然していませんね」


「最近のナナセは商売のことばかりですものね」


 ほんの数日前にも全く同じことを考えていたはずだけど、最近はますます修行から遠ざかっている。アンドレおじさんは何も教えてくれないし、最低限の筋トレもできていないありさまだ。


「こんなことではいけないので、今日は情報収集を行います!」


「ナナセ、そんな無理に修行をしなくてもいいと思うのよ」


 アルテ様はあまり気にしていないようだけど、私は剣の修行どころか、修行の仕方すらわからない。このままでは田舎の実業家として人生を終えてしまいそうだ。それは創造神との約束的にもまずい。


「せめて正しい素振りの仕方や、足さばきなんかだけでも知って、毎日基礎の反復練習とかしなきゃいけないと思うんです!」


 こういったことは何年もかけて体に覚えさせるものだろう。素振りをするのが大切そうなのはわかるけど、間違った素振りを繰り返して変な癖がついてしまっても困るし、何も考えずにただ振ってるだけなら畑でくわを振っている方がいい。本来は相手あってこその剣術だし、素振りだけじゃなく竹刀や木刀で実戦形式の練習だってしなきゃいけないはずだ。


「ということで、情報収集とアンドレさんへの抗議に行ってきます!」


「はいはい、いってらっしゃい、気をつけるのよー」


 牧場と菜園の治癒魔法えいえい日課を終え、枝豆くらいまで育った大豆を嬉しそうに収穫しているアンドレおじさんの畑まで来た。


「アンドレさん、今日は正しい素振りを教えて下さい。あと足さばきとか基本の型とかあったら教えて下さい。何か一つだけ教えてくれるまで帰りません。私は自慢の弟子なんですよね?そう言いましたよね?」


 アンドレおじさんが酔った席で言った言葉だけど、とにかく筋トレ以外の何か第一歩を踏み出したいのだ。


「ナナセなぁ、せっかく才能あるんだからよぉ、お前は魔導士を目指した方がいいと思うぞー?いくら剣を扱えるようになっても、ちっこいナナセじゃ剣が相手に届かねえよ」


「これからどんどん育つんですっ!」


「それよりどうだ、弓の練習してみたら。またカモを捕まえてきてくれよ、野鳥はすぐ逃げるからなかなか食えねえんだ。そうだ!そろそろ魚も食いてえなあ、釣り行くか?けっこう楽しいぜ?」


「もういいですっ!おじさんのバカっ!」


「おじっ!おいっ!」


 私はアンドレおじさんをシカトして村長さんに相談することにした。

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