1の20 王都の行商隊(後編)




「アルテ様はどんなアクセサリが好きなんですか?」


「これなんてどうかしら?」


「わぁ、可愛いですねー」


 アクセサリは高い。金属や宝石が希少なので、ほとんどが貝殻や不思議な模様の虫の殻などの品物が並んでいる。虫は嫌いなので、せっかくだから宝石を使った可愛いのが欲しい。アルテ様が選んだのはシルバーの小さめなバレッタだ。いくつか赤や緑の小さな宝石が埋め込まれていてキラキラと輝いている。同じようなものがもう一つあるみたいだし、これに決めようか。


「それではこの髪留めを二ついただけますか?」


「んんー?これは値が張るけど大丈夫なのかい?」


 女性の行商が「本当に払えるの?村娘が」という顔をしている。アルテ様はともかく、私は田舎の村娘そのものなのでしょうがないね。


 アルテ様が純金貨を二枚(二十万円相当)出したとたんに手もみスタイルになった女性の行商は、宝石の入っていないブロンズのバレッタを二つ、おまけに付けてくれた。どうやら宝石入りは今回持ってきた中で一番高価なアクセサリだったらしく、全部売れてほくほく顔だ。


 そういえば私のチョーカーに埋め込んである金色に輝く宝石は他人から見えると危険だからという理由で皮をかぶせて隠してある。せっかくだからチラッと見せて価格を確認しようとしたら腰を抜かしてしまった。やっぱこれは高価なものなんだね、今後も隠しておこう。


「アルテ様につけてあげますね、わー、可愛い!」


 さっそく耳の上あたりにお揃いの髪飾りを付けてご機嫌のアルテ様と手を繋いでフリマを見て歩いていると食材屋さんを見つけた。


「うわぁあぁー!調味料がいっぱーい!テンション上がるぅー!」


「ナナセにはアクセサリよりも調味料の方が宝石なのね」


「あはは、そうかもしれないです」


 すり鉢のような木をくり抜いた器に色々な食材がサンプルで並んでいて、そこに器ですくって一杯分価格が書いてあるようだ。注文すると馬車から大きな袋を持ってきて、量り売りするシステムかな。ここには村の女性が集まってわいわいとやっていて、食堂のおやっさんとおかみさんも来ていた。


「おやアルテさんとナナセちゃん、調味料を買いに来たのかい?」


「はい、色々と作ってみたい料理があるんです」


「ナナセちゃんは料理もできるのかい、今度うちの食堂を手伝っておくれよ。毎日忙しくて忙しくて」


「お手伝い行っていいんですか!そうだ、さっき包丁も買ったんです、自分で選んだから気に入ってるんです」


 さっき買ったばかりの包丁を出して見せると、おかみさんよりもおやっさんの方が反応した。あごに手をやり小難しい顔で包丁を色々な角度から眺めると、小さく「ふむ」とうなずいた。どうやらそれが手伝いに来てもいいというサインだったようで、まさに寡黙な職人といった感じで同じポーズと怖い顔に戻り並んでいる食材を眺めている。


「うちの旦那も許したみたいだし大歓迎だよ、でも最近は色々と始めちまって忙しいんだろう?手が空いたときでいいからおいで」


「ありがとうございます、おかみさん!おやっさん!」


 調味料と言っても、塩や胡椒などの当たり前のものから、料理酒、菜種油や小麦粉っぽいものもある。この食材の行商の人だけ馬車二台で来ているようで、在庫もいっぱいありそうだ。その中でも高価なのが砂糖や蜂蜜、メープルシロップっぽい甘味の類だ。


「アルテ様、調味料を大量に買い込んでいいですか?」


「ええ、ナナセの知っている料理を作るには、この村で手に入る分だとちょっと足りないものね」


 私はアルテ様の許可を得たので、さっそく行商の人に注文する。半年に一度しか買えないので、たっぷり買いだめないとね。


「これとこれとこれとこれとこれと・・・」


 片っ端から食材を選ぶ。


「あとこれとこれはさっきの馬車から出してた大きな袋ごと売ってもらえませんか?それと油もタル二杯分下さい」


「はぁ?」


 ここぞとばかりの大人買いである。周りの村の女性が「ナナセちゃんがまたなんかやってるよ」みたいな事を言って微笑ましく見守ってくれている。食堂のおかみさんは「おいおい新しい食堂でも始めるつもりかい」と言いながら笑っている。


「おい小娘、冷やかしならどっか行ってくれ」


 しかし、食材屋の行商がシッシッと手を振り全く取り合ってもらえなかった。なにこの人、むかつく。


「そんなっ!お金ならちゃんと払いますっ!」


「小娘に払えるわけねえだろ、だいたいお前さん、この村で見たことねえ顔だな、新参者に売ってやる食材はねえ。こっちゃ忙しいんだ」


 食材屋は他の村人にも最初からどこか高圧的だった。王国の役人だからこんな小さなゼル村の人などバカにしているんだろうか?やたらと上から目線で強気だ。他の村人たちもざわざわとしながらおじさんを睨み始めた。


 私が子供だからって販売拒否は許せないよね。


 そちらがその気なら私も権力を使ってみようか。


 まずアルテ様にお願いして王国直営神殿の神父さんを呼んできてもらう。あの神父さんなら平等なジャッジをしてくれるだろう。私は村長さんを呼びに行き、ゼル村できちんと生活基盤を整えて過ごしていることを説明してもらおう。あと警察を呼んで立ち会ってもらう。ここでいう警察とはアンドレおじさんで、本来の仕事は村の護衛と行商人のチェックだったはずだ。本来の仕事をしてもらおう。


「この村でトラブル起こすとはけしからんのぉ、名を名乗りなさい」


「村長さん、へへっどうも。行商隊のプルトといいやす」


「ほほう、行商隊長のネプチュンは元気でやっておるかの?あいつとは長い付き合いでのぉ」


 どうやらプルトと同じ行商隊の先輩の名を出して脅しているようだ。これはなかなか効果があったようで、プルトは額に汗を浮かべてへこへこしている。


「俺は護衛のアンドレッティだ、行商が起こしたトラブルは王国に報告することになるが、それでいいか?」


「アンドレってぃ!?とっトラブルなんてめっそうもない!子供がおままごとで買い物ごっこしてるんじゃないかと勘違いしたんでさぁ!」


 なんか苦しい言い訳をしてるけどそんな態度ではなかった。


「プルトさん、アルテさんとナナセさんはこの村できちんと生活をしている村人ですよ、他のどんな村の子供よりもしっかりしていますし、アルテさんは神殿に非常に貢献して下さっています。もしナナセさんに食材を売らないとおっしゃるのであれば、私はナナセさんに今回の神殿の分をすべてお渡ししたいと思います。そして、国王に食材が足りなくなったと連絡することになりましょう。原因については、村長と護衛から連絡が行くでしょうから私からは何も申し上げませんがね。」


 うわあ、神父さんいい人で村一番の優しい人かと思っていたけど、村一番の怖い人だったかもー!


「ででで、ですがこの小むす・・・ナナセさんに注文受けた量は純金貨二枚分、いや三枚分くらいでして・・・そんな大金を持ってるとはともて思えんのですが・・・」


「アルテ様っ、払っておやりなさいっ!」


 隣でひかえおろうのポーズで輝く純金貨を袋から出すアルテ様と、その後ろにズラリと並ぶ大人たちの中心に立つ私は、がっくりとひざまづくプルトをめいっぱい上から目線で眺めて商談を成立させた。



「みなさん、ありがとうございました。先生にチクるみたいで、ちょっとズルかったし可哀想なことしちゃいましたかね?」


「ふぉっふぉっふぉ、いいんじゃよ、あのくらいで」


「それにしても村長さんは王国に顔が効くんですね、とても頼りになりますっ」


「おいおいナナセ、村長は正真正銘の王族だぞ」


「ええーっ!?そうだったんですかーっ!」


 なんでもこの王国はずいぶん前に革命みたいな戦争によって貴族制度が廃止になり、各領地に王族が領主として配置されたそうだ。国土のすべてが直轄領となり、村や町の長は必ず王族が勤めるらしく、村長さんは現国王陛下の父の兄、つまり叔父さんに当たり、チェルバリオ殿下と呼ばれているらしい。


「ハハぁーっ・・・」


 私は村長さんに向かい最大の敬意を払っているポーズで地面にひれ伏す。つまりジャパニーズ土下座だ。王国とか貴族のルールは知らないけど、プルトも地面に伏してたし、たぶんこれで合ってるよね。


「ふぉっふぉっふぉ、頭をあげなされ、この村ではみんな平等じゃよ」


「おそれいります、村長さまぁー」


 どうりで村の外に勝手に牧場や菜園を作っても何も言われないと思ったら王族の領主さんだったのね。


 私、この村の発展のためにこれからも頑張って働くよ!村長殿下!

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