1の19 王都の行商隊(前編)
今日の夕ご飯はいつもの三人にくわえ、村長さん、牛舎のおじさん、養鶏場の自由な人、木材屋さん、ヴァイオ君、ヴァイオ君の工場の親方のお父さんとお母さん、あとアンジェちゃんとエマちゃんも誘ったので賑やかだ。
「そんじゃ、カンパーイ!」
大人チームはエール、子供チームは果実水で乾杯だ。なぜこんなことになったかというと、ナナセファームとトマト菜園を成功させるための決起集会らしい。ただ集まってお酒を飲みたいだけな気もするけど、なんだか事業っぽくなってきたし、こういうのも必要なことなのだろう。地球の中学生じゃ絶対に経験できないようなことなので、とても心が躍る。私、本当はこういうことがしたかったのかな?
なぜか一緒に乾杯していたおかみさんとおやっさんが調理場へ戻り、今日のおすすめを配ってくれた。みんなで和気あいあいと食事を始めると、村長さんが嬉しそうに話しかけてきた。
「わしゃ最初にナナセの目を見ただけで、こりゃ特別な娘じゃ、本物じゃとわかっておったわい。ゼル村の発展はナナセに任せるぞい」
「ええーっ、まだ始まってもいないじゃないですかぁ、失敗するかもしれないから期待しないで下さいよぉ」
村長さんには何かと親切にしてもらっているし、畑なんかの良い場所を融通してもらっているので恩返しをしなければならない。なんか本物とか言われちゃって少し恥ずかしいけど頑張らなきゃ。
次はヴァイオ君と牛舎のおじさんが嬉しそうに話しかけてきた。
「こんな短期間で全く違う仕事を色々と始めちゃうなんて、ナナセさんは本当に天才ですよ。狩りの腕もすごいですしっ!」
「そうだよな、あんとき俺ぁナナセに命を救ってもらったからな、これ以上の恩はねえんだ、なんだって手伝ってやるからな!」
そんな立派なものじゃないと思うけど、大イノシシを仕留めたのは確かに自信になった。ちゃんと剣士への道を歩けているのだろうか?このままだと農家か牧場の人になりかねない。
「おいおい、ナナセは俺の弟子だぜ。俺の自慢の弟子なんだから、こんくらいできて当然だだよなあ、アルテさん!」
「わたくし、ナナセのすることでしたら何でもお手伝いします、だってナナセには、わたくしのすべてをささげたのですからっ!」
ちょっとちょっと、この褒め殺し展開はなんなのです。お酒が入っているとはいえ、かなり恥ずかしいのでやめてもらうために話を変えようと思う。実はずっと気になってることがあるんだよね。
「あのあのっ!ご期待に添えるようにがんばりますけどっ!実は皆さんに聞きたいことがあるんです。北の森の話なんですけど・・・」
みんな静かになってくれた。
「私たちを襲った狼や大イノシシもそうなんですけど、狩りに行ってる人たちの話を聞いていると、どうも北の森にいる獣たちが狂暴化していると思いません?今までこんなことってあったんですか?」
「ねえなあ、ほとんどの獣は、ちょっと逃げれば諦めて帰ったけど、最近のはしつこく追ってきやがる」
「それで、もう一度様子を見に行こうと思うんです。何か原因があるかもしれないし、アンドレさんとヴァイオ君も一緒に来てくれませんか?北側はトマト菜園があるから荒らされたりしたら嫌なんです」
アンドレおじさんには「気にしすぎじゃねえの?」と言われたけど、結局村長さんの許しを得て北の森探索隊を結成し、十日後の朝に集合して様子を見に行くことが決まった。
・
今日は村に王都からの行商隊が来ている。馬車十台の大所帯だ。昨日の夕方に到着して村長さんの用意した部屋に泊まり、今日は中央広場が市場になるらしい。
アルテ様は王都で時間調整済みの砂時計や、神殿に配給される生活用品を受け取ることになっているらしい。各地方にある神殿は王国の直営らしく、衣類や布や糸、調味料や保存食、それと王国各地の最新情報が記載された瓦版のようなものが年二回の行商隊を通じて運ばれてくそうだ。行商隊っていうのも王国の役人らしく、二十人くらいやってきているようで、税徴収なんかもこの人たちが行うそうだ。
ちなみに王国に納める税金の捻出は村長さんのさじ加減みたいな所らしく、近くの町で定期的に作物をまとめて売ったお金で収めるらしく、村の中の物価が安いのは税を差し引いた後の価格でやりとりしているからと教えてもらった。
行商隊の帰りの馬車には、この村の特産品であるお米や大豆、それを加工した食材を購入して他の村や町で売るそうだ。なるほどね、消費税みたいなものを住人から回収するシステムなんて作れないもんね、合理的だけど小さな村だからこそできてるのかな。
「アルテ様、お昼の鐘の頃に中央市場で待ち合わせませんか?一緒にお買い物しましょうよ」
「ええ、わたくしもそのつもりで神父さんにはあらかじめ許可を頂いているのよ。ナナセと一緒にお買い物するのが楽しみだわ!」
神様とはいえ、やはり女性だ。お買い物をするのが楽しみのようで若干機嫌がいい。私は木の板に牧場と菜園に必要そうなものを書き出しておかなければならないので、牧場のエマちゃんに会いに来た。
「エマちゃんおはよう、何か牛舎に必要なものある?今日は市場でお買い物をするから、一緒に買っておくよ」
「えっとー、牛さんを洗うブラシとかー、お古のを貰って使っているんだけどー、せっかくだから新しいのが欲しいかなあー?」
「わかったよ、なんか良さそうなのがあったら買っておくね」
牛さんを洗うブラシや繋いでおく縄、それとデッキブラシ的な掃除道具はすぐに壊れてしまうらしく、頻繁に交換しなければならない消耗品だ。餌の問題はクリアしているけど、道具に関しては見様見真似なのでよくわからない。牛さんが増えたらけっこう細かいところでお金がかかるかもね。他にも牛乳やチーズを入れるタルがたくさん必要か、なんて考えながら菜園にやってきた。
「アンジェちゃんおはようー」
「ナナセちゃん!このトマトすごいねぇ、どんどん育ってるよぉ」
トマト菜園の手入れはアンドレおじさんにお願いしようとしたけど、「あんな美味くないもんの手入れはしねえ」って断られてしまったので結局アンジェちゃんにお願いしている。朝の水やりと虫取りくらいなので、他の仕事に行く前に簡単に様子を見てもらっている程度でもぐんぐん育つ。私は稚拙な治癒魔法を土に向かってえいえいとかけてながら、アンジェちゃんにも必要なものを聞いてみる。
「とくに必要なものないかなぁ、あ、でもこのトマトどんどん育つからぁ、支える木がもっと大きくて丈夫なものが必要になるかもぉ。商人さんから買うようなものではないかなぁ?」
支え木の増設はアンドレおじさんかヴァイオ君にお願いしよう。トマト菜園は順調そうななことを確認して、村の中央広場まで戻ってきた。
「さあ!美味い酒が勢ぞろいだよ!」
「王都で流行の可愛いアクセサリだよ!」
「有名職人の包丁だ!よく切れるぜ!」
村の中央広場は私の知っている地球のフリーマーケットのようになっていた。行商の人が地面にござを敷いて、背後の馬車から出したと思われる商品を並べている。早くアルテ様と一緒にお買い物したい。
「ナナセ、お待たせしました」
「アルテ様待ってたよー、思ってたより早かったんですね」
神父さんが初めての行商隊でお買い物をするアルテ様に気を遣って、届いた荷物整理を他の村人に頼んでいたらしく、午前中の神殿の掃除だけして帰ってきたようだ。神父さん、やっぱいい人だね。
「ナナセは必ず買わなければならないものはあるの?」
「えっとね、牛さんの体を洗うブラシと丈夫なロープとタルかな。あとはどんなものが売ってるのかわかんないから、見てから決めます。アルテ様は欲しいものありますか?」
「わたくしはナナセとお揃いのアクセサリが欲しいわ、うふふっ」
アルテ様が可愛いこと言ってる。女子力高いなあ。私は家畜の世話グッズのことばかり考えているというのに。
「くーださーいなっ!」
「お嬢ちゃん、牛を洗うブラシはないけど、この竹を細かく割いて針金でまとめれば長持ちするものが作れるぞ」
「なるほどー、じゃあそれ三個作れるくらいと、あと丈夫なロープを下さい」
色々と見て回る前に、先に必要なものを揃えていく。まずは材木や鉄などを扱っている材料屋さんっぽい行商の人から色々と買う。竹はこのへんに生えているのを見たことがないので少し多めに買っておこう。金属を加工したものは希少なので針金はけっこう高かった。
「この包丁は王都の南の村にいる有名な鍛冶職人が打ったんだ、切れ味抜群だからちょと見ててみな!」
ニンジンをすっぱすぱと切り、馬の口に放り込む実演販売のようなことをしている行商の人に村の女性が集まっている。確かに切れ味が良さそうだし、私は剣を固定して果実を切ったりしていたので包丁一本くらいは欲しいかな。あとアンジェちゃんやヴァイオ君が持っていたギザギザがついたようなサバイバルナイフも売ってた。
「けっこう切れ味が良さそうですねぇ。どれどれ・・・」
何本か手に取って光に当て、綺麗に光が反射して歪みのないものを何本か選ぶ。今度はむむむんと目に力を入れて眼鏡を通して成分を見てみる。こっちの鉄の方がきちんと結合してるからしっかり打ってありそうだ。
よし、これが買いだ!
「お嬢ちゃん、若いのに刃物の見方が一流の職人みたいだぞ。先に選んだ何本かも仕上がりのいいやつばかりだったし、かなりの確かな目利きだ、すごいなあ。まいどありっ!」
「えへへ、お父さんが料理人だったので。いい買い物ができました!」
もちろん私に刃物の目利き能力があるわけではないので眼鏡チートだ。申し訳ない気持ちになりながらも褒められて悪い気はしないね。
包丁とサバイバルナイフを買ったところで大イノシシの報酬の残りを全部使い切ってしまった。
さあ、あとはアルテ様と一緒にウィンドウショッピングだ!
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