1の7 新しい世界の第一歩(アルテ編)




── ガサガサガガサーーーッ! ──


 わたくしの名はアルテミス、これから惑星テリアで過ごすための素敵なニックネームをナナセに付けてもらいました。


 時間の流れが止まった虚無空間から、転移の神技を使って目的地へ向かうつもりが、どうやら失敗してしまったようです。わたくしがいつまでたっても見習い女神でいるのは、神の力を上手く使えないからなのです。


「アルテ様ぁ、もう少し優しい移動法は無かったんですかぁ」


 尻もちをついてしまったナナセを見ると・・・たいへんだわ!腕に怪我をしているではありませんか!ここはひとつ、神としてビシッと治癒魔法を決めて、ナナセにかっこいいところを見せなければなりませんね。


 ええと、確かこの杖で怪我している部分を再構成するよう念じながら周囲の魔子を集めて光に乗せて傷に当てるようにして・・・


「えいっ!」


 あら、おかしいわ。


「えいっ!」


「あれ、痛みが消えました。でも傷は残ってますね」


 傷口は血が固まってふさがったようですけれど、これでは治癒魔法と呼ぶには恥ずかしい効果でした。わたくし、神技だけでなく魔法も中途半端なのでしょうか・・・この世界できちんとナナセをサポートする自信がなくなってしまいます。


「ありがとうございました!さすがは女神様ですね!」


「ナナセもこのくらいでしたら、すぐ使えるようになると思います」


 ナナセは十二歳とは思えないほどしっかりしていて、性格もとてもいい子です。わたくしが自信をなくすたびに、こうやって褒めてくれたり、励ましたりしてくれます。まだまだ未熟なわたくしも、ナナセに負けないように頑張らなくてはなりません。



「のどかなところですねー」


 おかしいわ。村の近くに転移して、そこに住む村人と接触するよう創造神様に言われていたのに、ここはいったいどこなのでしょう?


「この道をひたすら歩きましょう。村に近づいたら看板が出てくるかもしれないし」


「そ、そうですね、それでは出発しましょう」


 何もできずに固まっていたわたくしの手を、ナナセが優しく引いてくれました。これでは完全にわたくしがサポートされてしまっていますね、こんなはずではなかったのですけれど・・・


 思えばナナセは虚無空間でも、色々なことを事前に想定して準備をしていました。ナナセがいなければ、わたくしは天界の羽衣ひとつでこの世界に来てしまったかもしれません。まさかナナセはこうなることまで想定して、かばんや水筒を準備するように言っていたのでしょうか?これはまさに天才少女ですね。


 わたくしはナナセに手を引かれたまま、キョロキョロと村を探しながら何もない道を進んでいます。その間にもナナセは「わぁ綺麗な花」とか「あっ蝶々と似てる虫が飛んでるー」とか「この木の実は食べられるかなあ」とか「太陽が沈む方向は西で良いんですか?」などと、色々な視点で楽しそうに歩いています。どこにいるかわからず、質問にも答えられず、迷子の子供のような気持ちのわたくしとは大違いです。


「ねえアルテ様、この果実って食べられると思いますか?」


 陽が沈んで今日はもう進めなくなってしまい、休憩しながらどうしようかと困っていると、ナナセは知らぬ間にずいぶんたくさんの果実や木の実を今日の食糧として確保していたようで、かばんから出してこちらに見せてくれました。


 わたくし、また質問に答えられませんね・・・あっそうでした!ナナセの眼鏡を使って分析してもらえばいいのよね!


 ナナセはわたくしの拙い説明にもめげずに、うんうん唸りながら果実とにらめっこしています。しばらくすると、どうやら食べても安全な成分しか入っていないことを確認したようです。初めてなのに、さすが魔子の扱いが上手です。わたくしも練習しなければなりません。


 あら、今度はナナセがこちらを難しそうな顔をして見ています。わたくしを食べても美味しくないと思いますよ?


「アルテ様、これは何だろう?ああそっかそっかわかった、コレステロールとか中性脂肪っぽい数値が高くなっていますよ!」


「そそそ、そんなの見なくていいですっ!」


 わたくしのような落ちこぼれの神は、天界でも他の神にずっとバカにされていました。教育を担当してくださっていた惑星テリアの創造主様には、もう何百年も厳しく指導され続けていました。同時期に発生したと思われる他の神はすでに見習いを卒業して一般神や上級神として、生命体の存在する星の管理を任されているようですけれど、わたくしは一向に神の力を上手く使いこなすことができず、ついには地上に降りて修行してきなさい!という展開になってしまいました。


「ちょっとストレスで食べすぎただけですっ!」


 地上行きが決まり、やけ食いをした影響だと思いますけれど、まんまとナナセに見抜かれてしまいました。何日もかかったのに実は眼鏡のフレーム部分しか作っていないわたくしは、創造主様がどのような機能を持たせたのかよく知らないので上手く説明ができません。そのフレームだって、こっぴどく叱られながら何度もやり直しましたし・・・


 でも、わたくし、これから先がとても楽しみです。だって天界では、こんな風に手を繋いで一緒に歩いたり、自信をなくしたときに励ましたり慰めたりしてくれるお友達なんていませんでしたから。創造主様はナナセのことだけでなく、わたくしの修行を兼ねて送り込んだのではないかと思います。


 ナナセに負けないよう、頑張らなくてはなりませんね。


「じゃあアルテ様、すべて安全なようなので、半分づつ食べましょうか。これどうぞっ!」


「ナナセ、いただきますね、あら、とても美味しいわ」


 ナナセの拾ってきた木の実はまわりの固い部分を石で潰し、中の柔らかいところだけを取り出してくれています。果実の方は固定した剣でチマチマと皮をむき、半分にカットして中の種を抜いてくれたようです。わたくし一人だったら、そんな手間をかけずにかじりついて後悔していたのだろうと感心してしまいます。


「アルテ様、柔らかそうな草を刈ってきます。それ使ってベッドを作ってみようと思うので、ここでしばらく待っていて下さいね」


 今度は近くの林の方へ元気に走って行き、ナナセにはまだ重そうな剣を使って必死に草を刈り集めています。


 わたくし、先ほどから何もしていないですね・・・

 違う、わたくし、何もできないのよね・・・

 わたくし、本当に何も知らないんだわ・・・

 いやだ、なんだか不甲斐なさで涙が出てきてしまいました。


 しょんぼりしながらナナセに言われたとおりしばらく待っていると、大量の草をここまで運ぶことをあきらめ、林の近くに草の山のベッドを完成させたナナセに呼ばれました。


「アルテ様ぁー!できましたよぉーー!」


 ナナセがぴょんぴょん跳ねながら剣と手を振り、大きな声でわたくしを呼んでいます。なんだかとても可愛いですね。


「交代でわたくしも休みますからナナセが先に眠って下さい」


 わたくしたち神はほとんど寝なくても問題ないのですけれど、また気を使わせてしまうと申し訳ないので交代でと言いました。そして草のベッドに寝転がるナナセの手を取り、今度は全身全霊、心を込めて治癒魔法をかけてみます。


(ナナセ、本当にありがとう、わたくしも頑張れそうよ・・・)


 すると怪我の時とは違い、優しく暖かい光が月の光とともにナナセをふわりと包み込みました。創造神様から聞いていたものとは少し違いますけれど、今度こそ治癒魔法が成功したのでしょうか?


「ありがとう、アルテ様ぁ・・・」


 感謝しているのは、わたくしの方です。


「おやすみなさい、アルテ・・・さま・・・zzz」


 ナナセは微笑んだまま心地よさそうに眠りにつきました。その寝顔を見ていると、なぜだかとても愛おしく感じてしまいます。頼りないわたくしを何度も元気づけてくれたナナセに感謝しながら、その小さな手を優しく握り強い想いを込めると、周囲が見えなくなるほどの輝きを放つ暖かな光が二人を包み込みました。


 こうして、わたくしの修行一日目が終わりました。

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