1の6 新しい世界の第一歩(ナナセ編)




── ガサガサガガサーーーッ! ──


 謎空間を後にして優しい光に包まれていた私たちは、その光が消えるのと同時に数メートルほど落下したようだ。草木がクッションになってくれたおかげで大きな怪我はなけど、腕に軽く擦り傷ができ、地面にお尻で着地した衝撃で少し腰が痛い。


「アルテ様ぁ、もう少し優しい移動法は無かったんですかぁ」


「ごめんなさい・・・わたくしが想定していた場所とちょっとずれてしまったようです、怪我はありませんか?」


 アルテ様は先ほどまでは、いかにも神様ですって雰囲気の白い布を簡単に羽織るだけの姿だったけど、濃紺の落ち着いた修道服のようなロングワンピース姿になっていた。腰から下のラインが強調され、とても女性的で、あらためてアルテ様の美しさを確認することになった。


「たいへんよナナセ!腕に傷ができてしまっているわ!さっそく治癒の魔法を試してみます」


「えっ?魔法初めてなんですか?」


「えいっ!」


 ちょっとちょっと、大丈夫だとは思うけどなんかすごく不安になるんですけど!


「えいっ!」


「あれ、痛みが消えました。でも傷は残ってますね」


「なぜかしら。もういっかい、えいっ!」


 オーケストラの指揮者が振る指揮棒のような短い杖を持ったアルテ様のひたいにはうっすらと汗が浮かび、慌てふためいて一生懸命魔法をかけてくれているようだけど、私は痛みが消えてくれたので十分だと思う。傷はそのうち治るしね。


「アルテ様もう大丈夫ですよ、傷口があっとう間にかさぶたに変わったので魔法は大成功です!ありがとうございました!さすがは女神様ですね!」


 私は空気が読める子なのだ。


「え、ええ。そうよね、魔法はあとでもう少し練習しておきます・・・」


 少しションボリしているアルテ様に、実は落ちた時に腰も痛めましたなんて言えないまま、道っぽいところまで這い出し、よっこらせと立ち上がって服についた葉っぱや土をパンパンしてから出発した。



「のどかなところですねー」


 都会で育った私は木より高い建物などまったくない景色と、排気ガスなどない澄んだ空気を肌で感じている。地球の木や土、それに太陽や雲も同じもののように見える。


「地球とあまり変わんないですねー」


「ええ、創造神様がそうなるように作ったと聞いております」


「それで、まず何をしたらいいんでしょ?近くに町があって、そこの酒場や冒険者ギルドとかで情報収集ですかね?」


 やっぱ異世界にやってきたら、まずは情報収集っていうのが定番だよね。冒険者ギルドなんてあるのかわからないけど、剣士を目指すんだからそういう所に登録くらいはしとかないと。


「このあたりに村があるはずなのですが、困ったわ、見えません」


「想定していた場所とずれたっていうのは、いったいどのくらいずれたんですか?」


「ええと・・・わからないわ、ごめんなさい」


 アルテ様が村を探すようにあたりをキョロキョロと見まわしている。私も道の先を見てみたけど、曲がりくねった一本道なので森にさえぎられてその先を見通すことができない。


「しかたないですね、まずはこの道をひたすら歩きましょう。村に近づいたら看板が出てくるかもしれないし」


「そ、そうですね、それでは出発しましょう」


 私は自信なさそうなアルテ様と手を繋いで、ひたすら目の前の道を歩いた。何時間くらい経ったのだろうか?すでに周りは暗くなってきた。太陽が右の方に沈んだので南に向かって歩いているのかな。いやいや、北半球なのかもわからないし、そもそも太陽が西に沈む星かどうかもまだわからないし、そういう決めつけは危険だね。


 あてもないまま歩いていると、陽が沈んで少し肌寒くなってきた。おなかもすいてきたけど、食料らしいものは道沿いで拾った木の実や皮の厚そうな果実しかない。これ食べて安全なのかわからないし、バスケットの中にこのまま入れておいた方がいいかな。


 お水はひょうたんの中にけっこう入ってるし、アルテ様も皮製の水筒を持ってるのでまだ大丈夫だろう。


「ねえアルテ様、この果実って食べられると思いますか?」


「そうでしたね、それが安全かどうかナナセの眼鏡で確認できると思います」


「そんな便利機能があったんですか!どうやって使うんですか?」


「念じて下さい。」


「えー・・・説明が漠然としすぎですよぉ」


「分析するような感覚を視界に集中して、その果実を見るような感じだと・・・思います・・・」


 あらら、また自信なさそうモードに入っちゃったよ。とにかく分析ね、顕微鏡を覗くような気持ちになって果実を凝視してみよう。


「ぬぬぬ・・・あっ、なんかぼんやりと見えてきました!見えるというより、感じるって言った方がいいのかな」


「さすがナナセ、それは魔子が反応してくれているのよ!」


 果実を分析した結果は甘さの成分などが目の前に浮かんでいるような感じで、危険な成分は入っていないことが理解できた。


 ついでなのでアルテ様をぬぬんと凝視してみた。


「アルテ様、これ何だろう?ああそっかそっかわかった、コレステロールとか中性脂肪っぽい数値が高くなっていますよ!」


 頭に浮かぶいくつかの数値が少しだけ赤っぽくなっているように感じる。ヤバい場合はこの数値の色の違いで危険を察知できるようになっているっぽい。実に便利なグッズだ。


「そそそ、そんなの見なくていいですっ!」


「身長156センチ・体重52キロですね」


「ちょっとストレスで食べすぎただけですっ!」


 どうやら女神様でも体重は気になるらしい。私から見ると女性的ですごく魅力的な身体で、すごくうらやましいんだけどなあ。おとなになったらこんな綺麗なお姉さんになりたいなあ。


「でも、身体測定や血液検査の結果を私が知ってもどうしようもないですよね、なんかこう、攻撃力とか体力とか魔力とか、そういう異世界に必要そうなの出ないんですか?」


「わからないわ、ごめんなさい」


 どうやらアルテ様に聞いちゃいけないようだ。眼鏡の使い方は自分で色々とやってみて、ちょっとづつ慣れて行かなきゃ駄目みたいね。


「それじゃ、さっそく食事にしましょっか」


 私は眼鏡で安全を確認した木の実と果実を半分づつに分けてアルテ様と一緒に食べた。その後、そのへんに生えてる柔らかそうな草を集めた簡易ベッドを作り、交代で休むことにした。さっそくアルテ様に作ってもらった剣を使って草を刈ってみたけど、けっこう重たくて大変だった。


 そんなこんなでようやく完成したベッドのところにアルテ様を呼び寄せ、私はバサッ!と横になり夜空を見上げている。地球と同じような月の光がぼんやりとあたりを照らし、空気が澄んでいるからか星がとても綺麗に輝いている。


 女二人で野宿はやっぱり怖いなって考えていたら、アルテ様が私の手をそっと握ってくれた。その柔らかな手は暖かく、とても穏やかな気持ちになって安心してくると、自然とまぶたが重くなってきた。


「ありがとう、アルテ様ぁ・・・」


「おやすみなさい、アルテ・・・さま・・・zzz」


 静かな眠りと共に、私の異世界一日目が終わった。

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