1の8 初戦闘とアンドレッティ
── チュンチュン、ピーチク ──
小鳥たちが集まり、私たちが昨日食べた木の実の殻をつついている音がする。朝日があたりを照らし、その眩しさでゆっくりと目を覚ます。昨日はずいぶん歩いたし、草刈剣を振り回したのでとても疲れていたので、すぐに眠ってしまったようだ。
あれ、隣でアルテ様がこっち見てるね。
「起きたのね、おはようナナセ。ゆっくり眠れたのかしら?」
「おはようございますアルテ様、もしかしてずっと起きてたんですか?」
アルテ様は眠らずに私を護衛してくれていたのだろうか?交代って言ってたし今から少しでも眠ってもらおうかな。
「神はあまり寝なくても大丈夫なのです、後ほどまとめて眠りますから心配しないで下さい」
女神様は寝だめ食いだめができるのかな。便利機能が羨ましい。
「さっそく出発しましょう、道があるってことはどこかの町に繋がっているはずです。太陽が昇っている方向を常に左に見て進みましょう」
ひょうたんの水をくぴっと飲み、南と思われる方向にひたすら歩くことにする。ここまで道が分岐したことはないけど、もしそうなったときに同じ方向に進んでおいた方が迷ったときにわかりやすいしね。
私は大切な食料である木の実や果実を回収しながら歩いていく。途中でウサギやタヌキっぽい動物が草むらから顔をのぞかせては逃げていったので、少なくとも動物が生きていけるだけの食料は確保できるのだろう。この先、動物を狩って食べることも視野に入れなきゃならないのだろうけど、サバイバルの経験なんてないし、生きてる動物を捕まえて食べるのはちょっと敷居が高い。
そんな風に食べることばかり考えながら歩いていると、周りの景色が少し変化していたことに気づく。
「ねえねえアルテ様、これ畑じゃないですか?規則的に植物を植えた痕跡あるってことは、近くに誰か住んでる証拠ですよ!」
「そうなのね!ようやく目的の村に近づいてきたのかしら」
その畑らしきものはあまり手入れされていなかったので、ところどころに菜の花が咲いているだけだった。せっかくなので少しだけ摘んでバスケットの中にほうりこむ。
「とても可愛らしいお花ね」
「これは菜の花ですね、地球だと春に咲く花だったので、私がこの異世界にやってくる前の季節と同じ頃です。どっかに桜とか咲いてないかな」
人の手が入った畑らしきものを見つけたことで少し足取りが軽くなった。しばらく元気に進んでいると、その道は森の中へと繋がっていた。少し暗くて怖い感じだったので、握ったアルテ様の手に力が入ってしまう。気持ち足早になりながら先を急いではみたものの、この森はけっこう広いようで出口は一向に見えてこない。
しばらく進んでいると、草木が揺れる不自然な音に気づいた。
── ガサガサっ ガサっ ──
ひぃ、なんかいる・・・
ビビりながらもひとまず背負った剣を抜き、しっかりと両手で持って音のした方向へ構えてみたけど、私は目が悪いのでよく見えない。
── ザザザっ ブフーっブフーっ ──
草木から姿を現した音の正体はイノシシだった。小さなイノシシが二匹と、大きなイノシシ二匹、こちらを威嚇するように前足を地面にガリガリしながら道を塞いだ。
「アルテ様ぁ、このチョーカーってイノシシ語しゃべれますかぁ?」
「ちち、知能の低い生命体は言語を扱えないので無理だと思うわ!」
イノシシさんに敵意がないことを説明して、なんとかここを通してもらいたかったけど、どうやら友好的な話し合いは無理なようだ。戦うか逃げるしかないみたいで、アルテ様も指揮棒型の杖を出して構えていた。
ジリジリとこちらに寄ってくるイノシシに向かって剣をどのように振ればいいか考える。しかし、どんなに考えたところで今の私には、こんな重たい剣を思い通りに振れるわけがない。
とにかく道を開くために戦わなきゃ!
「やあーっ!」
「ナナセ駄目よ!危ないわ!」
一番大きなイノシシめがけて剣を振り下ろすも、かなり俊敏な動きであっさりと避けられ、残りの三匹も含めて一瞬のうちに囲まれてしまった。まずいと思ったその時、アルテ様がなにかの魔法を使ってイノシシを攻撃してくれた。
「えいっ!えいっ!」
静電気みたいなパチパチが小さなイノシシに向かって放たれる。
── ブヒいっ! ──
おお!効果あった!
アルテ様のパチパチ魔法はイノシシを驚かせるのには十分だったようで、それを受けた小さい方の一匹がずざざと後ずさりしながら遠くに離れてくれた。それに合わせて大きいイノシシが小さいイノシシを守るような行動をとった。
「アルテ様!逃げよう!走って!」
「わかったわナナセ!」
この四匹は家族なんだろうか?少し距離ができたので私たちは走って逃げることにした。目をつむってえいえいと必死に杖を振りまわしているアルテ様の手を引き、後ろを見ずにひたすら森の出口を求めて走る。アルテ様は引き続き静電気を出して適度な距離を作ってくれていけど、撃退は無理なようだ。
けど、この追いかけっこいつまで続ければいいんだろ?息が苦しいし足も上がらなくなってきた。それはアルテ様も同じようで、えいえいと魔法を使い続けながらも、だいぶ足にきているっぽい。
「アルテ様頑張って!もうすぐ森を抜けられそうですよ!」
暗い森を抜けると草原のような広く平らな場所に出た。その瞬間、太陽の光がとてもまぶしく感じた。残念ながらイノシシも当然ついてきて、私たちの息は限界を迎えていた。ゲームみたいに森から脱出したらすごすご帰ってくれるなんて都合のいいことはないみたい。
駄目だ、もう走れない。
私まだ異世界二日目なのにやられちゃう。
イノシシが頭突きのような突進をしてくる。
それをまともに喰らった私は簡単に空中に飛ばされた。
イノシシって人間食べるのかな?
アルテ様を食べたらバチあたりそうだけど。
「アルテ様ぁ、ぜぇぜぇ・・・私もう動けない、ふーふー・・・アルテ様だけでも逃げて、はぁはぁ・・・」
「わたくしが囮になります!ナナセこそ逃げて下さいっ!」
囮なんて駄目!と思った瞬間、アルテ様も大きいイノシシにふっ飛ばされ、空中をなんとも神々しく舞っていた。二人とも草の上に落下したので衝撃は小さかったけど、そのまま私は意識が遠のいていく・・・その寸前に、剣を持った人が走ってこちらに来てくれた。
「おい大丈夫か!今助けてやるぞっ!」
私はその声に安心して、今度こそ意識を失った。
・
── パチンっ、パチパチっ ──
木の枝が焼けて弾ける音と、何かの肉が焼けたいい匂いで私は目を覚ました。ぼんやりとした目をゆっくり開けると、あたりはすでに暗くなっていて、たき火がゆらゆらと揺れていた。
「ナナセ!ナナセ!気が付いたのね!」
アルテ様が私の手を握って涙目でこちらを見ている。どうやら私もアルテ様もイノシシに食べられないで済んだようだ。
「アルテ様も無事みたいですねぇ」
「ええ、こちらのアンドレッティ様がイノシシに襲われていたわたくしたちを助けて下さったの」
枝に刺した肉を美味しそうに食べている人がこちらに気づく。
「目が覚めたか?嬢ちゃん、その魔法使いの姉ちゃんがずっと治癒魔法かてくれてたみたいだぜ?」
どうやら私は二人に助けてもらったみたいだ。
「そっかぁ・・・良かったぁ・・・」
異世界に来たら強くてニューゲームなんて夢のまた夢だった。
イノシシごときに追い回されて死にかけるなんて私の戦闘力はショボすぎて情けないにもほどがある。こりゃ剣も魔法もかなり真剣にやらなければならないってことを心底思い知らされてしまったね。
私は新たな決意を胸に、アルテ様の柔らかな膝枕からのっそりと起き上がった。
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