1の2 女神様との出会い(前編)




 私は吸血鬼のピステロ様にたずねられたことを、ゆっくりと思い出しながら慎重に話していく。アルテ様と出会ってから今まで起こったことを抜けがないように、きちんと話さなければならない。


・・・・・

・・・


「七瀬、七瀬、気がつきましたか?わたくしの声は届いていますか?姿は見えますか?」


「あれ」・・・「ここどこ?」・・・「お母さん?」


「ここは時の流れから外れた特別な空間です。わたくしは七瀬のこれからの運命を司る使者です。お母さんではありませんよ」


 朝、目覚めたばかりの寝ぼけたような感覚だけど、ここが私のお部屋のお布団の中ではないことはすぐに理解できた。じわじわと体の感覚が戻ってくると、ひとまず周りの景色を確認する。そこは真っ白と言えばいいのかな?まるで雲の中、いや、光の中にいるような不思議な光景で、景色が無いのが景色とでもいった感じだ。


 どこかに寝ているわけでもなく、立っているわけでもないようで、暑くもなく寒くもなく、まるで浮き輪でプカプカと温水プールで浮いているような心地よい感覚に体を預けている。目の前にいるのは金髪碧眼、まるで映画に出てくるような、とても綺麗なお姉さんだ。見た感じ高校生か大学生くらいだろうか?どうやら私もお姉さんも空中に浮いているようだ。というか地面ないね、ここ。


「あの、ここってもしかして天国への入口とかですか?私、死んじゃったんですか?これからの運命ってことは、生まれ変わる前みたいな感じですか?」


 この不思議な場所や、これからの運命という言葉をすぐに理解できず立て続けに質問する。綺麗なお姉さんはとても優しく微笑んで私の声に耳を傾けてくれている。


「もしかして、お姉さんは天使とか女神様とかなんですか?次に生まれ変わるとしても昆虫だけは嫌なんですけど・・・」


「七瀬の言うとおり、わたくしは神です。以前の七瀬は“特別な才能”を持って生まれてきましたけれど、その才能を発揮できる世界ではなかったそうです。これから七瀬が旅立つ新しい世界は、その才能を十分に活かすことができる、とても素敵なところなのです」


「特別な才能ですか?私に?」


「ええ、七瀬は魔法因子への親和性がとても高く、きちんと訓練をすれば素晴らしい魔道士になれる“特別な才能”を持っています」


 えっ?魔法?もしかしてこれって最近流行りの異世界転生するやつかな?新しい人生が魔女っ子七瀬ちゃん?まだまだ理解が追いつかないね。


「あのあの、元の世界に戻って魔法を使えるようになるってわけじゃないんですか?」


「残念ながら元の世界に戻してあげることはできません」


 神様は優しい笑顔で厳しいこと言っている。もうみんなに会えなくなると考えたら急に寂しい気持ちになった。家族や友達にだって、なんのあいさつもしていない。でも、もしみんなに会えたとしても、魔法のある異世界行ってくるっ!なんて言っても信じてもらえないだろうけどさ。それでもやっぱりお別れのあいさつくらいしたかったかも。


 私は涙目になりながら神様を見上る。


「わっ、私には何も選ぶことができず、その新しい世界に行く道しかないってことですか?魔法なんて使えなくていいので、元の世界に帰して下さいって言ったら帰してもらえるんですか?」


 お母さん・・・

 お父さん・・・

 お兄ちゃん・・・


 神様は少し困った顔をしたあと、やはり優しい笑顔に戻って私に告げる。


「元の世界へは、わたくしの力では戻してあげることはできないのです・・・ごめんなさい・・・」


 やっぱり死んじゃったのかな、私。痛かったり苦しかったりした記憶がない。そもそも、どうやって死んじゃったのか思い出せない。


 死ぬってこんなに簡単なことなのかな?


 でも、どうやら地獄行きは免れたようだし、次もまた人間に生まれたい。私まだ十二歳で、やりたいことたくさんあったんだから。


「ねえ神様、生まれ変わる私は人間ですよね?虫じゃないですよね?」


 大切なことなのでもう一度確認をする。もし人間じゃなかったらかなりの覚悟が必要だ。


「安心して下さい、人として行きます。元の世界の七瀬は天才少女と呼ばれていたようですけれど、その才能を新しい世界で開花させるためのお手伝いをします。わたくしもその世界へご一緒しますよ」


「人間なんですね、良かった・・・」



 女神様の言うとおり、私は天才少女と呼ばれていた。しかしそれは、ちょっとしたズルをしていたのだ。なぜだかわからないけど生まれたばかりの頃から記憶があった。正確に言うと、目が見えるようになったときから、その目で見た景色を覚えていた。


 目が見えるようになった次は、耳が聞こえるようになった。両親の嬉しそうな声をよく覚えている。


── おぎゃあー! ──


「ううまうまうれたああー。がんばったな、母さん!」


「お父さん、もう二回目なんだから、もう少し落ち着いたらどうなの?」


「可愛い女の子だ・・・どうだ、目元とか俺に似てるんじゃないか?」


「もう、お父さんに似たら怖い女の子になっちゃうでしょ!ふふっ、お母さんに似ていて可愛いわね・・・」


 両親が話している内容は、その時はよく理解できなかった。でもその声や光景を動画のように覚えていて、少し成長してから思い出し、その意味を理解し、新しく記憶として完成した感じだ。その後、幼稚園に入るまでに言葉や文字、簡単な計算をどんどん覚えて行った。


「ななせちゃーん、ごはんのじかんでちゅよー」


 お母さんは赤ちゃん言葉を使って話しかけてくるけど、私はテレビを見て文字や物の名前を覚えたことの方が多かった。幼稚園に入った頃には、すでに三歳上のお兄ちゃんが通う小学校の教科書を読み進めていた。こっそり家のパソコンをいじってわからないことを検索したり、色々なゲームをやり始めたのもこの頃だった。


「七瀬、たまにはお父さんが絵本を読んであげよう」


「ううん、七瀬は図書館でファブリーズ昆虫記を借りてきたから一人で読んでる」


「七瀬ー、お菓子買いに行こうぜ!」


「お兄ちゃんゴメン、さっきネットで検索してカスタードプリン作ってみたからお菓子いらない」


「七瀬、ショッピングモールに可愛いお洋服買いに行きましょ?」


「お母さん、ネット通販でいいからヒーターテック買って。丈夫で暖かいんだって」


 むむむ、さっきは涙目になって帰りたいようなこと言ったけど、思い出せば思い出すほど私ってば可愛くない子供だったね。


 元の世界に戻っても歓迎されないかも・・・

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