見習い女神と天才眼鏡少女
真紀
第一部【王家と商家編】
第一章 剣士ナナセの新生活
1の1 吸血鬼との対峙(前編)
私は七瀬、日本の中学一年生になったばかりだった。
今は剣と魔法の異世界で床とお友達になっている。
目の前には、すらりと高い背にスマートな身体、銀色に輝く髪、病的なほどの白い肌、ぼんやりと赤く光る眼、異世界人らしいとがった耳、そして唇から少し見えている鋭利な牙。この人、どう見ても吸血鬼だ。なんともいえないミステリアスな雰囲気に吸い込まれそうになってしまう。
その吸血鬼さんが住んでいるお屋敷は、とんでもなく危険な結界に包まれていた。でも、私の異世界生活のサポート係である女神様が結界に抵抗してくれているので、なんとか侵入に成功した。
にもかかわらず、あっさりと抑えつけられてしまうような魔法で地べたに拘束されてしまった。私はどうにかこうにか抵抗して、顔だけ向けてごあいさつをする。
「あのっ!ドラキュラ伯爵っぽい人っ!勝手に侵入したのは謝罪しますっ!このお屋敷には無類の強さを誇る方が住んでいると聞いたので、ゼル村からはるばるやって参りましたっ!」
「我の名はピストゥレッロである。ドラキュラ伯爵なるものでは無い。そもそも其方らの王国では、爵位など何百年もの過去に撤廃されたと認識しておるぞ?」
「す、すみませんでしたあっ!大変失礼しましたあっ!」
どうやら前世の記憶が邪魔して間違った名前を叫んでしまったようだ。なんか本当にごめんなさいです。
「まあ名などどうでも良い。この屋敷の結界を通り抜けてこられたのであれば、それなりの力を有しておるのであろう。話だけでも聞いてやるから安心しろ、我は人族と話をすることなど数百年ぶりである。」
そう言うとピストなんとかさんは、少しだけ抑えつけ魔法を緩めてくれたようだ。勝手に侵入して名前を間違っちゃったわりに、話を聞いてもらえるのはありがたい。
・
前世の私は、平和な日本で過ごしていた。読書やネットばかりしていたせいもあり極度の近視で、眼鏡がないとパトカーとタクシーの見分けもできなかった。身体がちっこかったから運動は苦手だったし、なるべく危険なことに近づかない慎重な子供だったと思う。
そんな私が心機一転、なぜか連れてこられてしまったこの異世界で、仲間たちを守れる強い剣士になるべく修行を始めたばかりだ。
「ありがとうございますっ、えっと・・・ピステロ様。自己紹介が遅れてすみません、ゼル村のナナセと申します。私はただの村娘なもので、あまりお金は持っていないのですが、できるかぎりの謝礼はしようと思いますので、なんとか剣のお稽古をつけてもらえないでしょうか・・・」
何の手土産も無しにこんなお願いしても聞いてもらえるのだろうか。そもそも、こんな立派なお屋敷に住んでる人に喜んでもらえそうな高価なものなんて持っていないし、謝礼すると言ってはみたものの、なにを献上すればいいのかわからない。
あ、そうだ、吸血鬼っぽいから新鮮な血液なら喜んでもらえるかも。
「名の発音がだいぶ違うが、まあ良い。我は戦いで剣など使わぬし、十分な富を得ておるので謝礼など求めぬ。欲しい物など無い。」
「でっ、でしたらっ、私の血を捧げますっ!たぶん穢れなき新鮮なやつだと思いますんで・・・吸血鬼さんでしたら生娘の血とか好物ですよねっ!?」
私は輸血を受けたことはないし持病もないから、たぶん綺麗な血のはずだ。かなり怖いけど覚悟を決めて服を引っぱり、首筋をピステロ様に向かって差し出した。あ、でも血を吸われたら私も吸血鬼になっちゃうのかな。
「我は人族の血など吸わぬ・・・むむ・・・いや、我慢しよう。」
どうやら血液への欲望を抑えらみたいだ。私って魅力ないのかな。残念なような安心したような。
この後、私が住んでるゼル村の農作物や畜産品を色々おすすめしてみたけど、どれもこれもあまり興味は無さそうだった。
「我は一切の謝礼など求めぬと言ったはずだ。なぜそこまで必死に身体の小さな小娘ごときが鍛錬をしたいと考えるか説明せよ。」
「私、決めたんです。頑張って剣の腕を上げて、新しくできた村の大切な仲間たちを守れる力を身につけたいんです。今のままだと私の方が獣の餌ってくらい弱っちいんです」
「ふむ、少しばかり魔法の資質があるようには見えるが、剣を達者に扱えるようになるとは到底思えぬのだが・・・仮にも、少しばかり剣が扱えるようになったところで凶悪な魔獣や竜族の吐息で焼け死ぬことがあるかもしれぬぞ。」
えー、竜なんているんだ。もし遭遇したら一目散に逃げなきゃならなそうだね。でも私の異世界での人生はまだ始まったばかりなのだ、こんな序盤であきらめて村娘のまま人生を終わらせるわけにはいかない。
「そこをなんとか・・・そうだ、剣術の参考書とか、そういうのを見せてもらうだけでもいいんですけど」
「そのような書物など所持しておらぬ。」
「そうですか・・・私が住んでいるゼル村は農業と畜産業が主体で、そういった書物もないですし、剣を扱える人も少ないのです。これほど立派なお屋敷に住んでるピステロ様でしたら、何か代わりになりそうなものとかご存知ないでしょうか?」
「無い。」
「・・・。」
結局この後、謎の地べた抑えつけ魔法は教えてもらえたけど、それはまた別の話だ。
・
私が住んでいるゼル村はのどかな農村だ。
隣で地べたに顔を半分埋め、うぐぐと唸っているアンドレおじさんが剣の師匠だけど、何ごとにもいまいちやる気に欠けるというか、畑を耕している方が幸せなようで、まったく剣の稽古をしてくれない。
そんな事情もあったので、他の人たちから情報を集め、ゼル村からはるか南にひっそりと建つお屋敷の主が無類の強さを誇るという噂を入手したので、こうしてお願いにやってきた。
アンドレおじさんも心配だからと言って着いてきてくれたけど、私と二人並んで仲良く床とお友達になっている。そのアンドレおじさんがようやく声を上げた。
「うぐぐ、なあナナセ、この方は誰がどう見ても偉大な魔道士だ、それも王国の魔道士が束になっても敵わねえくらいの大魔道士様だ、魔子の動きが半端じゃねえぞ。だから剣よりもよぉ、魔法教えてもらうようにお願いする方がいいと思うんぜ、むぐぐ」
「ふむ、そちらの男よ。我が使う魔法をその小娘ごときが使えるようになると申すか?」
「うぐぐ、ナナセは特別な子なんですよ。俺が見てきたどんな子供・・・いや大人の魔導士なんかよりも魔子への親和性が高いんです。きっと貴殿のような高位の魔導士の教えを受ければナナセも、むぐぐ」
ピステロ様はあごに手をやり、何かを考えるポーズでしばらく私とアンドレおじさんを交互に見つめていた。というより上から見据える感じで怖い。
「おい男、其方は人族でありながら魔子を察知できているのか?その小娘が特別であるとわかるのか?・・・面白い、こちらへ来い。」
こうして謎の抑えつけられ魔法は解除され、アンドレおじさんだけが奥の部屋へ連れて行かれてしまった。取り残されてしまった私は、ゼル村じゃ見たこともない高級そうな柔らかソファーにずっぽりと腰を埋めると、去り際にピステロ様がどこからともなく出してくれた紅茶をちびちびとすする。なんだかお金持ちになった気分でゆったりと優雅に過ごしていると、奥の扉が開いて仲良さそうに二人が戻ってきた。
「なあ“兄弟”!はっはっはー!」
二人が部屋に戻ってくると、さっきまでのピステロ様の高圧的な雰囲気はすっかり消え、何やらアンドレおじさんと昔から仲良しのお友達みたいに笑談していた。こんな短時間で何を話したらこんなに仲良くなれるんだろう?もしかして知り合いだったのかな?
「おい小娘、外におる仲間もこの部屋に呼んでくるが良い。我が其方らの話だけでも聞いてやろう。剣術を教えることはできぬが、何か手助けをしてやれるかもしれぬからの。」
「ありがとうございますピステロ様っ!急いで呼んできますっ!」
見直したよアンドレおじさん、どうやら上手く話をつけてくれたみたいだから、お屋敷の入口へ急ぎ足で向かう。そこには変な汗をかきながら顔色が悪くなっているアルテ様が両手をかかげて結界に抵抗していた。
私はアルテ様と手を繋いでさっきの部屋に戻ると、ピステロ様とアンドレおじさんだけでなく、オドオドした感じのチビっ子吸血鬼が、前髪のすき間からこちらをチラチラと伺いながら立ってた。
吸血鬼の子供なのかな?なんだかやたらと可愛らしい。
「よし揃ったな、三人と一匹」
「お待たせしましたっ!」
「お屋敷の主さま、お招き感謝いたします、うふふ」
「がうがうっ!」
この“一匹”とは、先日、村の近くの森で狩りをしていた時に罠にかかって怪我をしていたところを助けてあげた狼だ。すっかり懐いて私のそばから離れようとしないので、このお屋敷にも一緒に連れてきた。
ピステロ様が私たちを冷ややかな目でしばらく見まわし、何かを探り終えたような顔をしてから私に問いかけた。
「小娘ナナセよ、まずはその神族の女と出会ったいきさつから話してもらおうかの。」
あれ、ちょっと見ただけでアルテ様が女神様だってことがわかっちゃうんだ。こりゃ隠し事なんて一切できそうにないね。
「はい、わかりました。あれは今から半年くらい前のことです」
私は、この異世界にやってきてからの記憶を、ゆっくりゆっくりと探り始める・・・‥…────
あとがき
数あるWEB小説の中から、見習い女神と天才眼鏡少女を選んでいただき感謝します。紹介文にも記載したとおり、ナナセさんはのんびりと成長するので、のんびりと応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
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