「あるまりの一生」ver.another
「シバセンのさー、喋りかた山羊みたいじゃね」
「山羊ってどんな喋り方すんの」
放課後、くだらない雑談の時間。考えないで話せる環境は心地いい。ちなみにシバセンとは世界史の柴山先生のことだ。ニックネームの由来は言わずもがな。
「なんつーかさ、こう・・・あるまりが生まれたときみたいな?」
「んー、あるま?なんだって?」
「え、うん。あるまり」
「なんやそれ」
「え、いや、あるまりだけど」
「いや、わからん」
「えっ・・・?」
なんか深刻な反応をされた。でも分からんものは分からん。
「知らんて。一般常識なん?」
「誰でも知っとるて」
「そうなん?そんなことはないやろ」
友達は振り返って、手近な友達に声をかける。
「なあ、こいつあるまり知らんのやと」
「えー、マジで?ありえんやろ、そんなん」
なんだ、俺がこの場では異質なのか?
「お前今、あるまりが泣いたときみたいな顔しとるわ」
「いや、だからあるまりって何?人なん?」
「まあ、ある意味人間みたいな?」
「おいおい、言いすぎだろお前。立派な人間様だって」
知識の差に疎外感を感じる。
「そんな曖昧なものなのか」
「そうだなー、あるまりが初めて立ったときくらいの曖昧さかな」
「あるまりが初めて笑った時もゆうてそんな感じじゃねえかな」
分からん。あるまりを説明するのにあるまりのたとえを持ち出されても一向に分からん。
「だーかーらー、あるまりって何なん?定義説明してや」
「あるまりはあるまりだって」
「そういうもんだよね」
話にならん。いら立ち紛れに頭を掻き、席を立つ。
「時間遅いし、帰るわ」
ドアを閉めるときにも、2人の声は追いかけてきた。
「あいつ怒ってた?」
「喧嘩したあるまりみたいだったな」
◇
学校の職員室は一階、下駄箱の目の前にある。忘れていた課題を下校ついでに出す分には都合がいい。
「シバセン、課題」
「敬語を使え」
「先生、課題持ってきました」
「放課後すぐ持って来いといっただろう」
「用事」
「単語で会話するな」
さっさと帰りたい様子を隠そうともしない俺を前に、シバセンはため息をつく。
「おまえ、ずっとそんな態度だったらあるまりみたいになっちなうぞ」
「はあ?」
思わず大きい声が出た。シバセンは顔をしかめる。
「ほらほら、そういうところだぞ。そういうところがあるまりに似てると言ってるんだ」
「なんすか、それ」
「あるまりみたいに努力不足で後悔したくはないだろう、お前も」
「いや、俺はあるまりってなんすかって聞いたんですけど?」
「んん?」
シバセンは隣の先生にこれ見よがしに愚痴りだす。
「なあ、私はあるまりも知らん奴に勉強教えなければならんのですか」
「まあまあ、柴山先生。あるまりを知らんのは信じられないですけど、あんなもん、知ってたところで得するものないでしょう」
「まあ、そうやけどなあ」
そんなもんなら最初からたとえに出すなよ、と思いつつ足音荒く職員室を出る。不快な会話はドアを閉めても耳に残った
「あいつもいつか真面目に物事に取り組んでくれたらなあ」
「それこそ、あるまりみたいに、ですね」
「そうそう」
◇
家に帰ると、母が気のない声で「おかえり」と言ってきた。いつも通り、「ん」とだけ返して自分の部屋に行こうとすると、呼び止められた。
「あんた、なんかあるまりに似てきたわね」
「・・・」
まただ。
放り出された新聞の一面はというと。
「あるまりの再来か」
カレンダーには赤い文字で
「あるまりの日」
つけっぱなしののテレビからは
「臨時ニュースです。今朝4時半ごろ、道路であるまりが倒れているのを近くの住民が発見し…」
やめろ、やめてくれ。
「死亡が確認されました」
耳をふさいで部屋に飛び込み、震える手で「あるまり」と検索をかける。スマホの充電が切れる。
「・・・!」
ノートパソコンを立ち上げる。「あるまり」で検索。いつまでたってもページが読み込まない。
荒い息のまま、一度も開かれずインテリアと化した国語辞典を手に取る。開くとき、メリッという音がするくらいに直方体の物質と化していた代物だ。
あらなみ、あるいは、ある、ある、あるま・・・
「あるまり」なる単語は存在しなかった。
ぐっと歯を食いしばり、手汗を服で拭い、よろよろと階下に向かう。
「おい」
母が振り返る。
「あるまりってなんだよ?」
母は答えた。
「何なのそれ?」
それ以後、俺は「あるまり」なる単語を耳にすることはなかった。
2020.11.13九州大学文藝部・先題噺 九大文芸部 @kyudai-bungei
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