第3話

 半年後、山野は会社のテーブルに突っ伏していた。


「どうした、山野くん?」赤池が心配そうに声をかけてきた。「もしかして……今回も?」


「はい……」山野は力なく答えた。「今回も獲れませんでした。三次審査までは行ったんですけど」


「それは残念だった。でも、今度はきっとうまくいくよ」


 この言葉、何度聞いたことか……。自分がデビューできる可能性があるのかどうかを、AIが教えてくれないだろうか?


 制作ルームの扉が勢いよく開いた。またジュンがエピソード制作の催促に来たのだろうか? しかし、とても仕事ができる気分ではない。山野は無視して突っ伏していると、赤池の珍しく緊張した声が聞こえてきた。


「おい、山野くん」


 呼ばれて、顔を上げると、象牙色のタイトスーツを着た女性が立っていた。


「山野さんですね」


 女性の、ジュン以上に高圧的な声を聞いて、山野はすぐに思い至った。


「もっ、もしかして……古田さん? はじめまして」


 本当は出会いたくなかったけど、と山野が心の中で付けてしていると、古田は焦りと怒りを含んだ声で、まくし立ててきた。


「何のんきなこと言っているんですか! あなた、何しでかしたんですか?」


 山野は面食らった。「えっと……、いきなり、どうしたんですか?」


「どうしたも、こうしたもないです。こっちはもう、大変なんですから!」


「古田ちゃん、落ち着いて」赤池が割って入ってきた。「君がどうしてそんなに慌てているのか、ちゃんと説明してくれないとわからないよ」


「す、すいません」


 ずっと年上でしかも仕事がとびきり速く正確な赤池の言葉には、古田も耳を貸すようだ。彼女は深呼吸をしてから、多少落ち着いた口調で言った。


「山野さんが半年ほど前に担当した子どもアンドロイドの案件で、クライアントからクレームが来ています」


「どれの事ですか? 俺たち、これまでに子ども用AIを何件担当してきたと思っているの?」


「これです」


 古田はプリントアウトした指示書を渡してきた。それを見た瞬間、山野の体温は一気に下がった。半年前、新人賞を逃して気落ちしていた頃に担当し、『ちょっとした思いつき』を密かに付け加えた案件だ。


 山野は背中に流れる冷や汗を不快に感じつつ、古田に訊ねた。


「ど、どういうクレームが来たの?」


「アンドロイドが、母親の言いつけを無視して頻繁に姿を消してしまうんです。素行の悪さは設定されたAIのせいじゃないかって、クレームです」


「そっ、そう」山野は汗で濡れた額を拭った。「でもそれって両親のせいじゃないの? AIは、両親のもとで暮らし始めた後からも学習を続けて、性格も変化していくんだから」


「やれやれ」赤池も嘆くように呟いた。「子どもの教育の責任を親でも学校でもなく、まさかAI会社に向けられる日が来ようとはね」


「どうであれ、クレームはクレームです」強い口調で言った後、古田は疑うような眼差しを山野に向けた。「さっきからずっと様子が変ですけど、何か心当たりでもあるんですか?」


「い、いや。そんなことない……」


 と言いかけて、山野の口は途中で止まってしまった。目を吊り上げた古田の顔が、すぐ目の前に迫っていたからだ。


「山野さん!」


「すいません」観念した山野は、深々と頭を下げた。「ほんの出来心だったんです!」


 そして山野は白状した。指示された性格に沿うエピソードを作りつつも、指示された性格とは関係のないエピソードを付け加えたことを。


「具体的には?」


 古田の詰問に、山野は素直に答えた。


「簡単に言えば、小学校で起こった不思議な事件を調査して解決するっていう……、まあ探偵小説みたいなものなんだけど」


 とは言え、追加したのは数あるエピソードのうちのほんの僅か。誰にも気づかれない味付け程度にしかならないだろうと高を括っていた。しかし、予想以上に性格調整に反映されてしまったようだ。


 古田の眉間にぐぐぐっと何重もの皺が寄った。


「つまり、アンドロイドが母親の言うことを聞かず勝手に姿を消したのも、強い好奇心に駆られて、何かの事件を調査していたってことですか?」


「多分……」山野はうなずいた。


「どうして、そんな関係のないエピソードを勝手に加えるんですか?」


「ほんの出来心だったんだ。毎度毎度似たようなエピソードばかり書かされて、少しぐらい変わったことがしたいって思うのも、小説家として、人として、自然なことだろ」


「それで、小学生探偵って……、そんな、どこかで聞いたことあるようなエピソードなんて作っているから、いつまでたっても新人賞が獲れないんですよ!」


 厳しい指摘に、山野の胸が強烈に疼いた。


「指示にないことをされては困ります。ちゃんと仕事をしてください」


「そういう古田さんだって……」悔しさのあまり、山野は堪らず言い返した。「こちらが提出したエピソードをまともに確認せず、AI調整の工程に流していたじゃないですか。そっちがちゃんと確認していたら、防げていたでしょ」


「それは……」古田は一瞬怯んだ様子を見せたが、再び山野を睨んできた。「今はそんなことよりも、クライアントへ謝罪に行かないと。エピソードを担当した山野さんも一緒に来てください」


「そういうのは営業の仕事だろ」


「い、い、で、す、ね」


 有無を言わせぬ口調だった。

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