2.調査開始

「うーん、どうしたものか……」


 放課後になり、私は夕日が窓から差し込む廊下を歩いていた。三時間目の休み時間に、彩芽から閲覧禁止の本の噂を聞いてからというもの、本好きの私の頭の中はそのことでいっぱいになっていた。おかげでその後の授業の内容は、さっぱり脳みそには残っていない。よし、このせいで赤点をとった暁には、彩芽をどうしてやろうか。


 とにかく、調べてみると言った手前、何かアクションを起こさなければならない。今日は図書委員の当番の日ではないが、家に帰る前に図書室に寄ってみようと足を向ける。


 我が校の図書室は、校舎一階の隅っこにある扉を通り、約五メートルほどの渡り廊下の先に存在している。私はこの『離れ』のような図書室が好きだ。『離れ』と表現したが、その言葉よろしくどこか『しん』としている。アクセスの悪さもあいまってあまり生徒たちも近寄らない。ここに来るとしたら、図書委員の私たちか、勉強しているガリ勉くんか、サボり魔ぐらいだろう。そんな『離れ』の扉をガラガラと開けて中に入る。


「あれ?早川さん。今日当番じゃないよね?」

 出入口にほど近い図書委員用のカウンターの中から、知った声がする。

「うん。当番じゃないよ。中野くん。お疲れ様」

 この優しそうな眼鏡男子は、中野春信なかの はるのぶという名前で、私の唯一の男友達と呼べる生徒だ。優しそうというか、実際優しい。なんというか、『ザ・図書委員』といった外見と言えばいいだろうか。今は返却された本を棚ごとに分類する作業をしていて忙しそうだ。


「少し調べ物でねー。奥の席借りるね」

「はーい」

 軽く返事をしてくれた中野くんに一言ありがと、と言い、夏希は奥の机にどさっと持っていた鞄を降ろし、椅子に座る。窓のすぐ傍の席で、もうすぐ沈みそうな夕日がこちらを覗いている。


「さて、どうしたものか」

 先ほど、廊下で吐いた台詞と全く同じことを言いながら、腕を組む。とりあえず、そんなに広くはない図書室だ、しらみつぶしに棚を見ていこうか。いやいや、タイトルも解らない本をどうやって探す?一冊ずつ内容までは見てらいられない。そんなことをしていたら、卒業式が来てしまう。などと思考を巡らしながら頭を抱える。しばらくその姿勢で固まってから、私はガバッと立ち上がる。

「とにかく行動あるのみ!」

 私は、とにかく全ての棚の本のタイトルのみを見ていくことにした。


 まずは『総記』の棚、次に『歴史』、『自然科学』と、きれいに日本十進分類表で棚分けされた本をほとんど流し目で、しかし見逃しが無いように丁寧に見ていく。そして、全ての棚を見終わるころには、先ほどまで顔を覗かせていた日も沈み、外は少しずつ闇に包まれていた。


「ま、そんな簡単には見つからないか……」

 思えば、何を私はこんなにも本気になってくだんの本を探しているのだろう。ただの噂話で、あるという保証もないのに。こういった類の昔からよくある『学校七不思議』のような本が本当に存在したならば、もっと早くに特定されて、学校や国が回収するなり、お寺が供養するなりしているはずじゃなかろうか?と思う。


「早川さん。調べ物は終わったの?随分と熱心に棚を見て回ってたようだけど」

 机に突っ伏し、顔だけを横に向け、どんどん暗くなる外の景色を眺めていると、当番の中野君が声をかけてきた。ぐるりと首だけを回して壁に掛かっている時計を見ると、午後六時を過ぎている。

「わ!もうこんな時間だったんだ!どおりで暗いわけだ」

「物思いに耽ってたね。なにを探してたの?」

「んー。絶対に見つからない探し物?」

「なんだそれ」

 中野君は口元を隠しながら『ふふふ』と笑った。こんな優しい性格なら彼女の一人でもいそうなものだが、一年生のころにしれっと本人に聞いてみたところ、特に気になる人もいないし、中学も告白とは無縁の生活だったそうだ。


「そうだ!中野君。この図書室の閲覧禁止の本の噂って聞いたことある?」

 一年生から同じ図書委員の中野君ならば何か知っているかもしれない。そう思った。

「あぁ、最近みんなの周りで噂になってるね。僕もあまり面識もない人たちに何度か聞かれたよ。でも、そんな本の噂なんて聞いたことないんだよねぇ」

「だよねー。やっぱりかー」

「早川さんも聞いたんだね。それで、信じて調べてたの?」

「いやー。私も、A組の彩芽……藤堂彩芽に聞かれてね、知らないって答えたんだけど、私が気になっちゃって、調べとくって言っちゃたんだよね」

「なるほどねぇ。というか、僕たちには色々と聞く癖に、自分たちでは調べようとしないんだよね」


 それを聞いて私はハッと図書室を見渡してみる。確かに今はもう時間も遅いせいもあり誰もいない。ただ、記憶を遡ると私がここに入ってきた時でさえ、図書室には図書委員の中野君一人だった。そんな噂が出回っているのなら、もっとわらわらと生徒が押し寄せてきて調べ回ってもよさそうなものなのに。そのことに気づいた途端、私はガクッと全身の力が抜けたように感じた。私は何をやっているのだろう?ただの噂話にここまで本気になって……


「はぁ……私、なにやってんだろ」

 私は気力とともに大きなため息を吐きながら項垂れる。

「まぁまぁ。頼まれ事なら仕方ないんじゃない?少なくともこの図書室には本は存在しなかったって報告すればいいよ。それと、明日は学校司書の畠中はたなか先生の出勤日だから、何か知っているか聞いてみてもいいかもしれないよ」

「なるほど!その手があったか。中野君、ありがとう。さっそく明日聞いてみるよ」

「どういたしまして。さて、そろそろ閉店でーす。さぁ帰った帰った」


 時刻は午後六時半を過ぎており、辺りは真っ暗になっていた。まずい。早く帰らないと母にドヤされてしまう。私は急いで鞄をつかみ取り、中野君とともに図書室を出たところで、中野君が『ガチャリ』と扉に鍵をかけた。


「じゃあ、僕は鍵を返してくるから」

「うん。また明日ね」

そうやり取りして、家路を急ごうと振り返ったその時。




「――――。」



「え?中野君、何か言った?」

「いいや?なにも?暗いから気を付けて帰りなよ?」

「あ、うん……じゃあね」


 空耳だろうか?でも確かに、何かに気がする。中野君には聞こえなかったのだろうか?さらに、周りを見渡しても人っ子一人いない。


 私は、恐怖心が自分の足元から這い上がってくるのを振り払うように、木の葉が風で揺れている音だと思うことにして、無理やり家路を急ぐことにした。

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