――閲覧禁止——
東風和人(こちかずと)
1.噂
まさか。こんなことになるなんて。
興味本位で言っただけなのに。
本当にあるなんて。
なんで。なんで――
*
「ねぇねぇ!夏希ちゃん!聞いた?」
「えっ?」
教室の一角で本に夢中になっていた私、
「わっ!びっくりした!
「あ、ごめんごめん~」
高校の同級生である
彩芽とは、入学式で隣の席になり、さらには一年生の同じクラスでも隣の席になってからの付き合いで、もう一年になる。彩芽はとても明るい性格上、誰とでも分け隔てなく接するタイプの子で、友達もとても多い。対する私は、人と話すのは苦手なので、基本的に休み時間は一人で本を読んでいる。本好きが高じて毎年の図書委員には立候補しているし、図書室にある特有の匂いも好きだ。そんな私に、沢山いる友達達から何か面白そうな噂を仕入れては、なぜか私に報告してくる。
「はぁ……今度は何を聞いたの?」
「え!聞いてないの!?」
このやり取りも何度目だろうか。
「はいはい。それで?」
「本好きな夏希ちゃんなら絶対知ってると思ったのになー」
本好きな……?何か本にまつわる噂だろうか?だとしたら気になる。いつものどうでもいい、誰と誰が付き合っただの、あそこのパフェは安くて美味しいだのの類の噂話ではなさそうだ。
「早く話してよ。気になるじゃん」
「お!珍しく食いついたね!いつもは全く興味ないって感じなのに。よろしい。聞かせてしんぜよう!」
けらけらと笑い、コホンと咳払いの真似事をして、彩芽は話始める。
「この学校の図書室には、一冊だけ、閲覧禁止の本があるのであーる!そしてそして、その本を開いたものは、やがて不幸な死を遂げるのであーる!」
どこぞの探偵風に言い終わると、ビシッと指を差してくる。人を指差すなと教わらなかったのだろうか。
「え?それだけ?」
「どう?どう?知ってた?」
見るからにウキウキしながら『知らなかった』という返答を待っている彩芽の顔を見ると、なぜか子犬を彷彿とさせる。悪戯に『知ってるよ』と言ってやりたい気分だが、そんな話は聞いたことがない。癪だが認めてやろう。
「そんな話、知らなかったよ」
「やったー!」
何が『やったー』なのだろうか?
「でも、そんな本、ないと思うよ」
「え?なんで?」
「なんで?って、だって私、去年と今年、図書委員だよ?でも、そんな話聞いたこともない」
「そ、そっかぁ……」
「なんでそんなにがっかりしてるの。ていうか、本開いただけで死ぬ、なんて抽象的過ぎ。なんで死ぬの?不幸が次々と―—とか?昔、本を持ってた人が非業の死を遂げてその怨念が―—とか?」
自分で言いながらも、おかしな話だと思う。もし不幸が襲い掛かるなら、単にその人の運のツキが悪かっただけだと思うし、それこそ怨念なんて存在するとは思えなかった。そもそも、そんな危なっかしい本がうちの学校にあるとしたら、今まで死んだ生徒もいるだろうに、そういった話も一切聞いたこともない。
「だってー!本の虫の夏希ちゃんならなにか知ってると思ったから。えーっとね、詳しくは知らないんだけど、なんか本を開くと、そこには人の顔が描かれていて、その顔が絵なのに動き出すらしいの!そしたら死んじゃうんだって!」
いや、本当に抽象的過ぎだろう。本当にこの子は同い年だろうか。と思う。というか、誰が本の虫だ。
「はぁ。わかったわかった。調べといてあげるから。なにかわかったら教えるよ」
「やったー!ありがとー!」
同時に、休み時間終了の予鈴チャイムが鳴り響く。
「あ、休み時間終わっちゃうね。さっきの件、絶対だからね!」
「はいはい。遅れるよ」
バタバタと彩芽が教室を出ていった。嵐のようなお喋りに、私の耳は少し疲労を感じていた。本当に、犬みたいだなぁと思う。二年生にもなって、クラスも離れてしまったのに、わざわざ未だにこうやって話かけてくるのだ。まぁ、他に大して友達もいない私には少しありがたいことなのだが。
「はい、授業を始めますよー!」
彩芽と入れ違いに来た、初老の女教師が甲高い声で叫んだ。
私が高校生活で一番憂鬱な、数学の時間だ――
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