第4話 葬式

ある朧月の夜


 通夜の会場に僕は来ていた。あいつは多くの人間に慕われていたらしい。たくさんの人間がしくしくめそめそと泣いている。


 煩わしい。


 いや、葬式の場なのだ、泣いているのが正しいのだろう。幼い日、父母の葬式で、泣きもせずにただぼけっとしていたとき、注がれた視線を思い出す。

思わず笑いそうになるのを堪え、あたりを観察する。すると自分以外に泣いていない者を見つけた。


 あいつらの娘だ。


 前に会ったときとはまるで違っていた。髪はボサボサで、頬は痩せこけ、キラキラと生気に満ちていた目は澱んでいた。そして涙は枯れている……。

ふと誰かに似ていると感じた。


 ……ああ、そうか。……僕と似ているのか。


 なら少女はなぜ泣かないのだろうか?


 涙が枯れたのか?


 悲しすぎて泣けないのか?


 それとも……心がコワレタのか?


 その答えが知りたくて、少女に近づく。ぼんやりしていた少女はこちらを見上げた。その澱んで焦点の合わない瞳に僕が映る。するとどうしたことだろう。少女の瞳に光が戻る。どんどんと瞳を潤ませ、顔をくしゃくしゃに歪めていく。そして体当たりをするように抱きついてきた。


 腹に固い頭がぶつかって痛かった。


 ……まあ、もう少し下だったら痛いではすまなかっただろうが。


 それはともかく、少女は人目も憚らずに大声で泣き出した。どうやら少女の涙は枯れていなかったようで、後から後から溢れてくる。この子の心は壊れていなかったのだ。


 ならなぜ今まで泣かなかった?


 なぜ僕が来た途端に泣いた?


 そう問いただしたかったけれど、なぜかできなかった。


 そのとき僕が少女を抱き締め、右目から一滴の涙を流していたと聞かされたのは、ずっとずっと後になってからだった。

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