第181話 招待状

「電車通学……気をつけてくれよな?満員電車には悪い事がいっぱいだ。」


 真秋は悠子の電車通学に思うところがないわけではない。


 ただ、過保護過ぎやしないかという面も大きく圧し掛かる。


「だ、大丈夫だよ。護身系は茜さんから、治療系は瑞希さんから教わりますし。心の支えにおに……真秋さんがいつでもこことここにいますから。」


 悠子はこめかみと胸に順に手を当てた。今の内から対処法を多少なりとも身に着けていれば備えありと考えているようだった。


 痴漢や暴行には遭遇しないに越した事ではないが、受ける方としては完全に被害者なわけで、自らが悪いわけではない。


 いつどこで自分がその被害にあわないとも限らない。天災と痴漢は予測できないのである。


 半虐め被害を受けていた悠子としては、若干なりともメンタル強化トレーニングを受けていたとも取れる。


 ほぼ解決したおかげで、これ以上の強化は望めないけれど、嫌でも苦しむ経験をしている。


 



「それに反対方向だから……ち、痴漢とかの心配はあまりない……と思う。」


 少ないなら少ないなりの心配もあるのだが、満員に比べれば心配は少なくて済むだろう。


 痴漢だけでなくスリや置き引きなんてのも、ニュースの世界だけの事ではない。


 案外身近に転がっているものである。


「それでも心配はしてしまうよ。この1年2年は波乱万丈過ぎたから。ともえの浮気托卵結婚詐欺、瑞希の監禁・殺人未遂・暴行……」


 この他は口に出すと、フラグ建築士によっていらないものを引き起こしてしまうと思い、真秋は口にする事はない。


 

「こんな事、人生で遭遇する事自体が稀でしょ。浮気はあるような気がしないまでもないけど。」


 統計を取ればわかるのかもしれないが、真秋はそこまでは深く気にはしていない。


 自分が口にした波乱万丈の中では、世間的にまぁあるよなと思われるのは浮気か暴行が一番多いのは間違いない。


 暴行の殺す気満々でのものはそうそうは起きない。


 ただし、対岸の火事と思っていると痛い目を見るかも知れないので、1割くらいは心の中で気を配っておいて損はない。


 安全3・仕事7の精神論みたいなものである。



「そういえば……さっき悠子を抱きしめた時、全然嫌な気はしなかったな。懸念してたかもしれないけど悠子は似てる事に少しコンプレックスを抱いてるだろ?」


 誰にとは言わないが、そんなものは一人しかいない。


「俺もどこかに引っかかりがないわけじゃなかった。いや本当に申し訳ないけど。だから咄嗟の時を除いて抱きしめたりとか出来ないと思ってたんだけど……」


「自然と出来ていた事に今更吃驚してる。まぁ、アレはまだ反応出来ないみたいだけど。」


 反応しないまでも、製造機関は機能している以上いつか爆発してしまうのではと思わなくはない。


 


「出来れば反応して欲しいな。」


 視線を逸らして赤面する悠子。正面には真秋がバツの悪そうな顔で頭をポリポリと搔いている。


「それについてはごめん。」


 真秋は鈍感系主人公を気取る事はしない。目の前で喋られれば嫌でも耳に入るし残る。


「何が言いたいかというと、素直に抱きしめる事が出来て嬉しかったという事だ。正直実際思い出してもドキドキしている。」


 

「そうやって少しずつで良いから私達を受け入れてもらえると、私達も嬉しいよ。」


 24歳にもなるのだ、周囲の同級生の中には子供が幼稚園に通っている者もいる。


「茜は直ぐに下ネタに走るけどな。」




「それなんだけどね。私達だって下心が全くないわけではないんだよ。」


「私はまだ学生だけど、既に大人な瑞希さんや茜さんが何も抱えてないはずがないんだよ。」


「でも、みんな一途だから多分そういうのは表に出さないように別の事で紛らわせてると思うんだよ。」



 真秋は、茜は一人でシてるだろうなと即刻想像する。


 しかし瑞希はどうだろうか、一人で慰めている姿が想像出来なかった。


 学生時代の父の事がある以上、もしかすると真秋以上に性に臆病になっているかも知れないと考えていた。


 窮地を救った王子様であっても、完全に氷河を打ち砕けているかはわからない。


 宿泊デートやマッサージをしていたとしてもである。


「悠子はその……一人でなぐっ……」


「おにいちゃんのえっちすけっちわんたっち!」


 




 数日が過ぎ、真仁達社会人は仕事に、悠子は学校に通い日々は流れていく。


 水の流れと同じように、口に出してしまった言葉は戻る事はない。


 微妙な関係になる事はなく、真秋と悠子達の日常に変化はなかった。


 なお、真秋の想像通り茜はたまに一人で慰めている。


 たまに声が漏れたりするが、隣人は聞かない事にしていたのである。


 壁が薄いから隣人が気付いているわけではない。ただ単に、窓が全閉・鍵が施錠されていない状態でシているものだから聞こえてしまうのである。


 

 仕事が終わり帰宅する際、1階にあるポストから投函物を見ると、真秋はふと気になるものを見つける。


 当時はともかく、卒業後にそこまで付き合いがある相手ではないので、このアパートをなぜ知っているかの疑問はある。


 個人情報はどこへ行った?と真秋が思ってしまうのは仕方がない。


「ん?」


 その郵便物は、一枚の葉書が折りたたまれており二枚綴りとなっていた。


 開いてみると、参加と不参加の文字が大きく自己主張をしていた。


 それは中学時代の友人からの結婚式の招待状だった。 

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