第180話 進路と決意
「私ね、幼稚園の先生になりたい……」
「だから……第一種免許の取れる大学に……行きたい。」
真秋は悠子の言葉に絶句した。大学に通うという事は、電車通学か近場に引っ越しが必須となる。
前向きに人生を考えている悠子を応援するべきなのだろうが、素直に喜べない真秋だった。
資金についても問題がある。あの両親が果たして悠子に出すのかどうか。
おじさんとおばさんを悪く言っても仕方ないけれど、ともえとその子供の事で悠子の事はないがしろと言っても良いと真秋は思っていた。
実際、悠子が真秋のところで生活する事に関しては了承を出している。そのため真秋が未成年への誘拐で捕まる事はない。
高校の授業料は支払われているし、小遣い等は悠子の口座に振り込まれている。
だが、それだけだと言われても仕方がない。孫の面倒を見るだけで手一杯なのは、何の連絡もない事から窺える。
悠子の真剣な表情を見ると真秋も無下に違う進路を薦める事は出来ない。
これまで全く進路について触れて来なかったとはいえ、意思表示をしてきたのだ。
真秋の中では応援するという選択肢以外にはありえなかった。
それと、心配は別問題である。
心配の種の一つである悠子が通いたい大学を聞くと、ここから数駅先にある教育系の学部のある大学だった。
「そうか。悠子が決めた道だ、俺が反対する理由はない。寧ろやりたい事があると言われて最初は驚いたけど、俺は嬉しい。」
真秋の言葉を聞いて嬉しそうな顔で顔を綻ばせる。
姉の事があってほとんどの事で後ろに一歩引いていた悠子の意思である。
真秋は全面的に協力をしようと決意した。
場合によっては一人暮らしを選択してもそれで良いと。
そしてその選択を思考に入れた時、寂しいという感情が浮かんでいるのを真秋は実感してしまった。
何だかんだとありながらも、悠子が同じ家にいる、茜が茶々を入れに来る、瑞希に癒される……この生活を充実していたものだと実感していた。
「それで、大丈夫なのか?」
言葉が足らず、何に対しての大丈夫なのか普通であれば選択肢が広すぎる。
しかし悠子はそれだけで、真秋が言いたい事を汲んでいるのか、思考する時間も気にせず答えた。
「学力の方は先生とも話してあるけど、このまま維持出来れば問題ないって。それでお金の問題だけど……」
普通であれば奨学金だろうか。あの親が悠子に金を使える状況にあるとは思えないと真秋は踏んでいる。
「おに……真秋さんは意外に思うかもしれないけど、両親が出してくれるって。」
いつのまに相談していたのだろうか。真秋は不思議に思っていたけれど、考えてみれば家族なのだから連絡の一つも取る事だろう。
悠子に確認を取ると、一発返事で入学金等はどうにかすると言った事を聞く。
「財形貯蓄がそれなりにあるからどうにかなるって、お姉ちゃんの事で迷惑を掛けてるからこのくらいの事はさせてくれって。」
贖罪のつもりで悠子を支援するというなら、それは少し違うだろう。
たとえ真秋の家に保護されている形であっても、他にやる事があったはずだ。
ともえの子供がどうなったかなど真秋が知る由もない。
それでも何もないよりはマシと判断はせざるを得ないというだけである。
「そうか。まぁそれならばそれは素直に受け取る方が良いよな。合格したら……」
「甘えたい自分と甘えてはいけない自分が葛藤してるの。瑞希さんの件で人の怖さも身に染みた。自分が受けた苛めのようなものなんてなんて事のない程に。」
悠子は口を強く結んで胸に手を当てる。
アパートを出て一人暮らしをするのも、自身を磨くための努力機会となる事を理解している。
それでもここを出て一人暮らしをするのが怖い自分もいた。
瑞希の件で人が少し怖くなっていた。見知らぬ人ばかりの土地で一人というのは恐怖を抱くには充分だった。
現在悠子を恨んでいる人間がいるかは不明であるが、悠子を虐めた生徒の数人は罰を受けている。
逆恨みをして何をされるかはわからない。それは勿論通学にしても大差はないのだからそんなに変わるものでもないが、常時となると話は変わる。
アパートに住んでいるままであれば、身近に真秋がいれば安心は得られる。
その差は大差と言っても過言ではない。
甘えと取るかは同じ目に合わなければ理解することは出来ない。他人がとやかく言う事ではない。
それでも家主である真秋には引き止める権利も追い出す権利もある。
「俺の個人的な我儘を言って良いか?」
悠子は黙って頷く。神妙な顔つきなのは悪い方の結果を捨てきれないからであろう。
「出て行くな。このままここに居て欲しい。真っ直ぐに悠子達女性陣を見つめられるようになったのはここに集まる皆のおかげだ。」
「俺は思っていたより贅沢で強欲だったみたいだ。俺に集まる人の誰が欠けても嫌だと思っている……事に気付いた。」
ほんの数ヶ月前では考えられない現在の状況に、真秋は大分順応していた。
女性不信に片足突っ込んでいたのが嘘のように、女性を見ただけで嘔吐しそうになる程だったのが嘘のように。
それでも全ての事に克服しているわけでもない。
未だにセンサー的なものが働く事はあるため、万全とは呼べない。
先程の水族館でも、気分が少し悪くなることもあったが誰にもそれは見せないように努めていた。
悠子を始め一緒に行ったメンバーに心を安らげる感覚を覚えているのはもう依存にも近い。
今更この中から誰か一人でもいなくなる事は、ありえないとさえ思っている。
真秋は一歩前へ出ると悠子を抱きしめて頭を撫でる。
その突然の出来事に戸惑いを覚えると同時に赤面を隠すように顔を下に向けた。
「ゆうこてぇんてぇか……良い響きかもな。」
一種を取得するのであれば将来的に園長になる事も出来る。
30年後、園長先生をやっている可能性も否定できない。
想像すると、その妄想内での微笑ましい姿に自然と笑みを漏らす真秋。
「おにぃい……真秋さん。あ、当たってます。」
「当ててるんだよ……」
反応しているわけではないが、丁度悠子の臍の下……腰あたりに真秋の大事なものが押し当てられていた。
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