第172話 王様だーれだっ

 「その様子だと元気そうね。今は休憩中なので友人モードね。」

 オンとオフは切り分けるようだ。一色看護師は瑞希と接するのに同僚で友人モードとなっていた。

 一色は既に瑞希の姉、環希とは面識がある。そのため改めての細かい自己紹介はなかった。


 しかし、悠子と茜は初めてのため軽く名前と瑞希の同僚とだけ自己紹介していた。


 椅子を持ってくるとガンという音と共に置く。

 そしてそのままその椅子にすっと座った。

 ピンク色のナース服が一色の胸を強調していた。


 別にナース服の色に意味はない。

 正看護師だとか准看護士だとか、看護師と検査技師だとか、特殊な資格持ちとか、看護師長だとかを分けるわけではない。


 従来の白だと病院が苦手な人にとっては恐怖や威圧感を与えると考えるとも近年考えられている。

 そのため心を落ち着かせるネイビー色を取り入れているケースも多い。

 清潔、誠実、安心、信頼、信用などといったイメージを受ける傾向にある。


 しかし実際は色に対する法律があるわけでもなく、病院の趣味で決められる事が現在では主流となりつつある。

 この病院も白やピンク以外にも件のネイビーもあれば、薄いオレンジなんてのもある。


 一色がピンクを着ていると、少し茜臭がするのは真秋の勝手なイメージだろうか。

 人妻で子持ちという事だけでそこまでイメージを固められるのも迷惑な話である。


 「砂糖が外まで漏れてきてるから思わずノックしてもっしもーししちゃったよ。」


 「それで、黄葉さんは何を悩んでるのかな?倫理感?法律?それとも甲斐性?」

 「そりゃ自身含めて4人分の生活費は大変ですものね。でも学生の一人を除けば3人が働いているわけだし大丈夫でしょう?」


 「そういうので悩んでるわけじゃ……」


 

 「そんなあなた達はもう少しお互いの距離を縮めるスキンシップが必要だと思うんだ。」

 「となればやる事は一つ!【ポッキーゲーム!!】しかないよね。」


 「そそ、それはハードルが……」

 「心の準備が……」

 瑞希と悠子は尻込みをしている。いきなりの事で男女のABCについてはついて行けないのかもしれない。


 「よっしゃー私の時代っ」

 一人気合を入れているのは案の定、茜である。

 数年前の物静かな態度や物腰はどこへ行ったのか。

 誰か茜の半生を書籍化して欲しいものである。


 「それはなんだ?俺が3本のポッキーを同時に咥えてやるのか?」

 真秋は皮肉を交えながら一色に訊ねる。


 「違うよ、5本だよ。ここに女性が何人いると思ってるの?」

 一色はとんでもない事を言い出した。

 同時に5本も咥えたら、唇が触れる前に女性陣同士顔がぶつかってしまう。



 「冗談冗談。何時かはそんなカオスなポッキーゲームがあっても良いと思うけど。」

 人妻看護師の考える意味は分からない。そのようなポッキーゲームはどこかの小説の中でなら存在するかも知れないが。

 

 「これこれ、王様ゲームだよ。一応初心な人が2人いるので肌が触れる性的な命令はなしという事でならOKでしょ?」

 一色は周到である。直接触れなければと言っているのだ。

 それは間接的に触れるなら良いという事だ。

 それに性的な事は駄目という事は手を繋ぐとか抱きしめるとかマッサージはOKである。


 王様ゲーム用の棒を持ってきている当たり、本当に用意周到としか言えなかった。

 そしてこのゲームには瑞希の姉である環希も参戦である。



 「第二ゲームからは棒を持つのは王様って事で。最初は私が持つよ。」

 拒否も否定も入らない当たり、女性陣は実のところ何かを期待していたのかもしれない。


 (キスくらいなら……でも上手い事命令のペアにならなければいけないですし。)


 (性的じゃなければ何しても許されるっ)


 (密着するくらいは出来ないとだめだよねっ。お姉ちゃんの痕跡は全て洗浄しないと。)


 女性陣は意外にもヤる気満々であった。


 「面白みを出すために王様は、王様自身に対する命令はなしね。駆け引きとか楽しめなくなっちゃうから。」

 一色からのルールが追加された。


 これで王様自らによる、王様にディープキスをするとかズボンの中に手を入れさせるとかは封じられたわけだ。

 禁止しなければ茜当たりはこういう事を平気でしそうでもある。


 「王様だーれだ。」

 一応病室のため大きな声では叫ばない一同。


 「あ、私じゃん。」

 最初の王様を引いたのは、言い出しっぺの一色看護師だった。


 一色は二本の指をおでこに当てて考え込んでいる。

 緑色の大魔王ジュニア様の必殺技を溜めているかのようだ。


 「それじゃー5番が2番のおっぱいを後ろから回り込んで5秒間揉む。もちろん性的じゃない意味で。」


 一同、「ブッ」と吹き出してしまう。


 「私5番。」

 そういって5番と書かれた棒を見せてくる。


 「さぁ2番は誰かな~」

 手をわきわきとさせている茜。その手つきは厭らしい。


 「ちっ。」

 真秋は2番の棒を見せた。



 「あ、ちなみに逃げたら婚姻届けを3枚用意して3つとも記入してね。役所には出せなくても心の鎖にはなるからね。」

 中々の脅しに聞こえなくはないが、それはそれでありだと思っているこの場にいる女子全員だった。


 「逃げねーよ。ほれ。」

 茜に背を向けてさっさとやれと差し出した。



 「いっただっきまーす。もみもみ。むふふー!えぇ乳してはりまんなぁ」 

 口に出して真秋の両胸を揉みしだく茜。

 手つきがエロく感じるのはこの中でのエロ担当だから仕方ない。寧ろ今の茜は新橋のエロ親父である。

 こればかりは現状の瑞希にも悠子にも出来ない。


 しかし環希と一色は出来るだろう。


 「じゃぁ次ー。」


 そして第二ゲームが始まる。



 「王様だーれだ。」


 「あ、私だ。」

 今度は茜が王様を引いた。何やら波乱の予感がぷんぷんと漂ってくる病室内。

 一色は何が不満だったのか、こめかみのあたりを人差し指でこんこん叩いていた。


 「3番が1番にこのセロハン越しにキスをする。セロハンあるから性的じゃないよね。」


 「わ、私1番です。」

 最年少悠子が1番を引いていた。


 「って3番俺だし。」


 その瞬間「おー早速かー」という環希の茶々が入った。それに乗っかってるのは一色看護師である。


 真秋はセロハンを受け取り悠子の前に立った。


 「お、おに……ま、まさ……」

 お兄ちゃん呼びを止めて真秋さん呼びをしようと誓った悠子であったが、セロハン越しとはいえこの面々のなかでのキスは緊張が走る。

 恋愛感情を抱いてのそれではないため、どうにも複雑な心境だったからだ。

 

 しかしこの4人に全てを任せていたらいつまで経っても進展は遅い。

 環希の姉妹丼発言も、この王様ゲームも外野からのささやかな後押しなのである。



 「じゃぁいくよ。」

 ムードもへったくれもないけれど、真秋が悠子に近付くと、悔しそうな顔をする瑞希と茜。


 「はひぃっ」

 緊張しいの悠子に周りは囃し立てる。

 約二名、ダメな大人に認識されつつある環希と一色だった。


 左手でセロハンを持って近付いて行く。

 あと少しというところで悠子は目を閉じる。

 状況がどうあれ、これはチャンスと考えを変えたようだ。


 あと数センチというところで何者かによってセロハンが抜き取られる。

 勢いがついているため、当然真秋はそのまま悠子の唇へと生ダイブをする。


 「んっ」

 悠子は不思議な感覚に驚きを感じるが、キスはした事もないしましてやセロハン越しになんてした事はない。

 セロハン越しなはずなのに妙に生々しく温もりを感じるなと思っていた。


 不意に悠子が目を開けると、セロハンなどどこにもない。

 素の真秋の顔が其処にあった。その瞬間一気に脳が沸騰したかのようにふわふわしていく。


 驚いた瞬間には唇は離れてしまう。

 時間にして2秒にも満たない接吻。


 一昔の漫画であれば、湯気が出て目がばってんになってテンパっている状態だろう。

 悠子の頭はふらふらとしていた。


 その様子を見ていた瑞希は口元を手で覆い、茜は目を見開きショック状態で固まっていた。


 異変に気付いた真秋は悠子から離れると、セロハンをぶんどった戦犯を探す。


 「あんたか……」

 犯人は直ぐに一色だと分かる。先程まで真秋が持っていたセロハンを持っているのだから。

 

 「俺は初めてじゃないけど、悠子にとっては初めてだったはずなのに想い出もへったくれもないな。」

 セロハン越しだったとしてもカウントされるかは別にして、それはそれでどうなのだろうか。

 結局は受け取る人次第ではあるが、想い出としてはカウントされるに違いない。



 「ふっ、瑞希赦せ。私は平等なのだ。私は全員のキューピッドでありデビルでもあるのだ。」 

 

 こうして悠子のファーストキスは皆の前で王様ゲーム中での晒し者状態になってしまった。


 「あぅあうぅあ……」

 自分の唇を押さえて狼狽えている悠子の仕草は可愛く、周囲を和ませるには充分だった。

 穢れた……大人である環希や一色にはない癒しの尊さを出していた。


 「初々しいねぇ。」

 一色はしみじみ語っていた。



 「それじゃ、次行ってみよう。」

 20時になったわけではないけど、全員集合のノリで一色は次を促した。


 「王様だーれだっ」


 「おぉ、私だぁ。」

 最年長環希が王様を引いていた。

 一色は下唇の当たりに指二本を当てて考え込んでいる。



 「ふっふっふー。4番が2番の耳かきをしてふーふーする。もちろん膝枕で。」


 「4番です。」

 引いたのは瑞希だった。おずおずと棒をみんなに見えるように差し出した。

 

 「2番……また俺か。」

 ここまでくると誰かの作為を疑うレベルなのだけれど、真秋はまだ疑ってはいなかった。



 瑞希は恥ずかしそうに布団を捲り、上半身を起こすと身体の向きを変えて女の子座りをする。


 「あ、あの……どうぞ。」


 恥ずかしくも真秋はベッドに上がって瑞希の太腿に頭を乗せる。



 「何で瑞希の方を向かないのさー。」という環希のツッコミが入るが真秋は無視をする。


 「そ、それじゃ失礼しますね。」

 流石に耳かきはないので綿棒である。


 かしゃかしゃこしょこしょと耳穴を責められるのは何とも不思議な感覚なのか、真秋は若干ぷるぷると震えている。

 他人に耳搔きをしてもらう事が、気持ち良いなんて初めての事だった。


 「ふー、ふー……」

 恥ずかしそうに息を吹きかける瑞希の顔は真っ赤だ。

 「夫婦ー」と聞こえなくもないなと、聞いていた環希は思っていた。


 「おぉう。」

 息を掛けられた真秋は思わず声を漏らしてしまう。



 

 それから数ゲームが過ぎていく。



 一色の胸に5秒埋まる真秋。

 エドモンド本田が春麗にしていたように、茜をサバオリで激しく抱きしめる真秋。

 10秒間環希の尻をマッサージする真秋。


 性的スレスレなゲームは続いていく。


 そして次のゲームが始まる頃には、一色が部屋に来てから20分が経過していた。

 皆が棒を取り、自分の番号を確認する。

 一色は人差し指を顎に当てて「当ててホシーノ。」みたいなポーズを取っている。


 「1番が2番にセロハン越しにフレンチ・キスをする。」



 「2番……私です。」

 2番の棒を見せてくる瑞希は真っ赤っ赤となっている。キスという言葉に反応したのか、それとも言葉の意味を知っているからか。


 「1番は俺だけどさ、騙されないぞ。フレンチ・キスは別名ディープキスだ。セロハン越しにどうやって?」

 真秋は騙されなかった。指を指して発端である環希に抗議をする。



 「ちっ。せっかく瑞希に良い思いさせてあげられると思ったのに。」

 環希の本音が駄々洩れだった。


 「それに、なんで俺が必ず何かしら言い当てられてるんだ?番号がリークされてるとしか思えない。」


 一色と環希と茜が目を泳がせながら、ろくに吹けてない口笛で濁している。

 誤魔化しているのがバレバレだった。


 「ヲイ……」

 この王様ゲームの棒を持ってきたのは一色である。

 一色が細工をしていれば1~5の番号がわかっても不思議ではない。


 それを初心でない自分を含めた3人が王様になれば、真秋に対して何かしら面白イベントをさせる事が出来る。

 細工は単純で、先端にクリリンの頭のようなポッチが描かれている。

 それは一色にしかわからないよう、不自然に見えないよう、節に見えるようにこっそりと。


 そして王様が名乗り出た瞬間に真秋が引いた棒の番号を指で何かしらのジェスチャーをする。

 人差指1本で頬を掻いたり、指二本を使いしっぺのようにぺんぺんと叩いて急がせるような仕草をしたり。

 3本の指で顎をなぞったり、4本の指で耳の後ろを掻いたり。

 グーパーグーパーと握って離してを繰り返すと5番だったり。


 口裏合わせをしたわけではないのに、即座に気付いた茜も環希も少しおかしいのだけれど、蓋を開ければ簡単な事だった。



 「そ、そろそろ休憩時間も終わりだから戻るわね。」

 この中の女性で一番グラマラスな一色はボディコニアンはおどっているよろしく、身体をくねくねさせてからそそくさと部屋を出ようとする。


 「私も宿泊の許可取らないと、一色さん一緒に行きません?」



 「騒いだら喉乾いたね。悠子ちゃん一緒に行こう。」

 「あ、はい。」


 手続きのために環希は休憩終わりの一色と一緒に部屋を出て行く。


 喉が渇いたと茜は悠子を誘って自動販売機コーナーへと向かって行く。


 そして先程まで騒がしかったこの場には真秋と瑞希の二人が残された。



 「あ、あの……さ、さっきの、ディープじゃなくて良い……です。一瞬で良いです。」

 「私にもお情けを……口づけをしてはいただけませんか?」

 もじもじとしながら瑞希は上目遣いに訊ねる。その仕草は中学生のように初々しい。

 人が減って空気の循環が良くなるはずなのに、空調の効きは良くならない。

 


 「王様ゲームって罰ゲームみたいなものだよ。悠子に既にしてしまってはいるけど、こんなシチュエーションでも良いの?」


 一瞬考える素振りを見せるが唇を結んで頷いた。

 きゅっと握った拳が決意を表していた。


 「これを期に前向きに頑張れると思うんです。」

 競馬ゲームアプリのスペシャルウィークのようだった。


 それは真秋自身にも言える事だった。

 王様ゲームがなければ悠子とですら接吻に至るまではもっと掛かっていただろう。


 童貞でもないのに、ともえの事で恋愛臆病者となり踏み出すのにかなりの勇気がいるのか。


 こうしたゲームの、さらには第三者の強制的な後押しでもなければ一体いつになっていた事か。


 瑞希との間の関係も、横ばい状態で恋愛経験値の進みは遅いに違いない。


 真秋は瑞希の真横に座った。

 

 「俺も、前に進めるのかな……」


 「進めますよ、きっと。」

 瑞希は身体を真秋の方へと寄せる。ベッドに座っているから瑞希からいかないと近付けないからだ。

 しかし、流石に自分がいかないのも間違いと察したのか、真秋はベッドに手を付けると身体を乗り出して瑞希へと近付く。


 やがてふたりの距離はゼロへと近付き、重なった。


 「んっ」

 重なった時間は悠子と同じ2秒程度。

 真秋の中にも瑞希の中にも悠子や茜に対して悪いという考えがあるのか。

 示し合わせたわけではないけれど、ほぼ同時に離れて行った。 

  


――――――――――――――――――――――――

 後書きです。


 このパソコン、「ちゅんり」まで打つと「春麗」が2番目の候補に出てきたんだけど。


 さて、無理矢理二人とキスしちゃいましたよ。

 心はいまいち籠ってないかもしれないけれど。


 黙ってられますかね茜。

 あ、自販機行ってるから瑞希がキスしたなんてわからないか。


 しかし女の勘を舐めたらあかん。

 というか、席を立ったのも実はこれを促すためだったのかも。


 犠牲の云々も言ってたしね。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る