第171話 告白タイム

 笑みが戻ってきた病室に、再び思い詰めるような表情をしたのは悠子だった。

 大なり小なり伝え方は様々なれど、ここにいる環希を除いた女性陣は真秋に想いを告げてはいた。

 茜のは少し違うかもしれないけれど、まぁ想いを伝えたという意味では間違いではない。


 今この場で大体的に自分の気持ちを素直に叫んだ瑞希に、一歩リードされたように思えていた。

 この場の誰もが真秋への想いを抱き、そして何かしらのアキレス腱を抱えている。


 しかし、先程の真秋の言葉でアキレス腱はアキレス腱足り得なくなった。

 あとは当人同士の気持ちの問題。


 心持の問題だった。悠子自身もわかっている。

 名前呼びを統一した事ではっきりとわかっていた。


 妹キャラが受けるのは二次元だからだ。

 現実では妹はどこまでいっても妹。

 それが隣家で血の繋がりがない、関係性だけの兄妹だけだとしても。


 脱却するなら今しかない。

 決意を胸に、想いを胸に、長年の想いの丈をぶつける時。

 大人の魅力はまだ持ち得ていないけれど、この中で一番長い時を過ごしているのは自分である。


 姉の影に隠れて、姉に譲って、今もまた瑞希に譲ろうとしている。茜に譲ろうとしている。

 少しくらい贅沢しようとしても良いじゃないかと。

 


 「お兄ちゃん。お話があります。皆揃ってる今でなければ言えそうにありません。」

 悠子の只ならぬ雰囲気に押され、一同気を引き締める。

 真秋も悠子の顔を真っ直ぐに見つめていた。


 「お兄ちゃん、黄葉真秋さん。私、私は……安堂悠子は真秋さんの事が好きです。ずっとずっと前から大好きです。」

 先程の瑞希と似たような告白となってしまう。

 ただ、瑞希と違い今の悠子は真っ直ぐに真秋を見つめ、一言一句に想いを載せてその一語一語に重みを増して、先程までお兄ちゃんと呼んでいた者と同一人物かと疑う程凛としていた。

 

 「一番になりたいけど、一番じゃなくても良い。これからもずっと真秋さんの横にいて支えて


 これはもはやプロポーズではないかと思わせるような告白。

 廻りで聞いていた瑞希達もその言葉を真剣に聞いている。



 ある意味窮地に立たされたのは真秋である。

 こうして美人美少女に立て続けに告白をされると返答に困っている。


 一色看護師にも言われた言葉が反芻するのも事実。 

 それを自分でも考えていたのも事実。


 こんな良い子(人)達を悲しませるのはどうか。

 法律や倫理に縛られて悲しませて良いのか。

 しかし法を犯さず、それでいてみんなを倖せにするという事がいけない事なのか。

 その方法がベストの形で思いつける程、人間は完璧には出来ていない。


 一度結婚というものに絶望を抱いた。

 子供というものに絶望を抱いた。

 性行為というもに絶望を抱いた。


 真秋の心の中には既に彼女達がいる。

 日々の生活の中に切っても切れない絆のようなものが結合して離れない。


 絶望から救い出してくれたのは、ここにいる彼女達だ。

 感謝の気持ちが恋慕に直結するとは言い難い。


 命を懸けるくらい大切になっているという事実が、真秋の心の氷塊は確実に融けている事を指している。


 もしこの場に精神科の先生種田聖子がいたら、完治に近いと言われていたのではないか。



 真秋が出した答えは……


 「俺は今の関係に、ぬるま湯のような心地いい感覚に、関係に充分倖せを感じてる。正確にはこの充実が倖せだと気付いた。」

 「一歩踏み込むのが怖いという感覚もあるかな。特定の誰かを深く思う事で傷付く事を恐れている。」

 「今は好意を寄せていても、ともえのような事が起きるんじゃないかと……」


 「そんな事しない。」

 「そんな事しません。」

 「裏切られる事の恐怖は知ってるよ。犠牲になる恐怖も。」

 悠子、瑞希、茜と反論する。


 「俺もそう思う。だから心の中でその陰陽の考えが戦って……」

 「1番なんて決められない。逆に2番とか3番とかも考えられない。全員が1番じゃ……だめか?」

 その瞬間3人共表情に変化が現れる。難しい顔から柔和していく。 

 何を聞かされてるんだろうなと環希はにやにやしながら、真秋の言葉と女子達の顔を見て楽しんでいた。


 「そんな考えが最近強くなってきてる。そこにきての今回の事件。」

   

 「物凄く焦った。正直この世の終わりかと思った。間に合ったとは言えないけど、あれ以上遅くならなくてホッとした。」

 「だから……気付けば呼び捨てしてたし、ガラにもなくカッコつけちゃったし。」

 「そしてこれが瑞希でなくて他の二人だったとしても、同じだったろうなとも思った。」

 ぽりぽりと頬を二度掻く。緊張と照れの現れてもあった。


 「何が言いたいかと言うとだな……今のこの関係を続けていくというのは駄目かな?」

 「少し、誰かを愛するという事を思い出しそうなんだ。憎いとか怖いとかいう感情がなくなりつつあるんだ。」


 「結局体のいい三股みたいに聞こえてしまうかもしれないけど。」



 「ヘタレた……」

 環希はボソッと言う。隣にいた悠子には聞こえていたのか環希の方を一瞬見る。 



 「それなら一歩進んで欲しいと思うでござる。」

 右手を上げて茜が少しおちゃらけ口調で現状から一歩進みたいと申し出る。


 恐らくは瑞希や悠子では、こう言う事を言い辛いだろうなと思っての茜の先行策。



 「具体的には?」

 真秋は横で手を挙げている茜に訊ねる。


 「一緒の家に住んで欲しいでござる。多分話せば会長が物件見繕ってくれるでござる。」

 「それに防音とか空調とか太陽光とか色々つけてもらえると思うでござる。」

 それは随分と至れり尽くせりな提案であるが、物事はそんな単純なものでもないと真秋は思ってしまう。

 女性陣がそれでも良いと言ったとしても。

 これ以上真秋に何がストップをかけるのか。


 「黄葉君。好きか嫌いかの二択で言えば?」

 環希は堪らずに質問を投げかけてくる。


 「それは好きです。」

 迷わずに真秋は答えた。

 考える素振りもなくの即答。

 それは既に答えではなかろうか。


 愛情の好きか、親愛の好きか。問題はそこなのだけれど、とりあえずの好きという二文字で全員がホッとする。



 コンコン

 病室の扉からノックが聞こえる。

 

 「はい。」

 瑞希が返事をすると、「失礼します。」と入ってきたのは先程自動販売機でも会った一色看護師だった。


 「休憩時間なのでみん……瑞希の様子を見に来ました。」

 真秋には遊びに来ましたとしか聞き取れなかった。


 瑞希の様子を見に遊びに来ました。

 真秋の脳内ではこう聞こえていた。

 

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