第170話 アキレス腱からの……

 真秋達は家族説明室で二人の刑事から質問をされ経緯を説明した。

 友人ということで瑞希が怯えてる事を知り、親身になって相談に乗っていた事。

 女性の一人歩きは危険なため、誰かしらと一緒に職場から帰宅する事を実行していた事。


 当然その流れで実は同じアパートに住んでいる事。

 なぜ危険かと判断していたかという事。


 しかし、その説明の最中真秋は少し心此処に在らずといった感じだった。

 それもそのはず、あの時瑞希の口から出てきた言葉にまだ整理がついていなかった。



☆ ☆ ☆


 「私は真秋さんの事が好きです、大好きです。私、月見里瑞希は黄葉真秋さんの事をお慕い申し上げます。」


 そしてその後に続く言葉に一同絶句する事になった。

 

 「遠縁ですし、殆ど繋がりはないのかも知れませんが……」

 

 そこで一旦瑞希は言い辛いのか言葉を切って。

 寮の眼から雫が零れ落ちて次の言葉へ繋いだ。


 「も、元父の……名前は……き、喜納剛喜きとうごうきと言います。真秋さんの全てを奪った……あの喜納貴志の遠縁に、あた、あたります。」


 一同あまりの衝撃と事実に口を紡ぎもだす



 真秋は口を紡いだまま俯き、何と言葉を掛けて良いのかわからなくなっていた。

 それを示すかのように部屋の空気は重く感じ、部屋の温度も3度は変化したように感じていた。

 

 ちょうどその時、刑事が真秋達を呼ぶために部屋のノックをする。

 沈んで浮かばない空気の中にあっては、ある意味助け舟となったかもしれない。


☆ ☆ ☆


 真秋達が説明室で刑事と話をしている頃、病室では変わらず重い空気はそのままだった。


 「瑞希さん、お兄ちゃんは黙ってましたけど、きっと嫌いになんてなりませんよ。」


 茜に連れて来られた悠子は、瑞希を気遣い慰めの言葉で元気付けようとする。

 慰めというよりは本心からの言葉ではあるのだが……


 「それは気休めです。近くはなくてもあの血がある以上、私の受け入れられる要素は皆無です。」

 力ない口調で淡々と抑揚もなく返した。


 「気休めなんかじゃないです。それに私だってあのお姉ちゃんの妹です。血の繋がりといえば私の方が……方が……」

 ずずーんと目に見えて沈んでいく悠子。

 自分では気にしない、姉妹とはいえども別人だと頭の中で反芻しても、一度口にしてしまうと現実に打ちひしがれてしまう。


 沈みゆく二人を止める者はこの場にいない。

 残念ながら真秋も茜も環希も刑事と話をしている。

 この場には他に人はいない……


 「「はぁぁ」」

 深いため息を漏らしてしまう瑞希と悠子。


 その重苦しい空気のまま、二人は三人の戻りを待っていた。

 

☆ ☆ ☆

 説明室から出ると重い足取りの真秋を先頭に3人は病室へと向かう。

 その途中、前に出てきた環希に寄って歩を止められる。


 「黄葉君。あなた色々気にしているみたいだけれど、大事なのは個であって血ではないと思う。」

 その言葉に顔を上げてはっとする真秋。


 「瑞希の事もそうだけど、多分小澤さんの事も悠子ちゃんの事も。」

 「大事なのはその人個人だと思う。」


 そう言って環希は自動販売機にお札を入れて適当に飲み物のボタンを3つ押す。

 出てきた飲み物を真秋と茜に手渡した。


 「私は直接話を聞いたわけじゃないから気持ちがわかるとかは言えないけど、似ても似つかないでしょ。下種な父親なんかとは。」

 「本当にあの男の血が流れているのか疑わしいくらい真っ白い子だよ、うちの瑞希は。」


 「それに、親が誰かわかったからといって、これまでの事が嘘になるわけじゃないでしょ。お互いに過ごした時間が変わるわけじゃないでしょ?」

 

 「そうだよ。こんな私も受け入れてくれてるんだから。私も喜納貴志には思う所はありまくりだけど、瑞希さんの親が誰だって変わらないよ。」

 漸く喋る事が出来て茜は爛々と話していく。

 

 

 「瑞希を助けたあの時の黄葉君、男の子だったよ。瑞希を貰わないんだったら私が黄葉君に手を出しちゃうよ。って私も同じ喜納の血入ってるわ。」


 「で、どう?気になる?気にする?」

 少しお茶らけ気味の環希の言葉にふわっと心が軽くなっているのを実感する。

 真秋の表情から深刻さが消えていた。


 「姉妹丼とかいっちゃう?」

 目をパチパチとしてアピールしている環希は、活発にした瑞希を見ているようだった。


 「ばっな、何言っちゃってんのこの人はっ。」

 真秋も流石に突っ込まずにはいられなくなった。


 「私、今フリーだし。双子や兄弟姉妹ってのは好みも似る事多いみたいよ。助けられたわけじゃないけど、あの時の黄葉君を見たら惚れてしまっても仕方ないとおねーさんは思うなぁ。」

 冗談なのか本気なのか、ウィンクする環希は女子高生のように可愛く見えた。

 別れたとはいえ、元恋人や浮気相手達の事を身近に感じているはずなのに……強いなと思っていた。


 「相槌以外私の出番がない……」

 茜は少し微妙な心境だった。

 エロスの出番はないのか?と。



☆ ☆ ☆


 沈んだままの瑞希と悠子の元にノックと共に部屋に入っていく3人。

 部屋を出る前と同じ席……とはいかず、環希のいたところには悠子が座っている。

 新たに椅子を用意し悠子の隣に環希は腰を掛けた。


 思い雰囲気の中で、真秋は瑞希を見て話始めた。 


 「……瑞希さんは気にしているけど、俺は気にしてません。正確には、もう気になりません。それは悠子ちゃんにも言える。」

 「吹っ切ったつもりではいたけれど、喜納の事もともえの事も浮かんでいたのは事実。過去の事と流す事は出来ないけれど、だからと言ってあいつらと二人は違う。」

 「二人は違う人間だ。瑞希さんにしても悠子ちゃんにしても、俺にとっては今や大事な人だ。」


 茜が自分を指さして「自分は?」とアピールしている。

 気が付けば茜は男塾で言うところの富樫虎丸ポジに落ち着いている。

 

 「まぁ、茜もな。」


 実際、喜納貴志の父である貴文と瑞希達の父である剛喜の曽祖父が同じというだけである。

 血としては大分薄い。家系図には確かに載ってはしまうのだろうけれど、直接の血統量はかなり薄い。

 競走馬に例えるなら、インブリードの効果がない程度には薄い。


 瑞希達世代をサンデーサイレンスに例えるなら曽祖父はターントゥに遡る。

 瑞希達世代をダンスパートナーやサイレンススズカに例えるなら、曽祖父はヘイルトゥリーズンである。


 もはや血の繋がりを気にするレベルではないように感じてしまう。

 事実、茜は既にそう感じていた。



 「だから……瑞希さんも悠子ちゃんもごめん。変に不安を与えてしまって。あの地獄から救い出してくれた人達に酷い不安を……」

 真秋は下唇を噛んで自分の過ちを悔いる。もう少し噛めば血が出てしまいそうであった。


 「それならあの時みたいに瑞希って呼んでください。それだけで、それだけで勇気が出ます。」

 一筋の涙と共に瑞希がお願いをしてくる。それは何かに縋るように次の言葉を待っている。


 「あ、それなら私もちゃん付けはやめて悠子と呼んで欲しい。」

 便乗してきた悠子であるが、悠子自身このままでは妹ポジションから抜けられないと思っていた。

 卑怯かもと思いながらも、これを期に全員が前進出来たら良いと思っていた。

 

 誰が一歩前に出るではなく、全員が横並びになれたら良いなと。

 それが名前呼びになるのではないかと思っていた。


 「み、瑞希。」

 どもりながらも真秋は名前で呼ぶ。

 そのどもりは照れからくるもので間違いない。

 真秋の頬には照れからくる赤みが差していた。


 「はい。」

 瑞希は泣き止んだようで、笑顔でそれを打ち消していた。

 


 「ゆ、悠子。」

 瑞希の時同様、真秋は照れからどもってしまっている。

 これまで妹のように、年下の女の子としか扱っていなかったのだから仕方ないのかもしれない。

 

 「はい。お兄ちゃん。」

 棚から牡丹餅な悠子も瑞希に倣って笑顔となる。

 しかし、お兄ちゃん呼びは変わらないんだなと真秋は思った。


 「じゃぁ私の事も茜って……呼んでるじゃんっ。」

 少し置いてけぼり感のある茜も、ここぞとばかりに乗っかってくる。

 

 「そうだな。茜は現状維持だな。」

 ガーンとショックを受けるが、ドMなので恐らく下半身は何かしら反応を示しているはずである。

 今回敢闘賞を与えても良いくらい色々動いてくれていたので、本当は真秋も何か労ってあげたいとは考えていた。


 「じゃぁ、私も環希お姉ちゃんって呼ん……」

 これこそ本当の便乗であるが、環希まで参戦してきていた。


 「呼ばねーよっ」

 当然呼ぶはずもなく、思わずツッコミをしてしまう真秋だった。


 その代わり、沈んで重苦しい雰囲気だった病室には今では笑顔で満ちていた。

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