第169話 お慕い申し上げます

 病室にはベッドに横になってる瑞希、その横に椅子を並べて姉の環希、ベッドの反対側に真秋と茜が座っている。

 救急車で運ばれ、病院で検査と処置をされ、現在病室に辿り着いて漸く一息入れられた状況である。

 

 正確にはその間に、処置をした医師により今現在は異常はないけれど、一日ないしは二日は検査入院を余儀なくされた。

 身体の方は外傷がないけれど、内面の方は表には現れない。

 明るい表情をしていたとしても、実際は恐怖でどうにかなってしまう寸前という事もないわけではない。


 学生時代の強姦未遂……いや、口淫であっても強姦は成立するため、当時の元父は強姦が逮捕要因の一つだあった。

 他にも暴行とか付随するものがいくつかあったためその限りではないけれど。

 

 前回はその先に行きつく前に家を飛び出し結果的には貞操だけは守られた。


 今回も真秋が間に合わなければどうなっていたのかわからない。

 刃物を持ち出し脅した事もあり銃刀法違反、再度の暴行、誘拐、監禁、心に傷を負っていないはずがない。


 そうしたケアも必要となってくる。



 一番の薬はこの場にいるのだけれど、それを理解しているのは瑞希本人と、姉の環希……そして茜だろう。

 つまりは薬本人である真秋以外の関係各位という事になる。この場にいない悠子も理解するだろう。


 

 「少々お話をお伺いしたいのでよろしいでしょうか。」



 「席を外します。」

 真秋達3人は話をしたいという刑事に病室を譲り退席する。

 今病室には瑞希と二人の刑事が残り、誘拐からの一部始終を聞き出していた。


 環希はお泊りセットを用意すると、1階にあるコンビニへ行く。

 茜は悠子を迎えに行って貰った。大事には至っていないという事を本人の目で確認させてやりたかったからだ。


 もちろんこの後電話可能場所へ行き、一度連絡は入れる。

 電話先でホッと安堵している悠子の声は、電話越しでも真秋に伝わって来る。

 


 一人残された真秋はその後、自動販売機へと向かった。

 いくつかの椅子とテーブルもあり、小休止出来るスペースとなっているため、刑事の話が終わるのを待つ理由付けにもなった。


 「貴方が王子様ってわけね。」

 廊下に出て自動販売機でコーヒーを買おうとお金を入れ購入ボタンを押し、取り出し口からコーヒーを取ったところで声を掛けられる。

 

 真秋が声をした方を見ると一人の女性看護師が立っていた。

 真秋は「?」という表情で彼女を見る。


 瑞希とは違い、胸の部分には女性を強調する二つのものが、サンシャイン池袋というお笑い芸人のギャグのようにボゴーンボゴーンと膨らんでいる。

 よく見る鈍器ホーテのパチモンとは違う、本職の仕事着(ナース服)は貫禄もあり、とても凛々しく真秋の目に映っていた。


 「貴方が瑞希の……月見里のピンチを救ってくれたそうですね。ありがとうございます。」


 どうやらここは瑞希の働く病院だったのかと真秋は思った。偶然ではあるけれど、救急車の運搬先は職場だったというわけだ。


 「いえ。大事には至らなかったけど、一歩遅れていればどうなっていたかわかりませんし、抑連れ去られたのは自分の落ち度……」


 「そんなわけないでしょう。誘拐を防ぐなんてどだい無理な話ですし。ニュースではもうやってたみたいだけど刃物持った相手から守ったりとか……普通簡単には出来ない事ですよ。」

 明日何時に誰誰を誘拐しますという事前予告のある事であれば、防げるかもしれないけれど、いつどこで来るかわからない元父から守り切るのは通常不可能だ。


 真秋は分かった上で出来るだけ防ごうと努力はしていた。それでも事件は起きてしまった。

 起きてしまった以上は、真秋も自分の落ち度を感じずにはいられない。

 もっと何か出来たのではないかと。


 「彼女には……みず……月見里さんにはこちらも救って貰ってますから、身体を張るのは当然かと。」


 「なんで言い直したし。」

 少しだけ看護師の口調がフレンドリーとなる。

 それを良い機会と思ったのか彼女は話を続けた。


 「私は月見里瑞希の同僚で【一色光琉いっしきひかる】と申します。【ピカリン】と呼んでくれて構いません。」

 ネームプレートを指して自己紹介を始めた。


 「あ、遅れました。私は黄葉真秋と申します。」

 自分の事を俺ではなく私と言うくらい、真秋の言動は随分と堅かった。


 ピカリン事一色看護師は、瑞希から色々聞いていると言ってくる。

 色々といっても、固有名詞は出していないし、瑞希以外の二人の事を聞いた事もない。

 あくまで、気になる人がいてその人に振り向いては貰えないという程度である。


 これまで色々な人に声を掛けられていながらもことごとくを拒否してきていた同僚のデレ期に乗ってこない女子は少なくない。

 休憩時間中に色恋話をするのは仕方のない事だと思うだろう。


 だから真秋は自ら墓穴を掘る事になる。

 自分の婚約破棄の話を軽く流し、その後女性が苦手になり、それを救うべく3人の女性が身近で奮闘してくれているという話に至るまで。

 自分でゲロする事になった。


 「で、このまま三股状態を続けるんですか?」


 「三股じゃないし。いや、三股というか……誰か一人にって出来ないだけで。抑元婚約者にクソみたいな仕打ちを受けたんで。」

 そういえば、この一色看護師と会話をしていても、嫌な気がしなければ吐き気もしない、もしかすると治ったのかな?なんて真秋は思っていた。


 「一色さんとこうして普通に会話出来ているのも、もしかしなくても彼女達のおかげなんだろうなと思ってますが。」

 「だからといって、完全に女性不信が治ったか判断出来ませんし、特定の誰かと親密になってもう一度結婚に前向きになって子供もって考える事が出来なくて。」


 「難しいならハーレムにしちゃえば良いじゃないですか?初対面で言う事ではないですが。誰かを選んで誰かが悲しむなら、全員ときゃっきゃうふふしても良いんですよ。」

 「この国で重婚は犯罪ですけどね。一緒に住んじゃいけないなんて事はないですし、子供を作っちゃいけないという法律でもないはずです。」


 なんて事を提案してくるんだこの一色看護師は?と思ったけど、真秋は言葉に出すことは出来なかった。

 内心全く考えていない事ではない。突拍子もない意見であるが、誰も傷つけないという意味ではこの意見はもっともな話だった。


 邪魔をするのは倫理と世間体。

 当人同士が良くても、産まれてくる子供はどう思うか。


 それらをぶち壊してくれるとんでもない存在がいるのだけれど、真秋はそこまでは知らない。

 田宮未美という偽名を使っている少女のような女性が、倫理や世間体とはかけ離れた存在である事を真秋は知らない。

 

 同僚として付き合いのある瑞希の悲しむ姿は見たくはないのだろう。

 ベストは無理だけれどベターを模索した結果のいち意見であった。



 「ところで、お仕事は良いんですか?」


 「目下交代での休憩時間中です。」

 逃げ道は封鎖されていた。レインボーブリッジ以外はどうやら封鎖されてしまうようだった。


 「もしかして口説いてます?私人妻ですよ。」

 誰もそこまでは聞いていなかった。


 「しかも3歳になる子供もいますよ。」

 もちろんそこまで聞いてはいなかった。


 そして休憩時間の終わりが来たのか、一色看護師は一礼をして職務に戻っていった。



 一色看護師の姿が見えなくなると、今度は入れ違いで悠子を連れた茜がやってくる。


 「あ、お兄ちゃん。」

 「ご主人様……」

 悠子はともかく、茜は平常運転だった。


 「あのな、流石に病院でご主人様はやめような?」



 悠子は真秋の心配もしていた。

 ニュースで刃物の話も出ていたし、病院という場所もあるし、誘拐された瑞希を救い出したという事を聞いたからだ。


 「本当にお兄ちゃんらしい。自分の事よりも相手の事を気遣うんだもんね。ある意味で当然なのかもしれないけど、なんてことないようにしちゃうから……」

 

 「買いかぶり過ぎだ。誘拐されたのが悠子ちゃんでも茜でも同じようにしていた。」 


 この言葉が出るあたり、真秋の中での三人は横並びな事が窺える。

 少なくとも、茜を捨て駒のようには思ってはいない。


 刑事は一度席を離れ署に連絡をするという。

 今度は真秋・茜・環希にも話を聞くと言う。

 病院が同じ階にある部屋を貸してくれるので、そこで話をして欲しいとの事だった。

 

 15分後くらいに声を掛けにくるという事だった。


 こういう時の第一声はどう声を掛けて良いのかわからない。

 「瑞希お姉ちゃん、大事に至っていなくて良かった。」


 これは本当に救いだった。もしあの元父が今度は本当に強姦を成していたとしたら、この場にいる誰も言葉を発する事は出来ない。

 誘拐されて縛られただけでも恐怖は半端ないし、良い事はないのだけれど。


 お互い無事を喜びあって、その様子をほのぼのと眺める環希がいて、もうすぐ刑事が迎えに来る時間となる。

 再びこの部屋の人数が変わる前に、瑞希は何かをしようと息を飲み込んだ。


 「このような時にこのような事を言うのは反則かも知れませんが、今を逃したらもう言えない気がします。」

 赤みを帯びた頬に真一文字に気合を入れた唇からその覚悟と内容は窺える。

 目をキッと真秋に向けて口を開いて言葉を紡ぐ。


 「私は真秋さんの事が好きです、大好きです。私、月見里瑞希は黄葉真秋さんの事をお慕い申し上げます。」


 言い回しは古臭いかもしれないが、真秋の心にはクリティカルヒットしていた。

 


 そしてその後に続く言葉に一同絶句する事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る