第168話 瑞希って呼んで欲しい
それからは怒涛のように過ぎていった。
小さな少女……田宮未美が部屋に入って来ると、その後に続いて警察が流れ込んでくる。
警察が何を言っているかは真秋には聞こえなかった。
元父親の元に次々と流れ込み、取り押さえていく。
それよりも真秋にとっては、目の前の方が大事だった。
「瑞希、これ。」
真秋は戦闘する前に脱いでいた上着を瑞希にそっとかけてあげた。
拘束されていた手首等に赤い跡が、痛々しく真秋の目には映る。
「手首とか痛くない?茜、何か持ってないか?」
茜はポケットからコールドスプレーを取り出す。
「持ってるんかい。流石だな。」
医療用ではないので多用するわけにはいかないが、瑞希が身を捩っている時に鬱血しているため、例え気休めであっても何かしなければいけないと行動していた。
「救急も呼んであるからまずは病院に行きましょう。その道中か、その後かに事情聴取は必要になるかと思いますが。」
真秋の元に田宮が近付き話しかける。
救急隊が数人瑞希の元にやってくる。同時に警察官もやってきていた。
瑞希の元父は警察に連行されていく。
一応股間の事もあるので病院に連れていかれるのかもしれないが。
がっちり警察官に固められて運ばれていく。
「馬鹿な父親……近親相姦が悪とは言わないけど、やり方ってのがあるのに。双方向の愛がなければそれはただの獣欲。」
「寧ろ獣の方がきちんと子孫のためという大義名分があるのに。一方通行の押し付けはどこの世界でも悪にしか繋がらないのにね。」
「私のお兄ちゃんは本当に素晴らしいのにね……所詮あの男もあの一族という事かな。」
運ばれていく元父の姿を見送りながら、田宮未美は呟いていた。
田宮の言葉は真秋には聞こえていた。
ただし、その言葉の真意までは読み取れなかった。
あの一族とか近親相姦に関する事とか、真秋には何を指しているのかわからない。
救急車には真秋と瑞希の姉である環希が同乗する。
その外では茜は田宮と話していた。
「差し引きゼロね。」
「……はい。」
少し言葉が聞こえたが、真秋には全容は掴めなかった。
何故か田宮は茜の両頬を摘まんでいた。
茜ががっきゅうう〇こと言っているのが聞こえてくる。
どうやら田宮の部下としての罰は、この場での恥ずかしいセリフであるようだ。
その後頭をなでなでされているところも見えた。
それはどうやら褒美のように見える。
この二人の関係は一体何なんだと思う真秋であったが、聞いてはいけないところなんだろうなと心に留める事にした。
救急車の中、救急隊による応急処置が行われる。
警察官は事態の重さも鑑みて、病院での処置が終わってからにするとの事。
瑞希は頬を少し紅潮させながら真秋の顔を見ている。
何か言いたい事があるようだ。
「あの……」
「ありがとうございました。」
「そんな、結果的に間に合って、結果的に撃退出来て、結果的に大事に至らず元父親は逮捕されたけど、危険に晒してしまった事には変わりない。」
「怖い思いをさせてしまったのは申し訳ない気持ちで……」
真秋は少し頭を下げて言う。
「そんな事……ない、です。ヒーローのように駆けつけてくれました。」
もしこれが茜であれば、子宮がキュンときて濡れちゃったよとでも言っていただろう。
ただし、「ゴブリンやオークに捕まった女冒険者が、寸前で助けられる光景ってこういう感じなのかな。」なんて呟いていたのは、聞こえなかったように努める真秋だった。
姉の環希がいる事も忘れて、瑞希は真秋をずっと見ている。
その表情は安堵から本当に安らいでいるように見えた。
環希は二人の様子を黙って見ている。救急隊員は一人を除き蚊帳の外となっている。
「……まだ、ドキドキが止まりません。」
真秋はそれを、まだ恐怖が残っていると考えていた。
瑞希は救急車のベッドで横になっている。
安心させようと抱き着くなんて行為は、選択肢からは最初から除外されている。
真実はヒーローのように現れて救ってくれた真秋に対する恋慕のドキドキだったのだけれど。
無意識か、真秋は瑞希の手を握る。
それを意識したのか瑞希の顔は先程よりも赤くなり、動揺して目を大きく見開いていた。
真秋と瑞希は見つめ合っている。
周囲の姉・環希や救急隊員は空気のようになっていた。
「そういえば、私の事……瑞希って……」
「あ……」
「ご、ごめん。あの時は我を忘れて、必死過ぎて……馴れ馴れしかったかな。」
瑞希は首を横に振る。
「いいえ、寧ろ今後も瑞希と呼んで欲しい……です。」
真秋は息を飲んで首を一度上下させた。
救急車は赤信号を救急隊のアナウンスとサイレンと共に進んで行く。
「ひゅーひゅーだよー」
そこで漸く空気と化していた瑞希の姉、環希が茶化してくる。
「お、お姉ちゃん……」
そして救急車は病院内へと入っていった。
警察と救急の配慮か、偶然かはともかく二人は別々の病院へと運ばれる。
知っていたのかはわからないが、元父親は瑞希の勤める病院には運ばれていない。
「お兄ちゃん達……大丈夫かな。」
流石にあの場に連れて行くのは学生には酷だと判断され、アパートに残されていた悠子は鳴らない携帯電話を握り締め、皆の安堵を祈っていた。
テレビを付けていた悠子は、偶然ついていたニュース番組を見ていた。
気が気ではないため、意識をして見ていたわけではない。
それでもそのニュースだけは嫌でも意識せざるを得なかった。
全国版では流れないかもしれないので、地元のチャンネルをつけていた。
「先程〇〇市で実の娘を誘拐した男が逮捕され病院に運ばれました。治療を待った後に緊急逮捕する模様です。」
「男は妻とは離婚が成立しており、先日出所してきたばかりでした。尚、男には河川敷で遺体の見つかっていた連続殺人事件の容疑も掛かってり、警察は殺人の容疑も含めて捜査る模様です。」
そのニュースが耳に入った悠子は、瑞希の父親の件だと理解していた。
真秋からの連絡は未だ届いていないが、ひと先ずの安堵を得る事が出来ていた。
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