第167話 男子は大抵中二病。中二病だからこそ活路がある。

 「瑞希ィィィィ、もう大丈夫だぁぁぁぁぁぁっ!」


 その言葉を瑞希とは反対側、この部屋の鍵を開けた茜は聞いていた。

 鍵を開けたのは自分なのにな……などと哀愁に酔う事はない。

 自分のせいでこのような事になったのだから、最悪の事態になる前で良かった……というわけでもない。

 

 状況を見るに、何かしらあの男にされている。

 その場の勢いで自分を中心に考える事は出来なかった。


 裏切られる辛さはこの場にいる全員が味わっている。

 真秋はともえに、茜は喜納に、瑞希は父親に、環希は父親と彼氏に。

 自分を中心に考えて良い事はない、それは裏切った彼ら彼女らを見ていれば理解出来る。


 茜が考えていた事。

 真秋が父親と対峙している間にどうやって瑞希を救い出すか一点だった。


 そこで自分が傷つく事を真秋は良しとしないだろう。

 だとしても、身動きの取れなくなる真秋の代わりに出来る事をしなければならない。


 茜は息を潜めてその瞬間を狙う。


 環希は茜から預かった電話を持って出入口を固めていた。

 無理する事は出来ない、ならば邪魔はしない。

 しかしいざとなれば妹のために全てを賭ける覚悟は持って。





 「小僧、俺の邪魔をするという事はどうなっても良いという事だな。それにお前……見た事あるぞ。」

 父は瑞希の身体から手を離し立ち上がる。


 立ち上がった父親はこのような状況でなければ本職の幹部くらいには見えた。

 本人の行いのせいでそれらは全て台無し、ただのクズにしか見られていないが。


 周囲を漂う気配は緊張そのもの。

 コンロの火は勝手に消えてガスだけが吐出してしまうかのように、重圧を与えていた。


 「瑞希の心を惑わすクズ野郎だな?瑞希の周りに寄って来る男はこの父が許さない。俺以外は許さない。」


 「咲希さつきと瓜二つの瑞希は俺だけを見ていればいい、俺だけの女であるべきだ。」


 「素晴らしい事だろう?初恋と同じ顔と性格をした女と二度も出会えるのだから。」

 瑞希の両親は幼馴染だと真秋は聞いていた。

 幼少の頃から一緒なのだから、子供である瑞希が幼少の頃から母親と似ていても不思議ではない。

 事実小さい頃の写真を母親である咲希が見ても自分とそっくりだと思う程度には。


 父がこうまで瑞希に執心な理由は定かではない。

 別に咲希が早逝したわけでもなければ暴力に耐えかねて家出したわけでもない。

 自分の元を去られたから似ている娘にちょっかいを出したというならば、まだ理解は出来る。

 この場にいる誰も理解はしないだろうけれど。


 ロリコンというのもまた違う。

 それは大人になった瑞希に執心な時点でも窺える。

 

 「咲希は……瑞希は……あぁぁぁぁあ、俺に二度処女を捧げるべきなのだっ。それを邪魔するものは誰であっても許さん。」

 思いの外クズ過ぎる理由だった。


 「俺が手塩にかけて育てた……育てる予定だった瑞希を美味しくいただくのが父親である俺の務め。」


 「一つだけ瑞希の欠点を挙げるとするならば……お前のような男が血縁なせいで前に進めないという事だけだっ。」

 真秋は吠えた。

 目の前の男に恐怖がないわけではない。

 ニュースの通りであるならばこの男は連続殺人鬼でもある。

 瑞希を陥れるクズ男というだけではない。


 だから真秋は手加減する事が出来ない。

 手加減をするイコール致命傷を受ける又は誰かが傷つく恐れがある。


 「瑞希、茜、環希お義姉さんっ!」

 今自分で叫んでいて字面がおかしい事に気付くが、構わず続けた。


 「戦うところはあまり見ないでくれっ、手加減したらヤられるし誰かが人質になったりも嫌だからっ。」


 「へっ綺麗事言いやがって小僧。なら……こうしたらどうするんだ?」

 父は瑞希の後ろに回ると首筋にナイフをチラつかせる。



 「お前が瑞希に人質にする事はありえない。自分がしようとしている事を自ら手放すはずがないだろ?」

 「それでも瑞希を人質に取ると言うのなら……」


 真秋はポケットから何かを取り出す。


 「なっ、チャカ……だと?てめぇ。ただの小僧がそんなもの持ってるはずが……」


 「本物と思うか偽物と思うかは自由だ。でもお前が瑞希に手を掛けるというのなら、その前にコレが先に火を噴く……おわっ」

 パァンッ


 乾いた音が部屋内に響く。


 「ま、まさか本物だと?てめぇ瑞希に当たったらどうするんだ。」

 父が怒り出す。自分はその瑞希の喉元にナイフをチラつかせていたのにも関わらず。



 (ねぇアレ、本物なの?)

 小声で環希が茜に問いかける。


 (音は本物だけど、偽物ですよ。引き金を引くと本物のものと同じ音が出る威嚇道具です。)

 同じく小声で返す茜。


 「じゃぁ正々堂々、拳で語り合おう、コレもそのナイフも人質もなしで。」


 「良いだろう、挑発に乗ってやんよ。ただし後悔しろ、お前が瑞希の見ている前で解体ショーしてやっから。あの男と違い生きたままなァ。」


 真秋はおもちゃの拳銃を後ろに頬り投げる。

 父はナイフを傍にあるテーブルに置いた。


 10畳ほどの広さしかないこの部屋でそれ程大きな立ち回りは出来ない。

 二人は部屋の中央に歩み寄ると、ファイティングポーズを取り……


 ピクっと父の肩に力が入ったと同時に真秋は動き出した。

 パァンッという音と共に父が崩れ落ちる。


 別にもう一つ隠し持っていた先程のおもちゃの拳銃が火を噴いたわけでも、拾った茜ないしは環希が撃ったわけでもない。

 真秋の開幕ローキックが父の左太腿に炸裂しただけの事だった。


 「ってめっ、拳と拳握り合ってバトるんじゃなかったのかよっ。」

 片膝をついて父は抗議の言葉をあげた。ぷるぷると震えているあたり、良い感じで痛覚を刺激したようだった。

 

 「その辺は年齢の差と経験の差のハンデって事で見逃してくれ。」


 「クソがっ。」

 痛む左足を気にせず殴りかかってくる父。

 実際このくらいのハンデがなければ格闘経験者でもない真秋が立ち回れるはずがない。


 (流石にイキがるだけあって喧嘩は慣れてそうだ。あのローのハンデがあってやっとというところか。)


 最初こそ大振りだったものの、時間と共にその動きはコンパクトに顔や腹を目掛けて打ってきていた。

 真秋は辛うじて避けられてはいるものの、これは先程の開幕ローキックにより左足に踏ん張りが利かない事での事だとは理解していた。


 そしてやがて段々と真秋の身体に拳は入るようになってくる。

 真秋は顔や胸をガードするように腕を畳んでガードしながら避けている。

 そのため腕にダメージは蓄積されていくし、腹ががら空きになってくる。


 これがボクサーであれば脇腹を、レバーを狙って打つのだろうけれど。

 そこは喧嘩慣れしていても格闘家ではないからか、空いた腹を目掛けて父の拳が吸い込まれていく。

 

 ボグッという嫌な音が女性陣の耳に入る。

 それを受けた当の真秋の耳にも。


 「ぐはっ」


 しかし血を流しているのは殴った父の左拳からだった。


 「一度しか使えないけどこんな事もあろうかと、コ〇ケカタログと足つぼ健康グッズを腹に忍ばせてたんだよね。」

 健康グッズのデコボコした部分を思いっきり殴ったために、大ダメージを受けたのは父の方だったというわけである。

 それでも伝わる衝撃はあるわけで真秋も無事というわけにはいかない。


 茜は冷静に行動し、真秋が作った隙を見て瑞希の元に辿り着く。

 これまで、だるまさんがころんだよろしく、父に気付かれないようゆっくりゆっくりと瑞希に近付いていっていた。

 特に真秋と茜の間にやり取りがあったわけではない。


 茜が勝手に良かれと思って行動した結果であり、それを察した真秋が元々用意していた仕掛けを最大限発揮しただけの事だった。

 瑞希は涙でろくに見えていないけれど、懐かしいその気配に少しだけ安堵を覚えた。


 茜は人差し指を口元に持って行き、「しーっ」とやって父が捨てたナイフを取り出す。


 (拘束を解くからじっとしてて。)

 茜は小声で瑞希に囁いた。

 真秋が無駄にパフォーマンスをしているのは、こうして茜が瑞希を救出する時間を稼ぐため。


 「喧嘩もろくにしてきてないんでね。このくらいのハンデは追加で貰っても良いでしょ。自分でも言ったけど一度しか使えないタネだし。」

 

 「小癪な真似をっ」

 ローキックの効果も切れる頃合いかというところでもう一発お見舞いする。


 「ぐぉっ」

 真秋は続けて攻撃に出ない。

 この辺が喧嘩慣れしていない所以なのか。

 それとも手加減は出来ないと頭では分かっていても、凄惨な光景を見せられないと思っているからなのか。


 再び片膝をつく父。額には脂汗が流れている。


 「てめぇ、何か仕込んでやがるなっ」


 開幕ローキックにしてもそうだけれど、真秋は喧嘩は素人だ。

 だから準備は怠ってはいない。

 自力で勝らないなら他力を利用して勝れば良いと。

 

 真秋はレッグアーマーとその外側、脛の部分に鉄板を仕込んで巻いていた。

 流石にそれを種明かしはする気はないが。


 「このクソガキがっ」

 父からすれば真秋は子供程度の年齢差がある。事実瑞希と同い年なのだからその通りではある。

 口の端からは泡のように唾が浮き出てきている。

 ダメージと怒りからくるものだというのは容易に想像出来た。


 だけれど、決して油断をしていたわけではない。

 鬼気迫るものは戦いが始まってから全く変わってはいなかった。

 ほんの少しだけ優位に立ったと感じた事は否定出来ない。


 痛みを気にせず立ち上がった父は突進してくるとそのまま……

 勢いそのままに右の拳を真秋の脇腹にフックのような形で突き刺した。


 「ぐぼぁっ」

 真秋はそれを喰らってしまう。

 たった一発で形勢が逆転する事はよくある話。


 これまでハンデだと言い張り優位に進められていた真秋が一気に窮地に立たされる。

 痛みなどどうしたものかと構わずに攻撃をしてくる父。


 顔だけはガードするものの、これまでは避けられていた攻撃を3発に2発の割合で貰うようになってしまう。

 救いは足の踏ん張りが利かない事による1発での致命傷ではないという点。


 「だめぇっやめて、もうやめてっ。」

 真秋には瑞希の声が遠くから聞こえてくる……気がする。


 それが逆に闘志に火を再点火させた。


 「再点火……したっ。」


 父は未だ流れる左拳を真秋の眼前で振るう事で真秋の目に血が吹き飛んだ。

 目に入った事により閉じてしまう真秋。


 「どうだっこの血の目つぶしはッ!勝ったッ死ねィッ!!」

 まるでどこかの悪役のようなセリフを吐いて、父は右の拳を力一杯殴ろうと振りかぶり……

 真秋は顔のガードを再び両腕で構え、右足を後ろに引き絞り弓のようにしならせながら……


 蹴り上げた。

 通常であれば攻撃後の隙が大きくなるため、悪手としか取れないこの行動。


 しかし今この場においては最大の攻撃と成りえた。

 

 ローキックで左足を痛めていた父の体勢は当然ガクンと下がる事となり。

 真秋の蹴りの軌道に……


 ボグンッと鈍い音を立てると同時に

 「があぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ、あぎゃあぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁあぁっ!!」


 父の股間が立ちはだかり、真秋の蹴りは見事に打ち抜いた。

 そして父の絶叫が鳴り響いた。


 「これでも週刊少年ヨンプのバトルモノ黄金期の単行本は網羅してるんでねっ!」

 やれるだけの事は準備した上でこの場にやってきたと物語っていた。


 真秋はスーツ姿ではあるが革靴を履いてはいない。

 真秋の両足には安全靴が履かれていた。

 車から降りる時に履き替えていたのだ。

 それも最近の先端が樹脂製の安全靴ではなく、一昔前の鉄板が先端に入っている安全靴に。

 

 「ぞ、ぞんなものでぇぇえぇぇ、ああぁぁぁっぁあっ俺のタマぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 膝をつき、頭を床に擦り付けて悶絶する父。

 ゴンゴンゴンと床に頭を打ち付けていく。

 下の階に誰かがいれば、その音に気が付いて「近所迷惑だろっ」と怒鳴り込んでくるかも知れない程度には大きな音で。




 ラスボスというのは意外と小物が多い。

 中ボスなんてのは同じキャラと何度も要所で戦うのに、ラスボスは最後の1回のみというのは王道である。


 それに本当のラスボスをこの場にいる真秋と茜は知っている。

 本当に敵に回してはいけない人物が誰かを知っている。


 だからかもしれないが、その人以外はどうにかなるんじゃないかと心のどこかで理解している。

 もし、自分が成せなくてもその人が最終的には纏めてくれると確信している。


 だからこそ出来る無茶苦茶なバトル展開。

 自分は最悪時間を稼げば良い。


 そうする事で生まれる力もあるという事だ。

 

 一方父からすれば真秋と茜は排除すべき対象、場合によってはそこに環希も含まれる。

 環希の居候していた元カレのアパートに襲撃した時の状況と同じなのは人数と性別の比率だけ。

 守るべく戦おうとする真秋はおろか、自分の失態を取り戻そうと必死になる茜や妹をどうにかして救いたい環希と、そんな3人を相手にすればどちらが上か少年誌好きの人ならばすぐに理解出来る。


 「お前はもう……終わりなんだよ。どうせ心の底から瑞希に謝罪の一つもする気はないんだろう?ならば後悔と無念を抱えて……」


 しかしその先の「死ね」と続くはずの言葉は出ない。

 瑞希の前でそんな言葉を使いたくはないからだ。



 「その先は……言う必要はないですよ。」



 これまでこの場にいなかった人物の言葉が発せられる。


 先程真秋達が思案した真のラスボス……


 小さな彼女の声だった。




――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 別にラスボスが美味しい所をかっさらうわけではありません。

 所謂戦後処理半みたいなものです。


 命のやり取りをしようかという父を相手にこんな簡単には行きませんけどね。

 本来であれば。


 本当は戦闘時間ももう少し長いものでしたがカットしました。

 くどくなりそうですし、後ろから悲鳴とかもしつこくなりそうですし。


 ただ、悪はこれで滅する準備が整いました。

 あとは法に任せましょう。


 過剰防衛?知りませんそんな事。

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