第165話 襲来

 真秋は月見里姉妹を連れてアパートへ向かう。

 向かっているのだが配列というか隊列がおかしい。


 右腕に瑞希、左腕に環希。

 両腕に華であった。


 歩道が広いからこそできる3列体勢。

 5人くらいが横並び出来る程の広さがあるからこそ出来る事であった。


 真秋は両腕に華状態であっても周囲への警戒は怠らない。

 流石に遠距離からの望遠レンズ付きの望遠鏡等で覗かれていたら、対処のしようもないけれど。

 

 これまで会ってきた瑞希の姿に新鮮味を感じながら……両側からの身体の温もりを感じていた。

 とてもではないけど弾力などは感じていなかった。

 しかしそれを口には出さない真秋。


 周囲の警戒をしながら歩いているが、アッと言う間にアパートに辿り着いた。

 

 「ねぇ瑞希譲りなさいよ。」

 

 「お姉ちゃんこそ遠慮してください。」


 何やら姉妹で争いが勃発していた。

 何故ならばこのアパートの階段は二人分のスペースしかない。

 腕を組んで昇降するには3人の大人ではやや無理があった。

 無理矢理通れなくはないが、そこは大人の女性の戦いと言ったところか。


 「じゃぁ二人並んで昇れば良いんじゃ……」


 「それじゃ意味がないんですっ。」

 「それじゃ意味がないんだよっ。」


 「それなら縦1列になれば……」


 収拾がつかなくなってきたので月見里姉妹が並んで、その後ろを真秋が着いて行く形となった。


 「スカートの中……覗いても良いんだゾ。」

 姉、月見里環希がとんでもない発言をする。


 「私のでも良いけど、瑞希のを。」


 「ばっばっかじゃないのお姉ちゃんっ。」


 「おーおー、元気出た出た。」

 「も、もう……」



 無事にアパートまで辿り着けたことに安堵する3人。

 環希のおちゃらけた行動も、緊張感を打破するために行った事のようでもあった。


 「警戒はしてましたけど、あからさまな視線を感じたりとか不審な点は今の所ないように見えますね。」

 

 「今日はありがとうございました。私も周りに気を配るようにします。私もお姉ちゃんも、もう負けませんっ。」

 ふんすっと両拳を握って瑞希は粋まく。


 「私の方も、妹を気遣ってくれてありがとうね。コレ私の連絡先。何かあった際には連絡ちょうだい。もちろん何もなくても連絡してくれても良いけど。」


 「ちょっと、お姉ちゃん!?」

 

 「本人には聞けない個人情報とか、スリーサイズとか、最後にしたおねしょの年齢とか。」


 「だからお姉ちゃんっ!?」


 姉が登場してから瑞希の態度や言葉が柔らかくなった、というよりは自然となったように見受けられる。

 敬語や丁寧語も悪くはないが、歳も同じという事もあり、姉に対する口調も良いなと思う真秋だった。


 


 


 姉である環希が瑞希邸に居候が始まり数日。

 毎日ビクビクしながらではあるものの、何もなく過ぎていく。

 連携が必要だと判断したため、真秋は悠子や茜の事も環希に紹介していた。


 瑞希を一人にしてはいけないと環希は職場へは送迎している。

 

 生き帰りどちらかが一人になってしまう環希のために、茜も一緒に行動するようにしていた。


 数日間は平穏に過ぎていたものだから、真秋を廻る4角関係について談義する事もあった。

 だからというわけではない。

 油断をしていたわけでもない。


 警戒を怠ったなどという事はなかった。

 仮にも茜は田宮未美の元で色々学んでいたのだ。


 その日、予定時刻よりほんの少しだけ遅くなってしまった。

 時間にして10分にも満たないものだけれど、その時間が時には重要になってくる。


 風が吹く。

 生温い風が。


 腐臭を運ぶような、嫌な感じを受ける風。


 仕事が終わり、従業員用出入口の扉を開けると……男が一人立っていた。


 

 「ひっ……」

 汗を拭こうと手に持っていたハンカチを落としてしまう。

 

 「やぁ、瑞希……」

 男は一歩、一歩とゆっくり歩みを進める。

 瑞希は背中に嫌な汗が流れていくのを感じ、頭からサーっと血の気が引いて行くのを感じた。


 「大きくなって、お父さんだぞぉ。」 

 高校の頃からそんな極端に大きくなるはずはない、もちろん皮肉を込めてもある。

 高校時代と違って多少なりとも化粧をしているというのもあるが。


 瑞希は後ずさるが、扉が壁となりそれ以上下がる事は叶わなかった。


 「久しぶりにをしようじゃないか。」

 男がポケットに入れた手を出すと、瑞希の眼前に近付いた。



 「や、やぁぁぁぁぁぁぁっ」

 周囲に一際大きい悲鳴が鳴り響いた。

 しかし、それを聞いた者はいない。


 




 月見里環希と小澤茜が待ち合わせ場所である従業員入り口に到着した時。


 そこには誰もいなかった。

 瑞希が汗を拭こうと取り出したハンカチだけが残されていた。

 ハンカチには名前が記入されていた。

 【月見里瑞希】と。



―――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 先に言っておきます。


 真秋サイドに死者は出ません。

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