第164話 お姉さんの名は!?

 俺は犯人に居住地がバレている事も想定していた。

 最初に発見された遺体がメッセージだとするならば、何かしらの意図が感じられる。

 何か犯人にとって行動を起こすべき理由が。


 手に入れた情報を元に、辿り着いた瑞希さんの情報を確認出来たからではないかと。

 勤め先か、居住地かその両方か。


 だからこそ、俺はもう近くにいるぞというメッセージを残したのかもしれない。


 遺体はいつまでも置いて置けるものではないはず。

 素人が保管しようとするならば尚更だ。

 

 腐敗と臭いを閉じ込めるには限度がある。

 最初の発見から1週間というのは、恐らくはそういう事ではないか。


 きっと恐らくは皆9月上旬には亡くなっていたのだろう。

 最初に発見されたのはメッセージ性のため、二度目のは他に理由がないのならば保管に限界が生じたため。

 吉岡さんは……近々行動を起こすためのメッセージなのではないかと思う。


 吉岡さんが断定される事により、一連の事件だと理解させる事で恐怖を与える。


 他の場所に身を隠すにしても現実的ではない。数日であればその方が良いが、終わりが見えなければ費用と不安だけが積み重なる。

 同じアパート内の他の人の家というのも危険と思えた。


 「そういうわけで、バレてる可能性は高いです。出来るだけ複数で行動し、家の出入り時は特に気を付ける方が良いです。」


 流石に既に一度侵入して盗聴器やカメラを仕掛けられているとは考えたくはないけど。


 


 カレンさんに詳細は伝えられないけど、ウィッグを貸して欲しいと伝えて瑞希さん達に変装をしてもらう。

 化粧室でメイクを変えて貰い、帽子も被って貰う。


 この店に入る所を見られていたらあまり効果はないけれど、少しでも見つからない方法を取らなければならない。


 ここまでの推測だけで警察に駆け込んだりも出来ない。

 桶川の事件のようにストーカーだと訴えていてもあの有様だ。


 一度でも直接的な事でもなければきっとその時になったら来てくださいとか言われるのがオチに思える。


 しかし布石は打っておかなければならない。

 二人が変装している間に茜と連絡を取る。


 今近隣を騒がせている殺人犯の推定人物とその理由、そして念のため気を付けて欲しい旨を伝えた。

 茜が田宮さんに連絡するかはわからない。

 そこは現状ではどちらでも構わないと思ってる。

 もしかすると魔の手が広がるかもしれないと思うと、知る人間は少ない方が良いのではないかと思う。



 「あんな真っ青なたまきち初めて見ました。今は理由を聞かずに協力しますが、力になってください。」

 突然現れたカレンさんが、周囲に聞こえない程度の声量で話しかけてきた。


 「たまきち?」

 お姉さんの渾名だろうか、しかしそのニュアンスに聞き覚えがあった。

 あぁ、瑞希さんの事を渾名で【みずきち】と素麺さんが言ってたっけ。 


 「環希たまきだからたまきち。脳内でやらしく変換したら潰しちゃうにゃ♪」


 何処をというか何をというか……もしかしたら存在そのものかもしれない。

 

 「悪いとは思ってましたが、部分的に断続的に聞こえてしまったので。私からは現状何も出来ませんが、二人の事をお願いします。」

 カレンさんが頭を下げてお願いしてきた。

 何をどこまでカレンさんの耳に入ったのかはわからないけれど……

 デビルイヤーというかねこみみは地獄耳だった。


 「ご主人様は男の子……あの二人にとって身近な男性なので頼りになってあげて欲しいのです。」

 語尾が【にゃ】でない事からとても真剣に話してくれている事がわかった。


 「俺に何が出来るかはわかりませんが、誰も悲しまない結果になるように努めます。」


 「無事に解決したら私がデートしてあげるにゃ♪」

 あ、それは何かフラグになりそうなので勘弁してください。

 カレンさんが魅力的な女性なのは俺にもわかるけれど、争いの火の粉は舞わないに限ります。


 「……デート?」

 そこには変装が終わった瑞希さんとお姉さん、改め環希さんの二人が立っており、信じられないものを見るかのように俺を見ていた。




 「そういう事でしたか。てっきり真秋さんがカレンさんを口説いていたのかと思っちゃいました。」

 女性不信でなければそういう事もあったのかも知れないけどね、そんな事はないですよ。

 この真面目な話をしている中で、誰かを口説いたりはしませんよ。


 だからそんな目で見ないでくださいよ環希さん。

 さっきは真っ青な表情だったのに、ジト目で俺を見てくる。


 変装した二人が可愛いとか綺麗だとか言うタイミングを逃してしまったではないか。


 コスプレ然としたウィッグではなく、地毛と何ら区別の付かない自然なものだった。

 

 「変装した二人に対して何も言わないなんて朴念仁ですにゃ♪」


 「貴女のデート発言でそうなっちゃったんですけど?」


 「じゃぁ無事解決出来たら私がデートしてあげる。残念ながら処女ではないけど……」

 環希さんがさらっとさりげなく爆弾を投下してくる。

 結婚考えてたであろう彼氏がいたのだから、そりゃ経験済でしょうよ。

 むしろ、えっちしたことないですとか言われた方が驚くよ。

 ・・・…と言うのはどうにか踏みとどまって心の中で突っ込むだけにしたけど。


 「そういうのはいいです。というかさらっと個人情報言わない。」


 「お望みなら後ろなら処女だけどどう?」 


 ほら、さっきから瑞希さんが思考を放棄しちゃったぞ。


 おかしい、さっき会ったばかりなのにこの夫婦漫才みたいなやりとり。

 初めて会ったはずなのに、それを感じさせない何かが環希さんにはあるのだろう。


 「高校時代は鉄壁の魔女という渾名もあったのにね。」

 カレンさんが更なる個人情報という名の爆弾を投下して、仕事に戻るにゃ~と言いながら去っていった。


 「瑞希さん、普段とは違う美しさですよ。あ、お姉さんは今日以外の普段を知らないので何とも言えないですが、綺麗ですよ。」

 とってつけたような褒め方ではあったけれど、少し大人っぽい雰囲気を纏っていた。


 それは普段の黒髪と違い、茶色だからだろうか。

 看護師からキャリアーウーマンにジョブチェンジしたと言えばわかり易いかも知れない。


 同期なのに先に出世した主任と言えば良いかも知れない。


 そして、支払を済ませて帰路についた。

 周辺を警戒しながら……


 風で揺られた街路樹の枝の動きにさえ、敏感に気にするようになっていた。


――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 ちんたらいくのはそろそろ終わりです。

 ラブがコメってないので。

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